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124 吐露
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「ラウル?」
「お、俺も行く……」
「でも、お前……」
血の気の引いた顔をしているラウルに、斎藤が「無理をすることはない」という。
しかしラウルは「一人でいるのは怖い」と返した。
蓮はラウルの反応が予想外だったのだろう。
少し呆然とした後で、ラウルの背中に手を添えた。
「俺、行くのやめようか?ごめん、ラウルのことちゃんと考えてなかった」
「……大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ!俺、師匠のことも心配だけど、お前に無理させたいわけじゃねえよ」
まっすぐに自分を見つめる蓮を見て、ラウルは苦しそうな表情をしていた。
そんなラウルの頭を、斎藤がやさしく撫でながら言った。
「すぐに出発するわけじゃない。準備だって必要になるだろう」
「そうだね。早くても3日後くらいかな?」
ノアが同意すると、斎藤は頷いた。
そしてラウルと蓮を交互に見て、ゆっくり言い聞かせる。
「今急いで結論を出す必要はない。二人でじっくり話をして、どうするのか決めるといい。ここに残るのであれば、可能な限り安全策を講じるようにするから、心配はいらない」
「もしも不安なら、俺たちのうち、誰かがいっしょに留守番してもいいかもしれません。……ノア、それでも大丈夫か?」
俺がそう訊ねると、ノアは首を縦に振った。
「そうだね。選択肢の一つに入れてくれてかまわないよ」
ノアの言葉に、斎藤は頭を下げた。
蓮とラウルは、考え込むようにじっと黙り込んでいた。
※
朝食を終えた俺たちは、ひとまず家の仕事を手伝うことにした。
食事の片づけに水汲み、掃除や畑の世話など、やることはいくらでもある。
斎藤はゆっくりしていていいと言ってくれたが、家の仕事が早く済むと、旅支度の時間も作りやすくなるだろう。
何より、ただ黙って世話になるだけというのは落ち着かないものだ。
妻も身体を動かしているほうが楽しいらしく、畑の雑草とりに夢中になっている。
一時期家庭菜園にはまっていた時期もあった妻は、植物の世話をするのが楽しいらしい。
蓮はそんな妻のそばについて、畑の手入れのコツなんかを教えている。
俺は、ラウルとともに小川へ向かっていた。
俺は水汲みを担当することになったが、ラウルは洗濯を任されたらしい。
並んで歩きながら、俺はぼんやりしているラウルをちらりと見た。
「大丈夫?」
声をかけると、ラウルは困ったように眉を下げ「大丈夫」だと答えた。
でも俺は知っている。
こういう「大丈夫」は、本当は「大丈夫じゃない」ことを。
「悩んでいることがあるなら、おじさんに話してみない?人に話すことで、考えがまとまるかもしれないよ」
「いや、でも……」
「蓮くんや斎藤さんみたいに親しい人よりさ、俺みたいな距離のある相手のほうが離しやすいこともあるんじゃないかな?あ、でも無理にとは言わないけど」
俺がそういうと、ラウルは少し悩んでいるようだった。
そして小さく頷いて「そうかも」と呟いた。
「二人には言わないって、約束してくれる?」
「もちろん」
俺が頷くと、ラウルは安心したのか表情を緩ませた。
そして、ぽつりぽつりと話し始める。
「……俺、もともと奴隷だったんだ」
そういったラウルの表情からは、悲しみや怒りなんかの感情は読み取れなかった。
突然の「奴隷」というワードに驚きつつも、俺は黙って耳を傾ける。
「両親はいない。もしかしたらいたのかもしれないけど、物心ついたときには奴隷小屋に押し込められていた。ほかにも奴隷はたくさんいたから、そのうちの誰かが俺の親だったのかも」
ラウルは元の世界で、命じられるままどんな仕事でもこなしたという。
小さな雑用や力仕事、汚れ仕事まで、できなければ容赦なく処分されてしまうから、必死だった。
そして12歳頃になると、見た目を買われて性的な奉仕まで命じられたという。
「正直、嫌な仕事ばっかりだった。でも俺にとってはそれは当たり前の毎日だったし、死ぬまでこうして生きていくんだと思ってた。……周りも主人の機嫌を損ねたり、病気になったりしてどんどん死んでいってたしな。でも奴隷が死んだところで、また新しい奴隷がやってくるだけ。何かが変わることなんて、ありえないって思ってた」
そんなとき、急に花吹雪のようなものが襲い掛かってきた。
珍しいこともあるものだと思っていたら、その中から現れた手に強く腕を引っ張られたそうだ。
そして、気がつくと見知らぬきれいな場所に立っていた。
「さっきまで馬小屋で馬の世話をしていたはずなのに、急にぴっかぴかの飾りがたくさんある変な部屋にいたから、すごく驚いた。そこには、知らないおじさんがたくさんいた。わけもわからないまま、透明の板みたいなものに触れるように言われて、触ったらすぐ処分だって部屋を追い出された」
ラウルが触れたのは、ステータス確認の魔法道具だったらしい。
役に立たないスキルだといわれたが、ラウルは文字が読めなかったので、何のスキルだったのかはわからなかったという。
ただ、蓮は異世界の文字を読むことができたという。
ラウルが文字を読めなかったのは、おそらく元の世界でも読み書きができなかったからだろう。
「処分ってきいて、すぐに殺されるってわかった。不思議だったのは、あれだけ死にたくないって思っていたのに、殺されるんだってわかったら気持ちが楽になったことだった。これでもう、俺は嫌なこと何もしなくてよくなるんだって思った。主人の気分次第で鞭で打たれたるような日々は終わりなんだって。だったら、このまま死ぬのも悪くないって思えた」
