恋詠花

舘野寧依

文字の大きさ
8 / 36
第二章:新しい環境

第8話 抗議への要求

しおりを挟む
 カルラートの訪れがなかったことは、明朝すぐにライサの知るところとなった。
 大国の姫がたとえ国王としても、小国にないがしろにされて、ライサは激怒した。

 誰からも見ても、アイシャは美しく可憐な姫だ。
 そんな姫を新婚初夜に放っておくなど、ライサには信じがたかった。
 それも、幼い頃から仕えてきた姫――それで、ライサの怒りは頂点に達したようだった。

 それでも彼女は侍女の鑑らしく、アイシャの支度をいつにもまして美しく見えるように丹念にした。

 そして、アイシャが王妃の間で、新婚とは思えないほど一人寂しく朝食を取った後に、ライサは行動に出たのだった。


「ねえ、待って。待ってちょうだい、ライサ」

 肩を怒らせて王妃の間から王の間を通り抜けていくライサにアイシャは必死にすがりつく。

 長年のつき合いから、ライサがかなり怒っていたことは分かっていたが、まさかハーメイ国王に直訴に行くとは思ってもおらず、アイシャは焦って腹心の侍女を止めようとした。

「なぜでございますか。アイシャ様を初夜にひとりで捨ておかれるなど、わたくしにとってこれほどの屈辱はございません」
「わたしなら平気だから。ライサ、陛下に直訴するのは思いとどまって!」

 トゥルティエールの侍女の中でも比較的高い位置にいた彼女に、カルラートがそれほど重い罰を与えるとは思いたくはなかったが、万が一ということも考えられる。

「アイシャ様、あいにくとわたくしは平気ではございません」

 カルラート王の所行は、アイシャを見守り、支えてきたライサのこれまでの誇りをいたく傷つけたようだった。
 ライサが今までどれだけ自分を大事にしてくれていたか、アイシャは改めて認識して、思わず彼女を掴んでいた腕を離してしまった。
 その間にライサは王の執務室の扉を開け、さっさと中へ入ってしまった。

「ライサ!」

 アイシャは慌てて、自分付きの侍女を呼び止めたが、彼女は振り返らなかった。

「失礼いたします、陛下」

 ライサとアイシャが突然執務室に入ってきたため、カルラートと宰相はあっけに取られていた。

「……陛下に直談判しとうございます。申し訳ありませんが、宰相様は席をお外しください」
「……しかし……」
「お外しください」

 有無を言わせない口調で言ったライサに、宰相は助けを求めるようにカルラートを見る。
 カルラートは溜息をつくと言った。

「オルグレン、外せ」
「はっ」

 カルラートの言葉に、オルグレンはそそくさと執務室を出ていった。
 その顔は、修羅場に関わらずに済んで、ほっとしたような様子だった。

「……さて、わたしは忙しい。手短に頼む」

 ライサ達が乗り込んできた理由を痛いほど理解しているカルラートはいくらかうんざりしたように言った。

 その様子に、ライサの頬がひくひくと痙攣する。

「では申します。陛下、昨夜姫様にお手を出されなかったのはどういうことでしょう?」

 客観的に見ても、アイシャは顔も体も美しく、そしてその心根は優しい。
 そんな姫君を新婚初夜に放っておくなど、他の男性だったらきっと考えもしないだろう。

「……わたしは一方的に押しつけられたこの婚礼に最初から反対だった。威圧的に大国の姫を小国にやるのだから感謝しろとまで言われて反発しない者がどこにいる?」
「陛下が、いえ兄がそんなことを……」

 初めて知らされた事実に、アイシャは口を覆った。
 そんな書簡を送られたのなら、この王の反発は分かる気がする。
 ましてや、彼は一国の王なのだ。
 たとえ小国とはいえ、彼の、いやハーメイの誇りを傷つけるのには充分だ。

