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第三章:愛されし姫君
第22話 急変
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──やっぱりおかしいわ。
件のカルラートの昼間の行為から、なにか異変が起こったのではとアイシャは常々思っていた。
しかし、カルラート自身がそれを否定しているのでアイシャも深くは考えないようにしていた。
だが、自分の警護が明らかに以前より厳重になっている。
周りはさりげなさを装っていたが、確実に今までと空気が違っていた。
そこでアイシャは思い切ってカルラートに尋ねてみることにした。
「カルラート、なにか隠してることはない?」
アイシャの月のものが終わって意気揚々と彼女の寝室を訪ねたカルラートが、一瞬絶句した。
「い、いや、ない」
彼の動揺を見て、やっぱりおかしい、とアイシャは思う。
「……本当に? 最近警護も厳しくなったし、なにかあったのかと思って」
「いや、本当にない。大事なそなたの警護くらい増やしてもいいだろう。わたしはこれでも足りないと思っているくらいだ」
真実を見ようとして、アイシャはカルラートをじっと見つめる。だが、彼はその視線には揺るがなかった。
「そう、なんでもないのならいいけれど。でもあなたはわたしを心配しすぎだわ」
それにかなり甘やかされてもいる。
カルラートはなにかと理由を付けてアイシャに贈り物をしてくる。
その気持ちは嬉しいが、程々にしてほしいとアイシャは思っていた。
「あと、贈り物もそんなにはわたしには必要ないわ。その気持ちだけで充分嬉しいから」
「……そうか」
幾分がっかりしたようなカルラートにアイシャは少し慌てた。
「贈り物が嬉しかったのは本当よ。でも、それが国の負担になってはいけないし、わたしはここから逃げはしないのだから」
アイシャがそう言うと、少し沈んでいたカルラートは覇気を取り戻した。
「そうか。……そうだな」
そしてアイシャに嬉しそうに笑いかけて言った。
「そなたは、ハーメイの王妃だものな」
「ええ、そうよ。……んんっ」
だから、自分に浪費することはないのだ、と言おうとしたアイシャはカルラートに唇をふさがれた。
そして、カルラートの口づけはますますその激しさを増していく。
アイシャはその口づけや愛撫に翻弄されて、それ以上なにかを考えられなくなっていった。
カルラートはその朝もアイシャを深く愛した。
すっかり疲れてしまったアイシャは再び眠ってしまい、その無邪気な寝顔にカルラートは微笑んだ。
アイシャはハーメイの、このわたしの妃。
トゥルティエールには決して戻らない。
今度トゥルティエールから書簡が届いたときは、アイシャがそう言っていたと記述しておこうと決意した。
そうして彼は、朝の支度をして執務へと入っていったのである。
その矢先に、再びトゥルティエールから書簡が届いた。
どうせ内容は前回と一緒だろうとカルラートは先にオルグレンに改めさせた。
「な……っ、これは、陛下!」
「なにごとだ、オルグレン」
驚愕して叫んだ宰相にただならぬ様子を感じて、彼から書簡をひったくる。
そしてその文面を読んで、カルラートは一気に血の気が引く思いがした。
『アイシャをトゥルティエールに戻す』
それはただその一文のみだったが、それでもかの国の王、ルドガーの確固たる決意が感じとれた。
カルラートは痺れたようにその場を動けなかったが、しばらくしてはっとしたように愛しい妃の名を叫んだ。
「アイシャ!」
その時、アイシャは居室でくつろいでいた。
朝にもカルラートとの行為があったせいもあり、少し疲れていてアイシャはうとうとしかける。
それを侍女の悲鳴が遮った。
「な……」
アイシャが何事かとそちらに目をやると、焦げ茶の髪と瞳の魔術師と思われる男が突然居室に現れていた。
「アイシャ様!」
とっさにライサがアイシャをかばうように前に出る。
