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(いや、もしかしたらその想い人が閨に招かれるのかも。彼らの交合を私は大人しく見てて……それで、彼らが盛りあがったタイミングで呼ばれて、抱かれるのかも。ただ、子を作るためだけに)
きっと彼は、好きでもない女に前戯など施さないだろう。破瓜はどれほど痛いのだろうか。
乱暴にされたら裂けたりするのだろうか?
もし怪我でもしたら、きっと痛む度に私は思い出すのだろう。変態すぎる考えだと理解しているが、彼にいいように嬲られることを夢想すると、かんたんに体に火がついた。
(欲を言うなら殴られてみたいな……)
あの綺麗な指先で──細長くすらりとした、だけど男性らしく骨ばっている指先で叩かれたら。殴られたら。痛いのだろうか?鼻血は出る?
首を絞められたらどうだろう。冷えた眼差しを向けられながらも首を絞められたらきっと………
「はぁ………」
真昼間の庭園には相応しくないみだらな息を吐いた。
部屋に戻ると、メイドが私に言った。
なんでもお嬢様がいらしているらしい。
私は目を輝かせた。
きっとストレス解消に訪れたのだ。サンドバッグを求めているのかもしれない。
怪我をするとお医者様が困るので、言葉の暴力だけだといいのだが……そんなことを考えて応接室に行くと、以前会った時よりも髪にツヤのない、やつれた様子のお嬢様がいた。
びっくりして声をかけた。
「お嬢様!そのお姿は……」
お嬢様は私を見ると目をつりあげた。
あ、良かった。姿は変わられているけど性格は変わられていない。
「チェリーディア、やっときたわね!遅いのよ。お前ごときが私をまたせるなんて……!」
つかつかとやってきたお嬢様が私の髪を掴んで引き寄せる。ぶちぶち、と音が鳴り、何本か抜けたようだった。
「きゃ……」
「随分いい暮らしをさせてもらってるみたいね?チェリーディアのくせに!生意気だわ。お前のその贅沢な幸福は、私たちの犠牲の上にあるというのに!」
「え……?」
髪を掴まれて、そのまま投げ飛ばされる。
よろけた拍子に足に嫌な痛みが走った。
そのまま飾り棚にぶつかるようにして倒れ込むと、私の背に足をかけてお嬢様が言った。
「あれからチェルチュア伯爵家は酷いことになったのよ!どこからかお父様の不正が暴かれて……お前が余計なことを言ったんでしょう!?卑しい悪魔!お前を育ててやった恩を忘れたと言うの!?下賎な妾の腹から生まれた汚い血のお前が!」
頬を打たれた。
やはりお嬢様はストレス発散のためにいらしたのだ。久しぶりな感覚に、じんじんと頬が熱を持つ。ああ、これだ。この感覚だ、と思った。
「何とか言いなさいよ!ええ!?」
お嬢様は何度も平手打ちを繰り返したが、すぐに室内にメイドと騎士が踏み込んで、お嬢様を拘束する。後ろから羽交い締めにされたお嬢様は金切り声で叫んでいる。
ああ、お嬢様……美しい銀髪が乱れている。だけどその顔はあまりにも美しくない。
悪鬼のようだ。いつもの傲慢な笑みはなく、ただ怒り狂った、歪んだ顔をしている。
美しくない。
そう思うと、とたん、燻っていた熱が霧散した。
頬の痛みもひりひりとしているだけ。
……美しくない人に叩かれても、ただ痛いだけ。気持ちよさはない。
私が立ち上がると、お嬢様が叫ぶ。
「お前など!お前など生まれて来なければよかったのに!悪魔の子!誰からも愛されない、不細工でみすぼらしく、醜いお前が──」
「そこまでにしてもらおうか、マリアンヌ・チェルチュア」
「………!!ひっ」
お嬢様は私の背後を見て悲鳴をあげた。
その声に私もハッとして振り返る。
ミュリディアス殿下だ。
急いで来たのか、いつも整えられた長めの前髪は乱れていた。
「忠告したはずだ。マリアンヌ・チェルチュア。身の振り方を考えろ、と」
「い、いやよ……嫌……私が娼婦なんて冗談でしょ?」
「娼婦?は……私は、あなたに結婚先を紹介しただけだが。それが嫌なら断ればいい。それだけの話だ」
「ゴッドン子爵家の妻になんて嫌に決まってるでしょう!!知ってるのよ!?あの男は、今まで何人も若い女を妻にしては娼婦のように扱って、高い金を払わせて他の男にも抱かせる!商売道具として扱われるのは目に見えているわ!この高貴な私が!!伯爵家の正当な血筋を持つ私が!!娼婦のまねごとなんて!!」
「では、どうする?伯爵が抱えた多額の負債を、ほかの手段で返すと言うならそれでもいいが。どちらにせよ伯爵家は取り潰し、お前が誇りにしている伯爵令嬢という肩書きもじきに無くなる」
「──!」
お嬢様は歯ぎしりしたようだった。
随分追い詰められた様子だと思ったが、本当にそうだったらしい。旦那様の不正、というのに心当たりはないが、チェルチュア伯爵家は今かなり追い込まれた状態なのだ。
ふと、気がつく。戸籍上私はチェルチュア伯爵家の娘だが、それはどうなるのだろう。
この婚約は破談?そんなことを考えていると、お嬢様の視線がこちらに向いた。ぎっ、と目から光線を出しそうな勢いだ。
「チェリーディアがいるじゃないの!この女をゴッドン子爵家に寄越せばいいわ!見栄えは劣るかもしれないけど、同じ伯爵家の娘よ!納得するでしょう!」
「……お前の頭は飾りか?チェリーディアは既に私が貰い受けている──と、お前も知っているはずだが」
「……………えっ?」
ぽつりとこぼれた私の声は、興奮しているお嬢様には聞こえなかったらしい。ミュリディアス殿下はちらりとこちらを見たが、説明する気はないようでお嬢様に向き合った。
「次期にその名を失う、凋落した伯爵家の娘と、現王子妃のチェリーディアでは扱いに差が出るのは当然だ。そのチェリーディア、 にお前は何をした?」
きっと彼は、好きでもない女に前戯など施さないだろう。破瓜はどれほど痛いのだろうか。
乱暴にされたら裂けたりするのだろうか?
もし怪我でもしたら、きっと痛む度に私は思い出すのだろう。変態すぎる考えだと理解しているが、彼にいいように嬲られることを夢想すると、かんたんに体に火がついた。
(欲を言うなら殴られてみたいな……)
あの綺麗な指先で──細長くすらりとした、だけど男性らしく骨ばっている指先で叩かれたら。殴られたら。痛いのだろうか?鼻血は出る?
首を絞められたらどうだろう。冷えた眼差しを向けられながらも首を絞められたらきっと………
「はぁ………」
真昼間の庭園には相応しくないみだらな息を吐いた。
部屋に戻ると、メイドが私に言った。
なんでもお嬢様がいらしているらしい。
私は目を輝かせた。
きっとストレス解消に訪れたのだ。サンドバッグを求めているのかもしれない。
怪我をするとお医者様が困るので、言葉の暴力だけだといいのだが……そんなことを考えて応接室に行くと、以前会った時よりも髪にツヤのない、やつれた様子のお嬢様がいた。
びっくりして声をかけた。
「お嬢様!そのお姿は……」
お嬢様は私を見ると目をつりあげた。
あ、良かった。姿は変わられているけど性格は変わられていない。
「チェリーディア、やっときたわね!遅いのよ。お前ごときが私をまたせるなんて……!」
つかつかとやってきたお嬢様が私の髪を掴んで引き寄せる。ぶちぶち、と音が鳴り、何本か抜けたようだった。
「きゃ……」
「随分いい暮らしをさせてもらってるみたいね?チェリーディアのくせに!生意気だわ。お前のその贅沢な幸福は、私たちの犠牲の上にあるというのに!」
「え……?」
髪を掴まれて、そのまま投げ飛ばされる。