 ……もしかして、ルドガーは、アイシャが嫁ぎ先でもうまく行かないように、そんな文面をカルラートに送ったのかもしれない。
 だが、真相はルドガーしか知らないことだ。

 戸惑うアイシャをカルラートは見やると、どこか意地悪そうに笑った。

「それにそなたは先の第二王妃の連れ子だそうだな」
「は、はい」

 この話は国外にまで知られているのだろうか。
 確かに、連れ子を持つ母のクリスティナがその座に収まった時は、トゥルティエール王宮は大混乱だった。そんないきさつがあったので、あまり外聞の良くない情報が各国に知られていても確かに不思議ではないのかもしれない。

「かなりの美貌の踊り子の娘だと聞いたぞ。そなたも、さぞ閨術にも通じているのであろうな」
「な……」

 カルラートのあまりの言葉にアイシャは絶句する。

 ……確かに、他の流れの一座などは、生活のために王侯貴族に体を売ったりもしていたらしいが、母のクリスティナの一座は、純粋にその芸で身を立てていたのだ。
 母はその美しさで、先代のトゥルティエール王に愛されたが、そんな恥知らずな真似をしたことは一度としてない。
 もちろん、そんな母に育てられたアイシャがそんなものに通じているわけもなかった。

「なんということを! アイシャ様は清廉潔白なお方です!」

 あまりの言われようにアイシャは頬を赤らめて反論しようとしたが、その前にライサに口を挟まれた。

「侍女、おまえはうるさい。少し黙っていろ。……今わたしはこの姫と話している」

 アイシャは、カルラートの『姫』という言葉が引っかかった。
 昨日、婚礼を挙げて王妃となったはずだが、彼はどうやらそのことを認めていないらしい。

「……陛下はわたしを妃とは思ってくださらないのですね」

 アイシャが真っ直ぐにカルラートを見つめ言うと、彼は少々意外そうに眉を上げた。

「ああ、思っていない」
「……そうですか。けれど、わたしもトゥルティエールの王妹おうまいとして嫁いできたのです。そう簡単に引き下がるわけには参りません」

 どこまでも真摯にアイシャはカルラートに向き合って言った。
 ずっと周りに遠慮しながら生きてきたアイシャが、こうやって人に真っ向から話し合うのはライサ以外では久しぶりであった。
 しかし、カルラートはアイシャとしばらく視線を合わせた後、腹を抱えて笑いだした。

「な、なにがおかしいのですっ」

 真剣に向き合ったのに失礼な態度で返されて、アイシャは真っ赤になって抗議した。

「……王妹か。これが笑わずにいられるか。トゥルティエールの王は王妃も据えず、血の繋がらない妹と睦み合っているともっぱらの噂だ」
「! そんな噂、嘘です!」

 思ってもいなかった言葉に、アイシャは叫ぶ。

 ──それどころか、彼には憎まれているというのに。

 それが睦みあっているだなんて、どこから出た噂なのだろう。……なんにせよ、とてつもない誤解には違いない。

「……どうだかな。わたしに妃と認めさせたいのなら、それを信じさせてみろ。……できないのなら諦めろ。わたしとて、清らかでない姫とそんな関係になる気はない」


 自分の身が清らかなのは明らかだ。
 ……けれど、どうやってこの王にそれを信じさせればいいのだろう?


 カルラートと結ばれれば、その疑いは晴れるだろうが、彼にはその気はない。
 アイシャはどうしていいか分からずに、その場に佇んだ。


「……この話はこれで終わりだ。二度とこの話題を出すな。出すなら、わたしが納得できる答えを持ってこい」

 絶句するアイシャに、話にならないとばかりにカルラートが首を横に振る。
 そして、カルラートに命じられた近衛兵に連れられてアイシャとライサは王妃の間に戻らされた。


「陛下はトゥルティエールのやり方にかなりご立腹の様子でしたわね。……あれを覆すには少々難しいかも知れません」

 初めはカルラートに憤っていたライサも、ことの次第を聞いて彼の気持ちもそれでは仕方ないかも知れないと、理解したようだった。

 しかし、悪いのはそんな書面を出したルドガーでアイシャにはなんの非もない。
 王妃の間で沈む込むアイシャの気持ちをなんとか高揚させようと、ライサは彼女に各国で話題の恋愛小説を差し出した。
 現実世界で愛されないのならば、せめて想像の世界だけでも彼女に幸せな気分になって欲しいと願ったからである。
 アイシャはそんなライサの気持ちが嬉しく、それを受け取って読書にいそしんだ。


