恋詠花

舘野寧依

文字の大きさ
21 / 36
第三章:愛されし姫君

第21話 二人の想い

 アイシャに月のものが来た。

 それを知ったカルラートは知らず失望を顔に出してしまった。

「ごめんなさい、カルラート」

 アイシャがすまなそうに謝ってきたので、カルラートは慌てた。
 これは子を成すことを焦っている自分が悪いだけだけで、決してアイシャが悪いわけではないのだ。

「いや、すまない。わたしの気が早かった。考えてみれば、そんなに早く子が出来る方が珍しいのだしな」

 それどころか、親戚筋と婚姻を多くしている王族の者はなかなか子が出来ないのも別に珍しいことでもなかったのだ。
 それをこんな短期間でアイシャに求める方がどうかしている、とカルラートは反省した。

 いくらトゥルティエールからアイシャを戻せと言われようが、ずっとそれをはねのけていればいいだけなのだ。
 かの国から突き上げがあまり酷いようなら、大陸一の大国ガルディアに相談するという手もある。

 子は焦らなくてもそのうち出来るだろう。
 要はアイシャが自分の傍にさえいればいいのだ。
 そのためには彼女の周りの警護も固めなければならないだろう。

「カルラート?」

 考え込むカルラートを不安そうにアイシャが見上げる。
 それに気づいたカルラートは、彼女を安心させるように微笑みながら抱き寄せた。

「アイシャ、愛している」

 そして愛の言葉の後に、その柔らかな唇に口づけた。



「どうしたら子が早く出来るのかしら……」

 カルラートが執務に入ったのを見届けた後、アイシャは誰にともなく呟いた。
 それを聞きつけたライサが少し驚いたように言った。

「まあ、アイシャ様、それはお気が早すぎますわ。そんなふうに焦られることはないのですよ」
「そうなの……? でも、カルラートは早く子が欲しいらしくて。わたし、それに応えたいの」

 カルラートはきっと早く世継ぎが欲しいのだろうとアイシャは思った。けれど、ライサから返ってきたのは少し違う言葉だった。

「陛下はアイシャ様との御子を欲しておられるのですわ。アイシャ様、誠に陛下に愛されておいでですわね」
「そ、そうかしら……」

 心底嬉しそうにライサに言われて、アイシャは少々恥ずかしくなり赤面する。
 確かに嫁いだ当初より遥かに大事にされているのは分かっている。
 そしてそれは、カルラートの言動からも感じられた。
 ふと、アイシャは自分の腹に手をやる。


 ……カルラートとの子供。
 子が出来れば、わたしはあの方を忘れて彼を愛することが出来るのかしら。
 そうしたら、愛し愛されてどんなに幸せだろう。


 アイシャはカルラートに愛されていても、未だに忘れられないルドガーの面影に度々苦しめられていた。


 ──子さえ出来れば。


 アイシャもカルラートと同じように、王とその妃という肩書き以外の二人の絆が欲しかった。
 それが二人の間の子だったのである。

「アイシャ様、お腹が痛みますか? でしたらお薬をお持ちしますが」
「ええ、お願い」

 他のアイシャ付きの侍女に言われて、彼女は頷いた。

 確かに少し月のものの痛みはある。
 それが酷くなる前に、痛み止めは飲んで置くべきだろう。
 そのアイシャの言葉で、気を利かせた侍女が居室に爽やかな香りの匂い袋を持ってきた。
 アイシャはその香りに癒されながら、痛み止めの薬湯を飲む。

 ──少し、休もう。
 悩むのも体には良くない。
 月のものが終わったら、カルラートをきちんと受け入れられるように自分は健やかでいなければ。
 アイシャはそう考えると、長椅子の肘掛けに体をもたれさせた。



「──くどい」

 カルラートはその書簡を見て、忌々しそうに呟いた。
 それは、アイシャを国に帰せという、トゥルティエールからの再度の書簡だった。

「……陛下、お返事はどういたしますか?」

 ほとほと困ったように宰相のオルグレンが伺いをたててくる。

「今回は明後日にでも送る。戦が起こっている訳でもないのに、嫁した姫を返せと言う方がおかしいからな」

 詭弁きべんかもしれないが、カルラートはそう答えた。
 彼としては、心はもう決まっているのだ。

 ──トゥルティエールにはアイシャは返さない。
 彼女はもうハーメイのもの。……そして自分のものだ。

「……致し方ありませんな」

 外交上はすぐにも返事は返すべきだろうが、オルグレンもカルラートに心情的に同意なのか、そう言っただけだった。

「アイシャの警護はどうなっている」
「新たに近衛と魔術師を一名ずつ増やしております」

 トゥルティエールからの書簡を睨めつけながらのカルラートの言葉に、オルグレンがすぐさま答える。
 それにカルラートは納得したように頷いた。

「そうか」

 本当ならば、それぞれもう一名ずつ欲しいくらいだが、それをしてしまえばアイシャに異変を気づかれる怖れがある。
 オルグレンも考えた末の結論なのだろう。
 心許ないが仕方がないとカルラートは譲歩した。

 それから彼は、付いていた侍女にアイシャが安らかに過ごせるように取りはからえと命じた。
 それを受けた侍女は頷くと、彼に礼をして執務室を出て行く。
 それに目をやりながらカルラートはアイシャのことを思う。

 ──愛しい、可憐で美しい自分の妃。
 一生大事にして、どこへもやらない。
 そのためには自分はどんなことでもしよう。

 そう堅く決意すると、カルラートは手にしていたトゥルティエールからの書簡を脇にどかし、新たな執務へと再び入っていった。
感想 4

あなたにおすすめの小説

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

次こそあなたと幸せになると決めたのに…中々うまくいきません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のシャレルは、第二王子のジョーンによって無実の罪で投獄されてしまう。絶望の中彼女を救ってくれたのは、ずっと嫌われていると思っていた相手、婚約者で王太子のダーウィンだった。 逃亡生活を送る中、お互い思い合っていたのにすれ違っていた事に気が付く2人。すれ違った時間を取り戻すかのように、一気に距離を縮めていく。 全てを失い絶望の淵にいたシャレルだったが、ダーウィンとの逃避行の時間は、今まで感じた事のないほど、幸せな時間だった。 新天地マーラル王国で、ダーウィンとの幸せな未来を思い描きながら、逃避行は続く。 そしていよいよ、あと少しでマーラル国というところまで来たある日、彼らの前にジョーンが現れたのだ。 天国から地獄に叩き落されたシャレルは、絶望の中生涯の幕を下ろしたはずだったが… ひょんなことから、ダーウィンと婚約を結んだ8歳の時に、戻っていた。 2度目の人生は、絶対にダーウィンと幸せになってみせる、そう決意したシャレルだったが、そううまくはいかず、次第に追い詰められていくのだった。 ※シャレルとダーウィンが幸せを掴むかでのお話しです。 ご都合主義全開ですが、どうぞよろしくお願いします。 カクヨムでも同時投稿しています。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。