よろけた拍子に足に嫌な痛みが走った。
そのまま飾り棚にぶつかるようにして倒れ込むと、私の背に足をかけてお嬢様が言った。
「あれからチェルチュア伯爵家は酷いことになったのよ!どこからかお父様の不正が暴かれて……お前が余計なことを言ったんでしょう!?卑しい悪魔!お前を育ててやった恩を忘れたと言うの!?下賎な妾の腹から生まれた汚い血のお前が!」
頬を打たれた。
やはりお嬢様はストレス発散のためにいらしたのだ。久しぶりな感覚に、じんじんと頬が熱を持つ。ああ、これだ。この感覚だ、と思った。
「何とか言いなさいよ!ええ!?」
お嬢様は何度も平手打ちを繰り返したが、すぐに室内にメイドと騎士が踏み込んで、お嬢様を拘束する。後ろから羽交い締めにされたお嬢様は金切り声で叫んでいる。
ああ、お嬢様……美しい銀髪が乱れている。だけどその顔はあまりにも美しくない。
悪鬼のようだ。いつもの傲慢な笑みはなく、ただ怒り狂った、歪んだ顔をしている。
美しくない。
そう思うと、とたん、燻っていた熱が霧散した。
頬の痛みもひりひりとしているだけ。
……美しくない人に叩かれても、ただ痛いだけ。気持ちよさはない。
私が立ち上がると、お嬢様が叫ぶ。
「お前など!お前など生まれて来なければよかったのに!悪魔の子!誰からも愛されない、不細工でみすぼらしく、醜いお前が──」
「そこまでにしてもらおうか、マリアンヌ・チェルチュア」
「………!!ひっ」
お嬢様は私の背後を見て悲鳴をあげた。
その声に私もハッとして振り返る。
ミュリディアス殿下だ。
急いで来たのか、いつも整えられた長めの前髪は乱れていた。
「忠告したはずだ。マリアンヌ・チェルチュア。身の振り方を考えろ、と」
「い、いやよ……嫌……私が娼婦なんて冗談でしょ?」
「娼婦?は……私は、あなたに結婚先を紹介しただけだが。それが嫌なら断ればいい。それだけの話だ」
「ゴッドン子爵家の妻になんて嫌に決まってるでしょう!!知ってるのよ!?あの男は、今まで何人も若い女を妻にしては娼婦のように扱って、高い金を払わせて他の男にも抱かせる!商売道具として扱われるのは目に見えているわ!この高貴な私が!!伯爵家の正当な血筋を持つ私が!!娼婦のまねごとなんて!!」
「では、どうする?伯爵が抱えた多額の負債を、ほかの手段で返すと言うならそれでもいいが。どちらにせよ伯爵家は取り潰し、お前が誇りにしている伯爵令嬢という肩書きもじきに無くなる」
「──!」
お嬢様は歯ぎしりしたようだった。
随分追い詰められた様子だと思ったが、本当にそうだったらしい。旦那様の不正、というのに心当たりはないが、チェルチュア伯爵家は今かなり追い込まれた状態なのだ。
ふと、気がつく。戸籍上私はチェルチュア伯爵家の娘だが、それはどうなるのだろう。
この婚約は破談?そんなことを考えていると、お嬢様の視線がこちらに向いた。ぎっ、と目から光線を出しそうな勢いだ。
「チェリーディアがいるじゃないの!この女をゴッドン子爵家に寄越せばいいわ!見栄えは劣るかもしれないけど、同じ伯爵家の娘よ!納得するでしょう!」
「……お前の頭は飾りか?チェリーディアは既に私が貰い受けている──と、お前も知っているはずだが」
「……………えっ?」
ぽつりとこぼれた私の声は、興奮しているお嬢様には聞こえなかったらしい。ミュリディアス殿下はちらりとこちらを見たが、説明する気はないようでお嬢様に向き合った。
「次期にその名を失う、凋落した伯爵家の娘と、現王子妃のチェリーディアでは扱いに差が出るのは当然だ。そのチェリーディア、 にお前は何をした?」
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