21 / 46
アデライン・アシュトンの矜恃 〈中編〉
21.まるで悪魔でも目の当たりにしたかのよう
しおりを挟む「お願い、だと?」
国王陛下が眉を寄せる。
王とこんなに近くで話したことはない。
社交界デビューでも、挨拶程度だった。
多少緊張したが、それよりも、このプランを必ず成功させてみせる、という気持ちが勝った。
何より、私はこの【お願い】を必ず叶えたい。
私は頷くと、国王陛下に言った。
「まずひとつめ。私と、アンドリュー・ロッドフォードの婚約は相手の有責にて破棄とさせてください」
「なっ……」
アンドリューが何か口を開きかけたが、私はそれを黙殺して、続きを口にした。
「ただし。今回、私とアンドリュー・ロッドフォードの婚約は、相手の有責によって破棄されたとしても、私はロッドフォード家から賠償金は求めません。ただ、代わりと言ってはなんですが──」
私は、そこで言葉を区切った。
伯父様とお母様はうんうん、と私の話を聞いている。
その仕草はよく似ている。
流石兄妹、ということなのかしら……。
私は、続けてふたつめのお願いを口にした。
「アンドリュー・ロッドフォードの婚約相手は、王女殿下、そしてメアリー・エムルズの両名としていただきたいのです。これが、ふたつめのお願いです」
「……は!?」
アンドリューは目を見開き、王女殿下も唖然としている。
メアリーに至っては、苛立たしげに私を見ていた。
突拍子もない【お願い】だが、国王陛下は伯父様の手前か、ひとまず私の話を聞くことにしたらしい。
彼は顎髭に触れながら眉を寄せ、私に尋ねた。
「ふたりとの婚約」
「はい」
「アデライン嬢。貴女も知っていると思うが、我が国で重婚は禁じられている」
「存じております。ですから、アンドリュー・ロッドフォードにはどちらかと結婚していただきたいのです。それであれば、問題ありませんでしょう?選ぶのは、アンドリュー・ロッドフォードです。私は、彼の結婚に関与いたしません」
「選ばれなかった方は?」
低い声で、国王陛下が尋ねる。
恐らく、私の返答を予想した上で。
だから、私はとびきり綺麗──と思われる角度に首を傾げ、満面の笑みを浮かべて見せた。
「今と変わりませんわ!残念ですけれど、選ばれなかった方には、今と同じ関係を保っていただくことになります。端的に言うなら【愛人】という関係ですわね?」
私のハッキリとした言葉に、周囲の、主にご婦人がたから短い悲鳴が上がった。
本来、愛人、という強烈な言葉は表に出てこない存在だ。
それが、こんなに堂々と、しかも王家主催の夜会で取り沙汰されている。
(これは、ここ数年、いやもしかしたら数十年にわたって語り継がれるかもしれないわね……)
もはや伝説になりかねないほどの騒動だが、ここまできて引くわけにも行かない。
何より、私の一番の願いは、最後、三つ目のお願いにあるのだから。
「そして、最後に」
「まだ、あるのか……」
疲れたように、国王陛下が言う。
だけど、勘違いされたら困るわ。
何せ、本題はこの三つ目のお願いごとにこそあるのだから。
私は一歩、また一歩、と足を進めた。
そして、国王陛下の影に隠れるようにして佇む王女殿下に声をかけた。
「王女殿下」
「ひっ……」
失礼な。
王女殿下は、まるで悪魔でも目の当たりにしたかのような細い悲鳴をあげた。
いつもキラキラと煌めいているアメジストの瞳は今は絶望に見開かれている。
動揺、混乱、衝撃、悲哀……そんな感情が綯い交ぜになった表情で、彼女は私を見た。
だけど、それこそ誤解しないで欲しいの。
(確かに私は王女殿下が嫌いだけれど)
憎い、とは思っていないのよ。
ただ、私は清算してほしいだけ。
あなたがした、過去の行いに。
「三つ目。最後のお願いです。王女殿下、以前、あなたは私の許可無く、そしてわたしの妹──エンジェルの許可もないのに、妹をアンジー、と呼びましたわね?」
「!?」
私の言葉は、周囲のひとたちも、そして王女殿下すら予想していないものだったらしい。
みな驚いたのが伝播して伝わってきた。
それくらいで、と思うひともいるでしょう。
でもね、私にはそれくらいのことがとっても、とっても──
「不愉快でした」
「なっ……。あっあっ……」
王女殿下は何を言われると思ったのか、口をパクパクと開閉させて、萎縮していた。
ぽろぽろと、次から次に涙がこぼれる。
こんなにも泣いて、よく枯れないものだわ、と思うと同時に。
前回と同じような構図に、内心苦笑してしまった。
そんな顔で見られたら。
そんなふうに泣かれたら、まるで私が悪いみたいだわ。
一方的に相手を糾弾することが悪だ、と言うのなら。
結構だわ。私は、悪になりきってみせましょう。
最後まで、手心なんて一切見せずにね。
「妹をアンジーと呼ぶのは、もうおやめください。妹からそう呼ぶよう乞われたのでしたら、話は別ですが──殿下の場合、そうではありませんでしょう?」
「──っ……」
私が言い終えた瞬間。
ぼろっと、大粒の何だが、王女殿下の瞳から零れ落ちた。
「ひっ、う、うう、うあああああーーーー!!」
そして、辺りによく響き渡る大きな声で、彼女はまた号泣し始めた。
泣き出した王女殿下に慌てた様子で国王陛下がその傍に寄る。
国王陛下は王女殿下を心配そうに見て、背中をさすり、あやしているようだ。
まるで、泣かした私にこそ責がある、とでも言うような構図だけれど──。
「失礼、セイクレッド王。そちらの王女は、まともに話し合いができない様子だ。下がっていただいても?」
コツ、コツ、と私の隣に来た伯父様が、そう言った。
4,104
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
このわたくしが、婚約者になるはずでしょう!?
碧井 汐桜香
恋愛
先々代の王女が降嫁したほどの筆頭公爵家に産まれた、ルティアヌール公爵家の唯一の姫、メリアッセンヌ。
産まれた時から当然に王子と結婚すると本人も思っていたし、周囲も期待していた。
それは、身内のみと言っても、王宮で行われる王妃主催のお茶会で、本人が公言しても不敬とされないほどの。
そのためにメリアッセンヌ自身も大変努力し、勉学に励み、健康と美容のために毎日屋敷の敷地内をランニングし、外国語も複数扱えるようになった。
ただし、実際の内定発表は王子が成年を迎えた時に行うのが慣習だった。
第一王子を“ルーおにいさま”と慕う彼女に、第一王子は婚約内定発表の数日前、呼び出しをかける。
別の女性を隣に立たせ、「君とは結婚できない」と告げる王子の真意とは?
7話完結です
邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです
ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
婚約破棄される前に、帰らせていただきます!
パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。
普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる