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アデライン・アシュトンの矜恃 〈中編〉
22.まさに、地獄絵図
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「ジェニファー、どうする?」
国王陛下が気遣うように王女殿下に声をかける。
その時、それまで泣き叫んでいた王女殿下の嗚咽がピタリと止まった。
未だしゃくり上げているものの、咽び泣くことはやめたようだ。
王女殿下はぺたん、とその場に座り込んだまま、静かに目元を拭った。
そして、静かに言った。
「嫌」
「……嫌?」
国王陛下が尋ね返す。
それに、王女殿下はバッと顔を上げる。
今だ、その紫の瞳は涙に濡れているが、先程のような絶望さは見受けられない。
今は、どちらかと言うと──
「嫌よ!!アンドリューと婚約?冗談じゃないわ!!私は、グレイとの婚約を解消なんてしないもの!!」
そう、必死……のような?
思わぬ反応に面食らっていると、それはグレイも同じだったらしい。
隣にいる彼も、少し驚いたような顔をしていた。
それから、王女殿下は国王の手を借りずにひとりで立ち上がると、そのままこちらに走り寄ってきた。
しかし、彼女の目的は私ではなく、私の隣のグレイだったようだ。
「グレイ……!!」
彼女は、ダイブするようにグレイの胸元に顔を埋めた。
「!?」
驚きに、目を見張る。
グレイは、突然王女殿下に抱きつかれたというのに、いつもの無表情で彼女を見下ろしている。
王女殿下が、叫ぶように言った。
「私、グレイとの婚約は解消しないわ!!ねえ、グレイ。信じてくれるでしょ!?私が好きなのはあなたなの。だから、見捨てないで……!!」
王女殿下は悲痛な声を出した。
哀れさを誘う声に、私はだんだん混乱してきた。
(王女殿下の目的は、アンドリューではなかったの……?)
これでは、まるで──
「王女殿下」
「ジェニファーって呼んでと言ったじゃない!!」
すぐさま、王女殿下が悲鳴のような声を上げた。
それを聞かなかったことにしたのか、グレイは淡々とした声で答えた。
「王女殿下。あなたは以前からアンドリュー・ロッドフォードと懇意だった。私はそれを知っています」
「嘘よ!!」
グレイは、王女殿下の劈くような声を間近で聞いているというのに、うるさそうな顔すらしない。
ただ、貼り付けたような無表情を浮かべている。
「王女殿下、あなたには責任があるはずだ」
「知らない、知らない知らない!!あのひとたちが全部悪いの!私は嵌められたのよ……!?どうしてそんなことを言うの!私が好きなのは、あなたなのに!!」
「──」
(え、ええ!?……えええ!?)
思わず、グレイと王女殿下を交互に見てしまう。
(王女殿下の、好きなひとは……グレイ??)
そんな、だとしたらどうして彼女はアンドリューと不貞行為を??
混乱していると、グレイの静かな声が聞こえてきた。
「王女殿下。私は、自分と血の繋がりがない子を、自分の子として我が家に迎え入れることはできない。この言葉の意味が、お分かりですね」
「──」
グレイは、何を言っても無駄だと判断したのだろう。
だけど、その発言はとんでもない威力をもって、その場に響いた。
もはや、爆弾、爆撃のような衝撃があった。
その瞬間──確かに、その場の空気が凍りついた。
はらはらとこちらを見守っていた国王陛下ですら、あまりのことに言葉を無くしていた。
(わ、わぁ……)
とんでもない空気だわ……。
何せ、先程のグレイの発言は、王女殿下が『誰彼構わず体の関係を持つふしだらな女性』だと暴露したも同然だ。
今この現在、彼女には妊娠の可能性があると、示唆したのである。
ひとによっては、既に王女殿下は子を宿している、と受け取ったかもしれない。
王女という立場で、未婚でありながら、だ。
お母様は、ざまぁないわね、という顔をしているし、伯父様は厳しい顔をしている。
まるで、難問に挑んでいるかのように渋い顔だ。
そしてメアリーは馬鹿にするような顔をしているし、アンドリューに至っては顔が土気色だ。
そして、王女殿下も同様に衝撃を覚えたらしい。
青ざめ、もはや青を通り越して白い顔で、王女殿下はくちびるを震わせた。
ふらり、と彼女の足元が揺れる。
「な……。そ、そんな。そんな言い方……って……」
「父から、婚約解消の許可はもらっております。後は、陛下のご承諾があればこちらで話を進めますが。陛下、ご許可をいただけますか?」
グレイは淡々と国王陛下に言った。
王女殿下と同様に、国王陛下も顔色が悪く、ふたり揃って紙のように白い。
あまりの展開に、先程までざわめいていた回廊は、水を打ったように静まり返っていた。
「私は、私は……被害者、なのに。嫌だって言ったのよ、私……」
王女殿下が震える声で言った、が。
もはや誰もそんな言葉、信じていない。
王女殿下への視線は、当然厳しいものになる。
批判、軽蔑、好奇といった視線が、彼女に突き刺さる。
その光景に、私はある単語が思い浮かんだ。
(まさに、地獄絵図……だわ)
国王陛下は、針のむしろ状態の愛娘を、これ以上ここに置いておきたくなかったのだろう。
彼は、強い口調で言った。
「分かった。アデライン・アシュトン嬢の願いを全面的に聞き届けよう。今この場をもって、アデライン・アシュトンとアンドリュー・ロッドフォード。そして王女ジェニファーとグレイ・グルーバーの婚約は破棄されたとここに宣言しよう!!」
国王陛下は回廊によく響く声でそう断言した。
国王陛下が気遣うように王女殿下に声をかける。
その時、それまで泣き叫んでいた王女殿下の嗚咽がピタリと止まった。
未だしゃくり上げているものの、咽び泣くことはやめたようだ。
王女殿下はぺたん、とその場に座り込んだまま、静かに目元を拭った。
そして、静かに言った。
「嫌」
「……嫌?」
国王陛下が尋ね返す。
それに、王女殿下はバッと顔を上げる。
今だ、その紫の瞳は涙に濡れているが、先程のような絶望さは見受けられない。
今は、どちらかと言うと──
「嫌よ!!アンドリューと婚約?冗談じゃないわ!!私は、グレイとの婚約を解消なんてしないもの!!」
そう、必死……のような?