「お、俺も行く……」
「でも、お前……」
血の気の引いた顔をしているラウルに、斎藤が「無理をすることはない」という。
しかしラウルは「一人でいるのは怖い」と返した。
蓮はラウルの反応が予想外だったのだろう。
少し呆然とした後で、ラウルの背中に手を添えた。
「俺、行くのやめようか?ごめん、ラウルのことちゃんと考えてなかった」
「……大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ!俺、師匠のことも心配だけど、お前に無理させたいわけじゃねえよ」
まっすぐに自分を見つめる蓮を見て、ラウルは苦しそうな表情をしていた。
そんなラウルの頭を、斎藤がやさしく撫でながら言った。
「すぐに出発するわけじゃない。準備だって必要になるだろう」
「そうだね。早くても3日後くらいかな?」
ノアが同意すると、斎藤は頷いた。
そしてラウルと蓮を交互に見て、ゆっくり言い聞かせる。
「今急いで結論を出す必要はない。二人でじっくり話をして、どうするのか決めるといい。ここに残るのであれば、可能な限り安全策を講じるようにするから、心配はいらない」
「もしも不安なら、俺たちのうち、誰かがいっしょに留守番してもいいかもしれません。……ノア、それでも大丈夫か?」
俺がそう訊ねると、ノアは首を縦に振った。
「そうだね。選択肢の一つに入れてくれてかまわないよ」
ノアの言葉に、斎藤は頭を下げた。
蓮とラウルは、考え込むようにじっと黙り込んでいた。
※
朝食を終えた俺たちは、ひとまず家の仕事を手伝うことにした。
食事の片づけに水汲み、掃除や畑の世話など、やることはいくらでもある。
斎藤はゆっくりしていていいと言ってくれたが、家の仕事が早く済むと、旅支度の時間も作りやすくなるだろう。
何より、ただ黙って世話になるだけというのは落ち着かないものだ。
妻も身体を動かしているほうが楽しいらしく、畑の雑草とりに夢中になっている。
一時期家庭菜園にはまっていた時期もあった妻は、植物の世話をするのが楽しいらしい。
蓮はそんな妻のそばについて、畑の手入れのコツなんかを教えている。
俺は、ラウルとともに小川へ向かっていた。
俺は水汲みを担当することになったが、ラウルは洗濯を任されたらしい。
並んで歩きながら、俺はぼんやりしているラウルをちらりと見た。
「大丈夫?」
声をかけると、ラウルは困ったように眉を下げ「大丈夫」だと答えた。
でも俺は知っている。
こういう「大丈夫」は、本当は「大丈夫じゃない」ことを。
「悩んでいることがあるなら、おじさんに話してみない?人に話すことで、考えがまとまるかもしれないよ」
「いや、でも……」
「蓮くんや斎藤さんみたいに親しい人よりさ、俺みたいな距離のある相手のほうが離しやすいこともあるんじゃないかな?あ、でも無理にとは言わないけど」
俺がそういうと、ラウルは少し悩んでいるようだった。
そして小さく頷いて「そうかも」と呟いた。
「二人には言わないって、約束してくれる?」
「もちろん」
俺が頷くと、ラウルは安心したのか表情を緩ませた。
そして、ぽつりぽつりと話し始める。
「……俺、もともと奴隷だったんだ」
そういったラウルの表情からは、悲しみや怒りなんかの感情は読み取れなかった。
突然の「奴隷」というワードに驚きつつも、俺は黙って耳を傾ける。
「両親はいない。もしかしたらいたのかもしれないけど、物心ついたときには奴隷小屋に押し込められていた。ほかにも奴隷はたくさんいたから、そのうちの誰かが俺の親だったのかも」
ラウルは元の世界で、命じられるままどんな仕事でもこなしたという。
小さな雑用や力仕事、汚れ仕事まで、できなければ容赦なく処分されてしまうから、必死だった。
そして12歳頃になると、見た目を買われて性的な奉仕まで命じられたという。
「正直、嫌な仕事ばっかりだった。でも俺にとってはそれは当たり前の毎日だったし、死ぬまでこうして生きていくんだと思ってた。……周りも主人の機嫌を損ねたり、病気になったりしてどんどん死んでいってたしな。でも奴隷が死んだところで、また新しい奴隷がやってくるだけ。何かが変わることなんて、ありえないって思ってた」
そんなとき、急に花吹雪のようなものが襲い掛かってきた。
珍しいこともあるものだと思っていたら、その中から現れた手に強く腕を引っ張られたそうだ。
そして、気がつくと見知らぬきれいな場所に立っていた。
「さっきまで馬小屋で馬の世話をしていたはずなのに、急にぴっかぴかの飾りがたくさんある変な部屋にいたから、すごく驚いた。そこには、知らないおじさんがたくさんいた。わけもわからないまま、透明の板みたいなものに触れるように言われて、触ったらすぐ処分だって部屋を追い出された」
ラウルが触れたのは、ステータス確認の魔法道具だったらしい。
役に立たないスキルだといわれたが、ラウルは文字が読めなかったので、何のスキルだったのかはわからなかったという。
ただ、蓮は異世界の文字を読むことができたという。
ラウルが文字を読めなかったのは、おそらく元の世界でも読み書きができなかったからだろう。
「処分ってきいて、すぐに殺されるってわかった。不思議だったのは、あれだけ死にたくないって思っていたのに、殺されるんだってわかったら気持ちが楽になったことだった。これでもう、俺は嫌なこと何もしなくてよくなるんだって思った。主人の気分次第で鞭で打たれたるような日々は終わりなんだって。だったら、このまま死ぬのも悪くないって思えた」
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