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第四章:対決
第31話 煩悶
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アイシャが自ら死を図ろうとしたことは、ルドガーにとってこの上ない衝撃だった。
今回のことで彼が理解したのは、アイシャを失ったらきっと正気ではいられないほどに彼女を愛しているということだった。
……いや、もう正気ではないのかもしれない。
ハーメイの民を人質として、アイシャを縛り付ける己は狂気の域だろうとルドガーは苦く笑った。
──ここまで愛していると分かっていたならば、初めからカルラートのものになどさせなかったものを。
何度もした自答。
だが、全ては遅すぎた。
ルドガーがカルラートからアイシャを奪い、己のものとしたことで、事態はますます悪い方へと向かっている。
城の者は口には出さないが、国民の不満もかなりのものになるだろう。
ハーメイは元はトゥルティエール領の一部だった。
そのため、両国民同士はかなり友好的だったのを今回のことでルドガーが壊してしまったのだ。
──これでは自分は愚王ではないか。
今までトゥルティエールのために心血を注いでいたものを己は全部無駄にしようとしている。
いっそのこと、血の近い者に王位を譲ってしまおうかとも考えたが、そうしてしまえばアイシャはハーメイ、いやカルラートの元へ間違いなく戻るだろう。
そう考えると、退位もできない。
嫉妬にかられ戦乱を引き起こす王など、ルドガーが当事者でなければ絶対に糾弾しただろう。
それに、今回はハーメイだけでなく大陸一の戦力を誇るガルディアまでが出てきている。
実際にハーメイ国境での戦いでは、ガルディアの国力の前に撤退せざるを得なかったことはルドガーに焦りを生じさせた。
このままではガルディアとも戦になってしまうかもしれない。
今はハーメイの要請で出てきているだけだが、この状態が続けば最悪の事態が待っているだろうこともルドガーは分かっていた。
……じきに貴族達から己自身が糾弾される日も近いかもしれないな。
実際に昨夜己を暗殺しようとした鼠が忍び込み、始末したところだ。どうやら、どこぞの貴族が寄越したものらしい。
ルドガーは重い溜息をつくと、控えさせていたライサに尋ねた。
「……アイシャはどうしている?」
「今は落ち着いておられます。ただ、だいぶご無理をしておられるようにもお見受けしましたが」
「……そうか」
かつて母が命を絶った場所で、それに倣おうとしたアイシャ。
どうにかハーメイとの争いを収めたいとの願いからの行動だったらしいが、ハーメイの民を人質にしても彼女がまた同じような行動にでないとも限らない。
そこでルドガーはアイシャの周辺の警護を更に増やすことにした。
そうすることで、彼女が自ら命を絶つことも彼女が暗殺されるという危惧もなくしたのだ。
ただ、ルドガー自身もだがアイシャの悪評も既に立ち始めている。
ルドガーは一刻も早くこの戦いを収束させなければならない事態に徐々にだが追いつめられていた。
──いっそのこと、アイシャをこの手にかけ、自らも命を絶つか。
そうすれば、アイシャは誰にも奪われない。永遠にルドガーのものだ。
そんな狂気にも似た思いにふと取り憑かれたルドガーはふらりとアイシャの居室へと向かった。
「……陛下?」
ライサが訝しげに声をかけたが、ルドガーはそれには答えなかった。
「陛下……? どうなさったのです、お顔の色が優れませんが」
突然部屋に現れたルドガーにアイシャは一瞬息をのんだ後、長椅子から立ち上がり、彼を気遣うような言葉を発した。
心身共にアイシャを蹂躙していたというのに、そんな彼の心配をするアイシャが愛しく、ルドガーは彼女を抱きすくめた。
「へ、いか……」
「アイシャ、アイシャ。愛している」
きっとアイシャは己を憎んでいるだろう。
アイシャがルドガーに愛を返すことはない。
だがそれでも、ルドガーは言わずにはいられなかった。
そして、これから彼が言うことはアイシャにとっては恐怖でしかないだろう。
「アイシャ、愛している。どうかわたしと共に死んでくれないか」
アイシャの肩を掴みルドガーはどこか夢心地で言う。
──アイシャ、おまえはわたしのもの。
「なにを陛下……っ!」
ルドガーの後をついてきたライサを含む侍女達が悲鳴のような声を上げる。
「皆、黙って」
ただ一人、アイシャだけが凛とした声でその場にいた者を黙らせた。
「……わたしを手にかけられるのは一向に構いません。けれど、陛下にはこの戦乱を収める義務がございます。今それを放棄されるのは無責任が過ぎます」
強い瞳でそういうアイシャにルドガーは苦く笑った。
つまりルドガーと一緒に死ぬのはごめんだということらしい。
「……おまえはわたしに優しくないな」
「それは陛下の自業自得ですわ」
ルドガーはアイシャの肩から手を退かすと、片手で顔を覆って笑った。
「自業自得か。……そうだな」
今の事態は全て己が引き起こしたことだ。
せめてガルディアだけでもなんとかしないとまずい。
アイシャの言葉で我に返ったルドガーは、愛しそうに彼女の髪に触れた。
「一時の気の迷いだった。すまない。……わたしは執務に戻る」
「……そうしてください」
堅い表情で告げるアイシャの髪から手を離すとルドガーは再び執務室へと足を運ぼうとした。
その時だった。
突然、その場にライノスが現れ叫んだ。
「陛下、一大事でございます! 城門前にガルディアの魔術師団と白百合騎士団が突如現れて……、魔術師団師団長が王代理として陛下に面会を希望しております。その中には、ハーメイ国王カルラートもいる模様です!」
「……なんだと!」
ルドガーは驚愕を抑えきれずに怒鳴った。
ガルディアは最強故、侮ってはならぬと幼き頃から先王に叩き込まれていたが、まさか城を覆う結界をどうにかしていきなりここまで来るとは。
しかもカルラートまで同行しているとはどういうことだ。
「……カルラートが……」
アイシャが恋敵の名を口にしたことで、ルドガーは我に返った。
「アイシャ、来い!」
ルドガーはアイシャの手を無理矢理掴むと、ライノスに謁見の間まで移動させるよう命じた。
あの男は花嫁を奪い返しにとうとうここまできた──
それはルドガーのかつての危惧通りで、ルドガーはアイシャを掻き抱いた。
──だが、奪わせるものか。
もはや執念とも思わせる恋情に身を焦がし、ルドガーは思う。
そしてその心情を表すように、ルドガーはガルディアの王代理が謁見の間に現れる直前までアイシャを抱きしめていた。
今回のことで彼が理解したのは、アイシャを失ったらきっと正気ではいられないほどに彼女を愛しているということだった。
……いや、もう正気ではないのかもしれない。
ハーメイの民を人質として、アイシャを縛り付ける己は狂気の域だろうとルドガーは苦く笑った。
──ここまで愛していると分かっていたならば、初めからカルラートのものになどさせなかったものを。
何度もした自答。
だが、全ては遅すぎた。
ルドガーがカルラートからアイシャを奪い、己のものとしたことで、事態はますます悪い方へと向かっている。
城の者は口には出さないが、国民の不満もかなりのものになるだろう。
ハーメイは元はトゥルティエール領の一部だった。
そのため、両国民同士はかなり友好的だったのを今回のことでルドガーが壊してしまったのだ。
──これでは自分は愚王ではないか。
今までトゥルティエールのために心血を注いでいたものを己は全部無駄にしようとしている。
いっそのこと、血の近い者に王位を譲ってしまおうかとも考えたが、そうしてしまえばアイシャはハーメイ、いやカルラートの元へ間違いなく戻るだろう。
そう考えると、退位もできない。
嫉妬にかられ戦乱を引き起こす王など、ルドガーが当事者でなければ絶対に糾弾しただろう。
それに、今回はハーメイだけでなく大陸一の戦力を誇るガルディアまでが出てきている。
実際にハーメイ国境での戦いでは、ガルディアの国力の前に撤退せざるを得なかったことはルドガーに焦りを生じさせた。
このままではガルディアとも戦になってしまうかもしれない。
今はハーメイの要請で出てきているだけだが、この状態が続けば最悪の事態が待っているだろうこともルドガーは分かっていた。
……じきに貴族達から己自身が糾弾される日も近いかもしれないな。
実際に昨夜己を暗殺しようとした鼠が忍び込み、始末したところだ。どうやら、どこぞの貴族が寄越したものらしい。
