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びっくりしてそちらを見ると、ミュリディアス殿下だった。
先日と言い今と言い、丁寧そうに見える彼は意外と乱暴者なのだろうか。であれば、彼の言いつけに従わなければ暴力を振るわれる可能性もある……と。
美しい彼に傷をつけられることを思えば、肌がゾワゾワした。
(ミュリディアス殿下の手によって痛みを与えられるなんて………)
贅沢すぎる。あまりに私がにやけた顔をしていたからか、彼は足早に私の元にやってきては、チェリーディア!と私の名を呼んだ。
「は、はい」
「顔をよく見せてくれ。……顔色は……あまり…………よく、ないな」
ぽつり。つぶやくように彼が言う。
そんなに悪いだろうか?
鏡がないので自分ではわからない。
私が首を傾げていると、お医者様が言った。
「目覚めたばかりでございます。これから三食しっかりお食事をとり、健やかに生活されれば改善するでしょう。……しかし、本当にお顔色が悪い。貧血を起こしているのやもしれません」
「……チェリーディア、ここに来たからにはもう大丈夫だ。必ず私が……あなたを守る」
ミュリディアス殿下は私の手を取った。
私の手はやせ細ったせいで骨がらみたいだ。恥ずかしい。骸骨みたいな手に触れるミュリディアス殿下が可哀想だと思っていると、彼が言った。
「だから……そんな顔で、笑わないでくれ」
彼の声は苦しげだった。
そんな顔?どんな顔だろう。
あまりに醜いので、嫌がられたのかもしれない。
ミュリディアス殿下はお嬢様に、美しくないものを長時間見続けることは苦痛だと言っていた。それに思い当たり、早速暴言を向けられたことに悦びを覚えた。
そのため、少し勢いよく言ってしまう。
「はい!気をつけますね、申し訳ございません……!」
満面の笑顔だったからだろうか。
ミュリディアス殿下が戸惑っているのがわかる。
☆
あれからミュリディアス殿下は毎日私に逢いに来た。その度にいつも手に贈り物があり、恐縮するばかりだ。
花、ネックレス、ブレスレット、髪飾り、チョコレートや王都流行りのクッキー、珍しいお菓子や果物から始まり、洒落たオブジェや少女趣味のクッション、可愛らしい置物といったものまで彼は持ってくるようになった。
スタイリッシュな黒猫の置物をサイドチェストに起きながら、彼は少し恥ずかしそうに「きみの好みが分からなかったから、きみに似合いそうなものを選んだ」と話した。
黒の猫の置物は片手を上げ、毛繕いするポーズをしていてとても可愛らしい。私にこんな可愛いものが似合うだろうか?
受け取ったら「思い上がるな、不細工が」と言われるのではないかと思ったが、彼は嬉しそうに微笑むだけだった。
ミュリディアス殿下が何を考えているのか分からない。
彼は部屋に来る度に私の体調を尋ねた。あまり自覚はなかったが、私の体はとても弱っているようで、お医者様から部屋を出てはいけないと言付けられていた。
出るとしても、庭まで。それも付き添いのメイドが不在の時は禁止されている。
私がチェルチュア伯爵家を出てからもう三ヶ月が経過するが、お嬢様は健やかにされているだろうか。彼女の甲高い暴言を聞かなくなった今、私は不満を覚えていた。
誰でもいい。
美しい人、など注文はつけないので私を罵ってくれないだろうか。ついでに殴ったりしてくれたら嬉しい。
しかし、いくらド変態の私とはいえ初対面の優しげなメイドに「平手打ちしてください」なんて言えない。気味悪がられるのは良いが、ミュリディアス殿下の評判に関わってきてしまう。
ミュリディアス殿下の婚約者が救いようのない変態だと知られたら、彼の顔に泥を塗ってしまう。
ミュリディアス殿下は優しい。本当に優しい。
もしかしたら心の中では「悲劇のヒロインぶるな、不細工が」と思っているのかもしれないが少なくとも表面上は優しく接してくれていた。
なにか理由があって私を妻に娶るのだろうが、彼は名ばかりの婚約者にも優しかった。
そんな彼にお似合いの美女は誰だろう、と勝手に頭に思い描く。
社交界の華と名高い彼女だろうか、それとも魔性の女と呼ばれる彼女だろうか……。
寄り添うふたりを思い浮かべる。
うん、お似合いだ。
それからまた数ヶ月が経過した。
変わらずミュリディアス殿下はこの部屋に度々訪れる。婚約破棄を叩きつけられて以降、私は夜会に出ていない。良いのだろうか?そう思って彼に尋ねてみたものの、優しく「構わない」と言われてしまえばそれ以上は尋ねられなかった。
あまりしつこく尋ねて気を悪くさせたら申し訳ない。私は罵られるのは好きだが、相手に悪感情を抱かせることにはふつうに罪悪感を抱く人間だ。
お嬢様の子は生まれただろうか。
未だに離宮を出る許可を貰っていない私は庭を歩いていた。とにかく私は体力が落ちているとのことで、日中は散歩して体力作りに励むようお医者様に言われたのだ。
鶏ガラのような体も、多少はマシになった。それでもあまり食べられないせいか、抱き心地は変わらず悪そうな体だ。
こんな体に、ミュリディアス殿下は義務と言えど欲情を覚えるだろうか。もしかしたら、閨では、彼は私の知らない女の名をつぶやくかもしれない。そう思うと、異様に興奮した。
身代わりの妻。
(うんうん、そういうのって背中から、っていうのが鉄則よね。顔を見せるな、声もあげるな、とか)
もしそう言われてねじ込まれるように乾いたそこにつきこまれたら……
まだ昼間だというのに、みだらな夢想に耽ってしまった。それでも妄想は止まらない。
先日と言い今と言い、丁寧そうに見える彼は意外と乱暴者なのだろうか。であれば、彼の言いつけに従わなければ暴力を振るわれる可能性もある……と。
美しい彼に傷をつけられることを思えば、肌がゾワゾワした。
(ミュリディアス殿下の手によって痛みを与えられるなんて………)
贅沢すぎる。あまりに私がにやけた顔をしていたからか、彼は足早に私の元にやってきては、チェリーディア!と私の名を呼んだ。
「は、はい」
「顔をよく見せてくれ。……顔色は……あまり…………よく、ないな」
ぽつり。つぶやくように彼が言う。
そんなに悪いだろうか?