「何者です。この方が王妃様と知っての狼藉ですか」
「もちろん知っておりますよ。しかし、アイシャ様には我が王の元へとお帰りいただきます」
『帰ってもらう』と聞いてアイシャは息をのむ。
彼の言う『我が王』とはもしかして──
でも、あの方がわたしを遠ざけたんじゃない。
信じられない事実にアイシャは叫んだ。
「……そんな馬鹿なこと!」
その言葉を最後に、アイシャはハーメイ王宮から姿を消した。
結局厳重にしたはずの警護も、たった一人の魔術師にハーメイ側はかなわなかったのである。
「──戻ったか、アイシャ」
アイシャはしばらく呆然としていたが、秘かに愛しく思っている人に声をかけられて我に返る。
魔術師に移動魔法で送られてきた先は、先王の代によく訪ねたトゥルティエール王の執務室だった。
「……ルドガー陛下、なぜ今になってこのようなことをなされたのです!」
アイシャと一緒に送られてきたライサが怖れもせずにルドガーに食ってかかる。
しかし、ルドガーは特に気を悪くする様子もなく、ただ苦く笑った。
「……やつに渡しておくのが惜しくなった。それだけだ」
それを目にしたライサがなにか言いたげにしたが、結局は黙り込んだ。
……この方はなにを言っておられるのだろう。
それではまるでわたしのことを──
呆然とするアイシャを執務机の椅子から立ち上がったルドガーが抱きしめた。
「アイシャ、愛している。もうどこにもやらない」
ルドガーからの愛の言葉を聞いて、アイシャは息をのむ。
幼い頃から愛しく思っていた人の思わぬ抱擁と告白に、アイシャは体の奥底が痺れたような気がした。
でも駄目だ、とアイシャは思った。
自分は既にカルラートの妻なのだ。
こんなふうにされて、喜びを覚えてしまうのは彼に対する裏切り行為だ。
「なにを言われますの。血が繋がらずとも、あなた様はわたしの兄ではないですか。それにわたしはもうハーメイの王妃です」
アイシャはルドガーの胸に手をついて彼から距離を取ると、昂然と顔を上げて言った。
──それは、先王が存命の時にもなかったアイシャが初めてルドガーに逆らった瞬間だった。
件のカルラートの昼間の行為から、なにか異変が起こったのではとアイシャは常々思っていた。
しかし、カルラート自身がそれを否定しているのでアイシャも深くは考えないようにしていた。
だが、自分の警護が明らかに以前より厳重になっている。
周りはさりげなさを装っていたが、確実に今までと空気が違っていた。
そこでアイシャは思い切ってカルラートに尋ねてみることにした。
「カルラート、なにか隠してることはない?」
アイシャの月のものが終わって意気揚々と彼女の寝室を訪ねたカルラートが、一瞬絶句した。
「い、いや、ない」
彼の動揺を見て、やっぱりおかしい、とアイシャは思う。
「……本当に? 最近警護も厳しくなったし、なにかあったのかと思って」
「いや、本当にない。大事なそなたの警護くらい増やしてもいいだろう。わたしはこれでも足りないと思っているくらいだ」
真実を見ようとして、アイシャはカルラートをじっと見つめる。だが、彼はその視線には揺るがなかった。
「そう、なんでもないのならいいけれど。でもあなたはわたしを心配しすぎだわ」
それにかなり甘やかされてもいる。
カルラートはなにかと理由を付けてアイシャに贈り物をしてくる。
その気持ちは嬉しいが、程々にしてほしいとアイシャは思っていた。
「あと、贈り物もそんなにはわたしには必要ないわ。その気持ちだけで充分嬉しいから」
「……そうか」
幾分がっかりしたようなカルラートにアイシャは少し慌てた。
「贈り物が嬉しかったのは本当よ。でも、それが国の負担になってはいけないし、わたしはここから逃げはしないのだから」
アイシャがそう言うと、少し沈んでいたカルラートは覇気を取り戻した。
「そうか。……そうだな」
そしてアイシャに嬉しそうに笑いかけて言った。
「そなたは、ハーメイの王妃だものな」
「ええ、そうよ。……んんっ」