ルドガーは重い溜息をつくと、控えさせていたライサに尋ねた。
「……アイシャはどうしている?」
「今は落ち着いておられます。ただ、だいぶご無理をしておられるようにもお見受けしましたが」
「……そうか」
かつて母が命を絶った場所で、それに倣おうとしたアイシャ。
どうにかハーメイとの争いを収めたいとの願いからの行動だったらしいが、ハーメイの民を人質にしても彼女がまた同じような行動にでないとも限らない。
そこでルドガーはアイシャの周辺の警護を更に増やすことにした。
そうすることで、彼女が自ら命を絶つことも彼女が暗殺されるという危惧もなくしたのだ。
ただ、ルドガー自身もだがアイシャの悪評も既に立ち始めている。
ルドガーは一刻も早くこの戦いを収束させなければならない事態に徐々にだが追いつめられていた。
──いっそのこと、アイシャをこの手にかけ、自らも命を絶つか。
そうすれば、アイシャは誰にも奪われない。永遠にルドガーのものだ。
そんな狂気にも似た思いにふと取り憑かれたルドガーはふらりとアイシャの居室へと向かった。
「……陛下?」
ライサが訝しげに声をかけたが、ルドガーはそれには答えなかった。
「陛下……? どうなさったのです、お顔の色が優れませんが」
突然部屋に現れたルドガーにアイシャは一瞬息をのんだ後、長椅子から立ち上がり、彼を気遣うような言葉を発した。
心身共にアイシャを蹂躙していたというのに、そんな彼の心配をするアイシャが愛しく、ルドガーは彼女を抱きすくめた。
「へ、いか……」
「アイシャ、アイシャ。愛している」
きっとアイシャは己を憎んでいるだろう。
アイシャがルドガーに愛を返すことはない。
だがそれでも、ルドガーは言わずにはいられなかった。
そして、これから彼が言うことはアイシャにとっては恐怖でしかないだろう。
「アイシャ、愛している。どうかわたしと共に死んでくれないか」
アイシャの肩を掴みルドガーはどこか夢心地で言う。
──アイシャ、おまえはわたしのもの。
「なにを陛下……っ!」
ルドガーの後をついてきたライサを含む侍女達が悲鳴のような声を上げる。
「皆、黙って」
ただ一人、アイシャだけが凛とした声でその場にいた者を黙らせた。
「……わたしを手にかけられるのは一向に構いません。けれど、陛下にはこの戦乱を収める義務がございます。今それを放棄されるのは無責任が過ぎます」
強い瞳でそういうアイシャにルドガーは苦く笑った。
つまりルドガーと一緒に死ぬのはごめんだということらしい。
「……おまえはわたしに優しくないな」
「それは陛下の自業自得ですわ」
ルドガーはアイシャの肩から手を退かすと、片手で顔を覆って笑った。
「自業自得か。……そうだな」
今の事態は全て己が引き起こしたことだ。
せめてガルディアだけでもなんとかしないとまずい。
アイシャの言葉で我に返ったルドガーは、愛しそうに彼女の髪に触れた。
「一時の気の迷いだった。すまない。……わたしは執務に戻る」
「……そうしてください」
堅い表情で告げるアイシャの髪から手を離すとルドガーは再び執務室へと足を運ぼうとした。
その時だった。
突然、その場にライノスが現れ叫んだ。
「陛下、一大事でございます! 城門前にガルディアの魔術師団と白百合騎士団が突如現れて……、魔術師団師団長が王代理として陛下に面会を希望しております。その中には、ハーメイ国王カルラートもいる模様です!」
「……なんだと!」
ルドガーは驚愕を抑えきれずに怒鳴った。
ガルディアは最強故、侮ってはならぬと幼き頃から先王に叩き込まれていたが、まさか城を覆う結界をどうにかしていきなりここまで来るとは。
しかもカルラートまで同行しているとはどういうことだ。
「……カルラートが……」
アイシャが恋敵の名を口にしたことで、ルドガーは我に返った。
「アイシャ、来い!」
ルドガーはアイシャの手を無理矢理掴むと、ライノスに謁見の間まで移動させるよう命じた。
あの男は花嫁を奪い返しにとうとうここまできた──
それはルドガーのかつての危惧通りで、ルドガーはアイシャを掻き抱いた。
──だが、奪わせるものか。
もはや執念とも思わせる恋情に身を焦がし、ルドガーは思う。
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