娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

文字の大きさ
137 / 266

123 心の区切り

「あの事故のことは、当時の報道やその後の特集番組などで見聞きした範囲でしか知りませんが、それでもよろしいですか?」

「ええ。よろしくお願いします」


 そう言って、斎藤は頭を下げる。
 俺はそれを見て、頭の中で記憶を手繰り寄せた。
 こういうとき、ノアの方が詳細な説明ができるのではないかと思うのだが、どうやら彼は傍観を決め込むつもりらしい。

 俺は言葉を選びつつ、話を始めた。


「あのバスには、乗員乗客合わせて、40名以上が乗車していたそうです。長時間労働で限界を迎えた運転手が居眠りをしてしまい、減速しないままバスはガードレールを突き破り、海へと転落しました。……事故後すぐに救助活動が行われたそうですが、発見された30名以上の乗客はみな、死亡が確認されたそうです」

「そうですか……。残りの人たちは?」

「転落の衝撃で海に投げ出されたしまったのか、残念ながら今も行方不明の状態です。そしてノアの話では、おそらく斎藤さんも行方不明者として処理されただろう、と」


 予想はしていたのだろう。
 斎藤が驚くことはなかった。
 しかし、その眉間のしわが深い悲しみを物語っている。


「事件当時は、行方不明者の氏名も報道もされていたと思うのですが、詳細まで記憶していなくて……斎藤さんのご家族がどうなったのかまでは、申し訳ないですがわかりません。ただ、行方不明者もみな、生存は絶望的だと……」

「……いえ、十分です。ありがとうございます」


 斎藤は、深く息を吐いて、俺をじっと見据えた。


「事故の瞬間のことは、今でもよく覚えています。強い衝撃も、身体を投げ出される感覚も。……だから、きっと家族も命を落としたのだろうと覚悟はしていました。ただ……実際に事実として話を聞くと、やはりショックが大きいものですね」

「……すみません」

「いや、正直に話してもらえてありがたかったです。これでようやく、心の区切りがつけられそうです」


 斎藤は眉を下げ、優しく笑みを浮かべた。
 無表情が板についている斎藤だが、本来はこういう優しい表情をする人だったのかもしれない。
 そう思うと、彼を翻弄した運命が恨めしく思える。


「家族の行方が知れないつらさを抱えているのは、伊月さんも同じでしょう。……伊月さんの娘さんが無事に見つかることを祈ります」

「……ありがとうございます」


 斎藤は俺に頷いて見せ、ゆっくりと立ち上がった。
 そして「やることができた」と自室に戻ってしまった。
 お酒は自由に飲んでもいいと言われたが、とてもそんな気分に離れず、俺とノアも部屋に戻ることにした。

 ノアは俺の背に手を当て、小さく「ごめんね」と呟いた。


「本当は、もっと早く君たちを柚乃ちゃんのところに連れて行ってあげたいんだけど……」


 俺には神々の事情とやらはわからないし、ノアがどんな存在なのかすら知らない。
 しかし短くない時間をノアとともに旅する中で、俺はすっかりノアを信頼してしまっている。

 俺は小さく笑って「ありがとう」と返した。
 俺の言葉に、ノアは少し驚いたような顔をした。
 それがちょっと面白くて、ノアの頭をぐりぐりと撫でる。
 普段やたらと子ども扱いされる仕返しもかねて。


「ちょっ、伊月くん!」


 珍しく慌てる姿が何だが見た目相応の子どもみたいだ。


「ノアには、感謝してる。ノアがいなければ、異世界へ行く方法すら見つけられずに、年老いて死んでいたかもしれない。娘に一日でも早く会いたい気持ちは変わらないが、急いては事を仕損じるともいうしな。……ノアがまだ難しいと判断したのなら、俺はそれを信じる」

「……そう」

「それに、いつかは連れて行ってくれるんだろう?」


 俺の問いかけに、ノアは頭を縦に振って肯定する。
 まっすぐ俺を見つめる瞳は、嘘をついているようには思えない。


「必ず柚乃ちゃんに会わせてあげる。それだけは、約束する」

「じゃあ、俺は信じて待つだけだ。柚乃に胸を張って会うためにも、俺は俺にできることを頑張るよ」


 そう答えた俺を見て、ノアは嬉しそうに笑った。
 階段の窓からのぞく月の光が、優しく俺たちを照らしていた。







 翌朝、朝食の席で斎藤が「話があります」と唐突に切り出した。
 何事かとみんなが斎藤に注目する。


「私はユミュリエール教国へ行きます。伊月さんたちももう一人の転移者に会うため、かの国へ向かうのでしょう?同行させてはいただけませんか?」


 予想外の言葉に驚いたのは、俺たちだけじゃなく蓮やラウルを同じだったらしい。
 二人は顔を見合わせ、声をそろえて「なんで!」と返した。


「理由はお話しできませんが、ちょっとした用事が出来たからです」

「用事って……」

「でも、あの国は危ないって……」


 口々に漏らす蓮とラウルに、斎藤は落ち着いた声で語りかける。


「蓮、ラウル。以前も話したように、ユミュリエール教国は、我々異世界人にとってはとくに危険な国だ。神の遣いとして召喚された異世界人以外は、異端者として抹殺するよう国民に通達している。だから二人は、ここで留守番をしていてほしい」

「お、置いていくのか?」

「この森は、精霊に守られている安全な場所だ。悪意を持つ人間が近づいてくることは、まずないだろう。食料や生活用品は準備していくから、安心しなさい」


 不安げな顔をしている二人に、斎藤が諭すように言った。
 ここで待っているのは確かに不安だろうが、危険が大きな旅に連れていくよりはましだろう。

 しかし、蓮は引き下がらなかった。
 いっしょに行く、と言い出し、斎藤は困惑した表情を浮かべる。


「森が安全だっていうのはわかってる。でも俺、師匠と離れる方が怖いんだよ……」


 泣き出しそうな顔で、蓮が言った。
 斎藤の服の裾をぎゅっと握っている。


「だって、やばい国なんだろ?師匠は強いけどバカみたいにお人よしだから、人のために怪我したり死んだりするかもしんないじゃん」

「蓮……」

「俺、まだまだ弱いけど、ちょっとは役に立つよ。だから連れて行ってくれよ」

「しかし……」


 戸惑う斎藤に「いいんじゃない?」と声をかけたのはノアだった。
 みんなが一斉にノアに視線を向ける。


「確かに危ない国だけど、正晴くんや伊月くんがいっしょなら問題ないよ。無理においていって、こっそりついてこられた方が危ないでしょ」


 ノアの言葉に、蓮は何度も頷く。
 きっとどんな手を使ってでも追ってくるつもりなのだろう。

 斎藤は根負けしたようにため息をつき「ついてくるなら、ちゃんということを聞くように」と蓮に言い聞かせた。
 蓮はにぱっと笑い「わかった!」と了承した。

 しかしその隣で、ラウルは真っ青な顔をしていた。
感想 19

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます! ※AI学習禁止・無断転載禁止・無断翻訳禁止・無断朗読禁止

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!