恋詠花

舘野寧依

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第四章:対決

第32話 協議

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「王自身がトゥルティエールに渡りたいですと?」

 ガルディア国王ユーリウスは、無謀としか思えないカルラートの言葉に瞠目した。

「トゥルティエール国王の目的は、我が命を奪うことです。ならば、それを利用しない手はないでしょう」

 ユーリウスはそれでカルラートの真意を知り、その顔をしかめた。

「……まさか、カルラート殿はトゥルティエール国王に決闘を申し込むおつもりなのか」
「そのまさかです。悔しいが、わたしがトゥルティエール国王ルドガーに対等に勝負を挑むとしたらそれしかない」

 それを聞いたユーリウスがますます渋面になる。

「しかし、ルドガー王がそれを易々と承知するとは思えませんぞ」
「わたしは決闘の際に、私の命と、我が領土をかけるつもりです。それならば、大国の王相手でも大義名分は立つでしょう」
「……しかし、もしあなたが破れたときはどうなさるつもりか。それこそハーメイの民は蹂躙じゅうりんされますぞ」
「だからこそ、貴国の更なる協力を仰ぎたい。随分と虫のいい話だとはわたしも思ってはいますが」

 カルラートが真摯にガルディア国王を見つめると、彼はやがて諦めたようにため息をついた。

「……ここまできたら我々も協力せざるを得ないであろう。このままトゥルティエールの好きにさせておくのは我々にも都合が悪い。大国としての大義名分が立たないですしな」
「故に貴国にお願いしたいのです。万が一わたしがルドガーに破れても我が民や臣下に類が及ばぬようにトゥルティエール側に了承させて頂きたい」
「……では、あなたに聞きたい。もし、あなたがルドガー王に勝った場合はどうなさるのだ」

 ユーリウスのこの問いにカルラートはさらりと答えた。

「もちろん、妃を連れてハーメイへ帰るのみ。わたしの願いはそれだけです」
「……そうですか。あくまでもあなたはアイシャ姫だけしか視野に入っていないわけですな。これを機にハーメイの領土を広げるのも可能だというのに」
「陛下。カルラート様は純粋にアイシャ様を連れ戻したいとお考えになられているだけですわ。それですのに、それは穿った見方です」

 それまで黙って聞いていた王妃フィオナがユーリウスに抗議した。
 この王妃に弱いガルディア国王は「確かにそうであるな」と苦笑した。

「……しかし、うまくアイシャ姫を奪還したとしても、かの王の子を身ごもっている可能性もありますぞ。その時はあなたはどうするのか」
「それでも構いません。かの王の子であろうと、アイシャの子です。ならば、わたしの子も同じでしょう」
「……そこまであなたに愛されているアイシャ姫は、さぞ美しい姫なのでしょうな。まるで伝説の美女イルーシャ姫のような」

 ちなみにイルーシャ姫とは、その昔、ハーメイとガルディアで戦となるきっかけとなった古今、大陸随一と言われる美女である。

「いえ、確かに美しいことは美しいですが、そこまでの美貌ではありません。……ですが、わたしはアイシャのすべてが愛しいのです」
「まあ……とても素敵ですわね」

 フィオナが夢見る乙女のように頬に手を当ててほうっと息をつく。
 すっかり彼女はカルラートを応援する気でいるようだ。
 それにユーリウスは苦笑いをした。
 事態は決してそんなに生ぬるいものではない。

「しかし……、その案にかの王は食いついてきますかな。仮にも大国の王だ。その矜持もあるでしょう」
「だからこそ、貴国の協力が是非とも必要なのです。ガルディアの国力を持ってすれば、トゥルティエール城へ師団を送り込むのも可能とわたしは読みましたが」

 実際に昔の戦で、ガルディアはハーメイ城に張り巡らされた強固な結界を破って突入してきたことがある。
 しかも二百年前のことの話である。
 それはその時に稀代の魔術師と言われるキース・ルグランという人物がいたことが大きいが、その結界破りの方法が後世に伝えられていないわけはないだろう。

「……さすがにあなたの国には不可能とは言えませんな。確かにそれは可能です。……あまりこのことは表には出したくはないのですがな」

 それはいつでも、ガルディアがその気になればどの国の城でも攻め落とせることを意味した。

「その点は、貴国の代々の王が温厚で良かったですよ。そうでなければこの大陸は既にガルディアのものだったでしょうから」

 そう考えると、ガルディアが帝国となり、大陸中の国々がその属国になっていたとしても少しも不思議ではない。

「国が大きくなりすぎるというのもいろいろ弊害があるものです。それは、それだけ他に目を光らせる必要があるということですからな。この国はこれ以上領土を大きくするのが面倒なんですよ」
「面倒……」

 ユーリウスの忌憚きたんのない言葉に、カルラートは唖然とする。
 ガルディアの国力で他国に侵攻しないのは常々不思議だったが、代々の王達がそんな考えであったとは。

「それはさておいて、確かにこれ以上混乱が広がるのもまずいし、トゥルティエール城の結界攻めにはこちらから打って出ますか。ガルディアでは魔術師団と白百合騎士団を派遣するということでカルラート殿はよろしいかな?」

 ガルディアのこの破格の待遇に、カルラートは驚いた。

「──よいのですか」

 思わずカルラートの声が掠れる。

「トゥルティエール国内にもルドガー王に対する不満はくすぶっているようですし、城を二つの師団に囲まれれば、彼も決闘に応じざるを得ないでしょう。もちろん、あなたには命を懸けて戦って頂かなければいけませんがな」
「それはもちろんです」

 カルラートとしても、それだけはガルディアに出てきてもらうわけにはいかなかった。
 その点でガルディアにトゥルティエールをうまく丸め込んでもらおうという考えは、元よりない。
 カルラートとルドガー、どちらか一方がいなくならなければ、このアイシャの奪い合いに決着はつかないだろう。

 しかし、その憂いはもうすぐなくなる。
 もし、カルラートがルドガーに勝つことになれば、それは現トゥルティエール国王を亡き者にするということである。
 小国の王が大国の王を殺すことは、おそらく将来に禍根を残すことになると思われた。

 それでもカルラートにはこれしか選択肢がなかった。
 それにルドガーを愛しているアイシャはきっと泣くだろう。もしかしたら彼女に憎まれるかもしれない。

 だがもう、ためらっている場合ではないのだ。
 あの男は自分が生きている限り、ハーメイの地を脅かし続けるのだから。

 カルラートはそれを苦く思いながらも、想像の中のアイシャの泣き顔を振り払う。
 そして昂然と頭をもたげると、ユーリウスと更なる協議を重ねていったのである。
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