思わぬ反応に面食らっていると、それはグレイも同じだったらしい。
隣にいる彼も、少し驚いたような顔をしていた。
それから、王女殿下は国王の手を借りずにひとりで立ち上がると、そのままこちらに走り寄ってきた。
しかし、彼女の目的は私ではなく、私の隣のグレイだったようだ。
「グレイ……!!」
彼女は、ダイブするようにグレイの胸元に顔を埋めた。
「!?」
驚きに、目を見張る。
グレイは、突然王女殿下に抱きつかれたというのに、いつもの無表情で彼女を見下ろしている。
王女殿下が、叫ぶように言った。
「私、グレイとの婚約は解消しないわ!!ねえ、グレイ。信じてくれるでしょ!?私が好きなのはあなたなの。だから、見捨てないで……!!」
王女殿下は悲痛な声を出した。
哀れさを誘う声に、私はだんだん混乱してきた。
(王女殿下の目的は、アンドリューではなかったの……?)
これでは、まるで──
「王女殿下」
「ジェニファーって呼んでと言ったじゃない!!」
すぐさま、王女殿下が悲鳴のような声を上げた。
それを聞かなかったことにしたのか、グレイは淡々とした声で答えた。
「王女殿下。あなたは以前からアンドリュー・ロッドフォードと懇意だった。私はそれを知っています」
「嘘よ!!」
グレイは、王女殿下の劈くような声を間近で聞いているというのに、うるさそうな顔すらしない。
ただ、貼り付けたような無表情を浮かべている。
「王女殿下、あなたには責任があるはずだ」
「知らない、知らない知らない!!あのひとたちが全部悪いの!私は嵌められたのよ……!?どうしてそんなことを言うの!私が好きなのは、あなたなのに!!」
「──」
(え、ええ!?……えええ!?)
思わず、グレイと王女殿下を交互に見てしまう。
(王女殿下の、好きなひとは……グレイ??)
そんな、だとしたらどうして彼女はアンドリューと不貞行為を??
混乱していると、グレイの静かな声が聞こえてきた。
「王女殿下。私は、自分と血の繋がりがない子を、自分の子として我が家に迎え入れることはできない。この言葉の意味が、お分かりですね」
「──」
グレイは、何を言っても無駄だと判断したのだろう。
だけど、その発言はとんでもない威力をもって、その場に響いた。
もはや、爆弾、爆撃のような衝撃があった。
その瞬間──確かに、その場の空気が凍りついた。
はらはらとこちらを見守っていた国王陛下ですら、あまりのことに言葉を無くしていた。
(わ、わぁ……)
とんでもない空気だわ……。
何せ、先程のグレイの発言は、王女殿下が『誰彼構わず体の関係を持つふしだらな女性』だと暴露したも同然だ。
今この現在、彼女には妊娠の可能性があると、示唆したのである。
ひとによっては、既に王女殿下は子を宿している、と受け取ったかもしれない。
王女という立場で、未婚でありながら、だ。
お母様は、ざまぁないわね、という顔をしているし、伯父様は厳しい顔をしている。
まるで、難問に挑んでいるかのように渋い顔だ。
そしてメアリーは馬鹿にするような顔をしているし、アンドリューに至っては顔が土気色だ。
そして、王女殿下も同様に衝撃を覚えたらしい。
青ざめ、もはや青を通り越して白い顔で、王女殿下はくちびるを震わせた。
ふらり、と彼女の足元が揺れる。
「な……。そ、そんな。そんな言い方……って……」
「父から、婚約解消の許可はもらっております。後は、陛下のご承諾があればこちらで話を進めますが。陛下、ご許可をいただけますか?」
グレイは淡々と国王陛下に言った。
王女殿下と同様に、国王陛下も顔色が悪く、ふたり揃って紙のように白い。
あまりの展開に、先程までざわめいていた回廊は、水を打ったように静まり返っていた。
「私は、私は……被害者、なのに。嫌だって言ったのよ、私……」
王女殿下が震える声で言った、が。
もはや誰もそんな言葉、信じていない。
王女殿下への視線は、当然厳しいものになる。
批判、軽蔑、好奇といった視線が、彼女に突き刺さる。
その光景に、私はある単語が思い浮かんだ。
(まさに、地獄絵図……だわ)
国王陛下は、針のむしろ状態の愛娘を、これ以上ここに置いておきたくなかったのだろう。
彼は、強い口調で言った。
「分かった。アデライン・アシュトン嬢の願いを全面的に聞き届けよう。今この場をもって、アデライン・アシュトンとアンドリュー・ロッドフォード。そして王女ジェニファーとグレイ・グルーバーの婚約は破棄されたとここに宣言しよう!!」
国王陛下は回廊によく響く声でそう断言した。
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