ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

あめの みかな

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第6章 第9話

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 ショウゴはアナスタシアを抱きかかえ、エレベーターで最上階に戻った。

 タンクローリーがいつ爆発するかもわからない1階ロビーの隅にある管理人室に、タカミをひとり置き去りにするのは正直心が引けた。
 だが、アナスタシアもまた、いつ目を覚ますかわからなかった。

 監視カメラの映像に映っているのはアンナの死だ。アンナはあの映像の中で2回も死んでいる。
 一度目は肉体が、二度目は遣田という男と共に精神が。
 アナスタシアは、アンナの二度目の死を知らない。いつかは知る必要がある。遺言も伝えなければならない。
 だがそれは今ではない。映像を観ている途中に彼女が目を覚ますことだけは避けたかったのだ。

 それにショウゴは、隣で解説せずともタカミならばあの映像だけでショウゴやアンナ、アナスタシア、そして遣田の持つ特殊能力に気付き、理解してくれるだろうという確信があった。
 一条にもわかりやすく説明してくれるだろう。
 一条が味方になってくれるかどうかは正直五分五分だ。
 だが、タカミと一条のふたりなら、残されたショウゴとアナスタシアの能力をどう使えば、ユワやハルミをアリステラから取り戻せるかも思い付いてくれるかもしれなかった。

 4年前、ユワを連れて日本中を逃げ回っていたとき、ふたりの協力があったからこそ逃げ続けることができた。
 警察の内部事情を一条が知り尽くしていたからということもあるが、ふたりの見事な連携が、ショウゴとユワをどれだけ助けてくれたかわからない。

『ショウゴくん、ごめんね。わたし、もう疲れちゃった。お兄ちゃんや一条さんにもごめんなさいって伝えて』

 ふたりが逃げることに疲れ果てることがなければ、

『わたしが死んで、それで本当に世界中のみんなが助かるのなら、きっとわたしはそういう運命だったんだと思う』

『それじゃあユワは、ユワを殺そうとしているようなクソみたいな連中を生かすために生まれてきたみたいじゃないか』

『きっとあの人たちが正しいんだよ。この世界はそういう世界なんだよ。このまま逃げ続けて、世界が本当に滅んじゃったら、わたしは責任とれないもん』

『あんな連中、滅びたっていい。俺たちや、ユワのお兄さんや一条って人だけでも生き残れたら、人類はやり直せるよ』

『無理だよ。わたし、赤ちゃん埋めないもん。子宮がないの。生まれつき。生理だってないし。だからわたしたちだけ生き残っても、人類は何十年かでおしまい』

『子どもができなくたって、俺はユワと生きていけたら……』

『もう、いいの。楽になりたいの、わたし。でも、どうせ死ぬなら、殺されるんだったら、相手はショウゴくんがいいな』

 ユワが死を望まなければきっと逃げきれた。

『銃とかナイフは嫌。首をしめて』

『ユワが死ぬなら俺もすぐ後を追うよ』

『それはだめ。ショウゴくんには生きていてほしい。
 わたしが死んで、本当に世界が救われるかどうか、ショウゴくんには確かめてほしいの。
 きっとすぐにはわからないと思う。何年か、もしかしたら何十年かかかるかもしれない。
 ショウゴくんには、わたしのことを忘れないでほしいんだ。だからその手にわたしの肌触りや温もりとか、いろんな感覚が残るようにわたしを殺してほしいな』

 ショウゴがそれを受け入れなければ、きっと逃げきれた。

 タカミがふたりだけでも生き延びることができるように、かなり早い段階から瀬戸内海にある無人島に、世界中の誰にも知られないように地下シェルターを用意し始めていてくれたからだ。
 それがようやく完成の目処が立ち、ふたりはそこに向かおうとしていた。
 その前に生まれ育った街を目に焼き付けておきたい、とユワは言い、雨野市に立ちよった。
 そこで、ユワは自分を殺すようにショウゴに頼んだのだ。

 ショウゴは、タカミに絶大な信頼を寄せていた。
 もしかしたら彼はそれに気付いていないかもしれないが、本当に感謝していた。
 彼がそこまでしてくれていたというのに、期待に答えられなかった自分を、ユワの自らの死という願いを受け入れてしまった自分が許せなかったから、彼に感謝の言葉を口にしてはいけないと思っていた。
 言葉にしなければ伝わらないことがあり、タカミにはそういう能力が欠けていることをユワから聞いて知っていたが、ユワを手にかけた以上、それを言葉にすることがどうしてもできなかった。

 アンナは、ショウゴを「天啓を受けるようになる前の、つまりは遣田ハオトに操られる前の教祖様が唯一予言した、真の至高神の化身」と言ったが、それはタカミの方がふさわしいとすら思う。

 アナスタシアの身体はとても軽かった。
 ショウゴが暴徒退治のために身体を鍛え続けていたからということもあるだろうが、彼女自身、数年間満足に食事をとれていなかったのだろう。
 腕や脚は簡単に折れてしまいそうなほど細く、脂肪がなく筋肉も衰えているように見えた。着物のような服を着ているのは、それを他者に悟られないためや自覚したくなかったからかもしれない。
 侍女であったアンナはきっともっと細かったに違いない。

 リビングのソファーにアナスタシアを寝かせると、

「ん……アンナ……」

 彼女は眠りながらアンナの名前を呼び、涙を流した。
 アンナの夢を見ているのだろうか。

「ショウゴさんと……わたくしが大好きな……いちごショートケーキを……一人占めしないでくださいな……ショートケーキは飲み物じゃないです……」

 悪夢ではないようだったのでほっとした。

「……タピオカは何の実なんですの? え? うそ……粉を丸めて茹でたただけ?」

 彼女が目を覚ましたら、ちゃんとした食事をとらせよう。
 ショウゴは彼女の頭を撫で、その手を握った。

 アナスタシアのメイド兼ボディーガードとアンナは自己紹介していたが、ふたりの関係はそんなものではなかったように思う。
 共に過ごした短い時間は短かったが、ふたりは姉妹や友人を超えた、まるで恋人にも近いような関係に感じていた。同時に、そのどれとも違うような気もしていた。互いに相手を大切に思い必要とする関係だったのは間違いないと思う。

 大切な人を失う悲しみをショウゴは知っていた。
 今はゆっくり眠って、ショートケーキやタピオカは無理だけれど、お腹いっぱい食事をとって欲しかった。

 一条との闘い、アンナとの対話、そして遣田ハオトという古代人の末裔との闘い。
 アンナの二度の死。
 たった1日でそれだけの経験をした彼は、ひどく疲れていた。
 さらに、彼に開花した人の心を読む「読心術」は、不馴れなせいもあるのか脳や身体への負担が非常に大きく、1階の管理人室で監視カメラのパスワードを見つけた頃には、その場で倒れ込んでしまいそうだった。

 ショウゴはアナスタシアの手を握りながら気を失うように眠ってしまった。

 だから彼は気付かなかった。
 一条ソウマが部屋から姿を消していることを。
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