だから、自分に浪費することはないのだ、と言おうとしたアイシャはカルラートに唇をふさがれた。
そして、カルラートの口づけはますますその激しさを増していく。
アイシャはその口づけや愛撫に翻弄されて、それ以上なにかを考えられなくなっていった。
カルラートはその朝もアイシャを深く愛した。
すっかり疲れてしまったアイシャは再び眠ってしまい、その無邪気な寝顔にカルラートは微笑んだ。
アイシャはハーメイの、このわたしの妃。
トゥルティエールには決して戻らない。
今度トゥルティエールから書簡が届いたときは、アイシャがそう言っていたと記述しておこうと決意した。
そうして彼は、朝の支度をして執務へと入っていったのである。
その矢先に、再びトゥルティエールから書簡が届いた。
どうせ内容は前回と一緒だろうとカルラートは先にオルグレンに改めさせた。
「な……っ、これは、陛下!」
「なにごとだ、オルグレン」
驚愕して叫んだ宰相にただならぬ様子を感じて、彼から書簡をひったくる。
そしてその文面を読んで、カルラートは一気に血の気が引く思いがした。
『アイシャをトゥルティエールに戻す』
それはただその一文のみだったが、それでもかの国の王、ルドガーの確固たる決意が感じとれた。
カルラートは痺れたようにその場を動けなかったが、しばらくしてはっとしたように愛しい妃の名を叫んだ。
「アイシャ!」
その時、アイシャは居室でくつろいでいた。
朝にもカルラートとの行為があったせいもあり、少し疲れていてアイシャはうとうとしかける。
それを侍女の悲鳴が遮った。
「な……」
アイシャが何事かとそちらに目をやると、焦げ茶の髪と瞳の魔術師と思われる男が突然居室に現れていた。
「アイシャ様!」
とっさにライサがアイシャをかばうように前に出る。
「何者です。この方が王妃様と知っての狼藉ですか」
「もちろん知っておりますよ。しかし、アイシャ様には我が王の元へとお帰りいただきます」
『帰ってもらう』と聞いてアイシャは息をのむ。
彼の言う『我が王』とはもしかして──
でも、あの方がわたしを遠ざけたんじゃない。
信じられない事実にアイシャは叫んだ。
「……そんな馬鹿なこと!」
その言葉を最後に、アイシャはハーメイ王宮から姿を消した。
結局厳重にしたはずの警護も、たった一人の魔術師にハーメイ側はかなわなかったのである。
「──戻ったか、アイシャ」
アイシャはしばらく呆然としていたが、秘かに愛しく思っている人に声をかけられて我に返る。
魔術師に移動魔法で送られてきた先は、先王の代によく訪ねたトゥルティエール王の執務室だった。
「……ルドガー陛下、なぜ今になってこのようなことをなされたのです!」
アイシャと一緒に送られてきたライサが怖れもせずにルドガーに食ってかかる。
しかし、ルドガーは特に気を悪くする様子もなく、ただ苦く笑った。
「……やつに渡しておくのが惜しくなった。それだけだ」
それを目にしたライサがなにか言いたげにしたが、結局は黙り込んだ。
……この方はなにを言っておられるのだろう。
それではまるでわたしのことを──
呆然とするアイシャを執務机の椅子から立ち上がったルドガーが抱きしめた。
「アイシャ、愛している。もうどこにもやらない」
ルドガーからの愛の言葉を聞いて、アイシャは息をのむ。
幼い頃から愛しく思っていた人の思わぬ抱擁と告白に、アイシャは体の奥底が痺れたような気がした。
でも駄目だ、とアイシャは思った。
自分は既にカルラートの妻なのだ。
こんなふうにされて、喜びを覚えてしまうのは彼に対する裏切り行為だ。
「なにを言われますの。血が繋がらずとも、あなた様はわたしの兄ではないですか。それにわたしはもうハーメイの王妃です」
アイシャはルドガーの胸に手をついて彼から距離を取ると、昂然と顔を上げて言った。
──それは、先王が存命の時にもなかったアイシャが初めてルドガーに逆らった瞬間だった。
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