 ただ、そんなやりとりがあったその夜も、もちろんカルラートの訪れはなかった。
 アイシャはそのことを既に覚悟していたので、その夜に安眠できたことは、彼女にとってはそれでも幸せなことだったかもしれない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三
恋愛
岸田和華(きしだわか)は異世界に飛ばされた。自分が読んでいた小説の悪役令嬢ジュリエットに憑依してしまったのだ。だが和華は短気でガサツで、中学高校と番を張ってたヤンキーだ。高貴な身分の貴族令嬢なんてガラじゃない。「舞踏会でダンス? 踊りなんて盆踊りしか知らないからっ」 一方、リアル世界に残された和華の中にはジュリエットが入っていて・・。

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜

帆々
恋愛
エマは牧歌的な地域で育った令嬢だ。 父を亡くし、館は経済的に恵まれない。姉のダイアナは家庭教師の仕事のため家を出ていた。 そんな事情を裕福な幼なじみにからかわれる日々。 「いつも同じドレスね」。「また自分で縫ったのね、偉いわ」。「わたしだったらとても我慢できないわ」————。 決まった嫌味を流すことにも慣れている。 彼女の楽しみは仲良しの姉から届く手紙だ。 穏やかで静かな暮らしを送る彼女は、ある時レオと知り合う。近くの邸に滞在する名門の紳士だった。ハンサムで素敵な彼にエマは思わず恋心を抱く。 レオも彼女のことを気に入ったようだった。二人は親しく時間を過ごすようになる。 「邸に招待するよ。ぜひ家族に紹介したい」 熱い言葉をもらう。レオは他の女性には冷たい。優しいのは彼女だけだ。周囲も認め、彼女は彼に深く恋するように。 しかし、思いがけない出来事が知らされる。 「どうして?」 エマには出来事が信じられなかった。信じたくない。 レオの心だけを信じようとするが、事態は変化していって————。 魔法も魔術も出て来ない異世界恋愛物語です。古風な恋愛ものをお好きな方にお読みいただけたら嬉しいです。 ハッピーエンドをお約束しております。 どうぞよろしくお願い申し上げます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響
恋愛
平和だったカヴァニス王国が、隣国イザイアの突然の侵攻により一夜にして滅亡した。 カヴァニスの王女アリーチェは、逃げ遅れたところを何者かに助けられるが、意識を失ってしまう。 目覚めたアリーチェの前に現れたのは、祖国を滅ぼしたイザイアの『隻眼の騎士王』ルドヴィクだった。 憎しみと侮蔑を感情のままにルドヴィクを罵倒するが、ルドヴィクは何も言わずにアリーチェに治療を施し、傷が癒えた後も城に留まらせる。 ルドヴィクに対して憎しみを募らせるアリーチェだが、時折彼の見せる悲しげな表情に別の感情が芽生え始めるのに気がついたアリーチェの心は揺れるが………。 ※内容の一部に残酷描写が含まれます。

本の通りに悪役をこなしてみようと思います

Blue
恋愛
ある朝。目覚めるとサイドテーブルの上に見知らぬ本が置かれていた。 本の通りに自分自身を演じなければ死ぬ、ですって? こんな怪しげな本、全く信用ならないけれど、やってやろうじゃないの。 悪役上等。 なのに、何だか様子がおかしいような?

殿下、毒殺はお断りいたします

石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。 彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。 容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。 彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。 「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。 「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。

処理中です...