鏡がないので自分ではわからない。
私が首を傾げていると、お医者様が言った。
「目覚めたばかりでございます。これから三食しっかりお食事をとり、健やかに生活されれば改善するでしょう。……しかし、本当にお顔色が悪い。貧血を起こしているのやもしれません」
「……チェリーディア、ここに来たからにはもう大丈夫だ。必ず私が……あなたを守る」
ミュリディアス殿下は私の手を取った。
私の手はやせ細ったせいで骨がらみたいだ。恥ずかしい。骸骨みたいな手に触れるミュリディアス殿下が可哀想だと思っていると、彼が言った。
「だから……そんな顔で、笑わないでくれ」
彼の声は苦しげだった。
そんな顔?どんな顔だろう。
あまりに醜いので、嫌がられたのかもしれない。
ミュリディアス殿下はお嬢様に、美しくないものを長時間見続けることは苦痛だと言っていた。それに思い当たり、早速暴言を向けられたことに悦びを覚えた。
そのため、少し勢いよく言ってしまう。
「はい!気をつけますね、申し訳ございません……!」
満面の笑顔だったからだろうか。
ミュリディアス殿下が戸惑っているのがわかる。
☆
あれからミュリディアス殿下は毎日私に逢いに来た。その度にいつも手に贈り物があり、恐縮するばかりだ。
花、ネックレス、ブレスレット、髪飾り、チョコレートや王都流行りのクッキー、珍しいお菓子や果物から始まり、洒落たオブジェや少女趣味のクッション、可愛らしい置物といったものまで彼は持ってくるようになった。
スタイリッシュな黒猫の置物をサイドチェストに起きながら、彼は少し恥ずかしそうに「きみの好みが分からなかったから、きみに似合いそうなものを選んだ」と話した。
黒の猫の置物は片手を上げ、毛繕いするポーズをしていてとても可愛らしい。私にこんな可愛いものが似合うだろうか?
受け取ったら「思い上がるな、不細工が」と言われるのではないかと思ったが、彼は嬉しそうに微笑むだけだった。
ミュリディアス殿下が何を考えているのか分からない。
彼は部屋に来る度に私の体調を尋ねた。あまり自覚はなかったが、私の体はとても弱っているようで、お医者様から部屋を出てはいけないと言付けられていた。
出るとしても、庭まで。それも付き添いのメイドが不在の時は禁止されている。
私がチェルチュア伯爵家を出てからもう三ヶ月が経過するが、お嬢様は健やかにされているだろうか。彼女の甲高い暴言を聞かなくなった今、私は不満を覚えていた。
誰でもいい。
美しい人、など注文はつけないので私を罵ってくれないだろうか。ついでに殴ったりしてくれたら嬉しい。
しかし、いくらド変態の私とはいえ初対面の優しげなメイドに「平手打ちしてください」なんて言えない。気味悪がられるのは良いが、ミュリディアス殿下の評判に関わってきてしまう。
ミュリディアス殿下の婚約者が救いようのない変態だと知られたら、彼の顔に泥を塗ってしまう。
ミュリディアス殿下は優しい。本当に優しい。
もしかしたら心の中では「悲劇のヒロインぶるな、不細工が」と思っているのかもしれないが少なくとも表面上は優しく接してくれていた。
なにか理由があって私を妻に娶るのだろうが、彼は名ばかりの婚約者にも優しかった。
そんな彼にお似合いの美女は誰だろう、と勝手に頭に思い描く。
社交界の華と名高い彼女だろうか、それとも魔性の女と呼ばれる彼女だろうか……。
寄り添うふたりを思い浮かべる。
うん、お似合いだ。
それからまた数ヶ月が経過した。
変わらずミュリディアス殿下はこの部屋に度々訪れる。婚約破棄を叩きつけられて以降、私は夜会に出ていない。良いのだろうか?そう思って彼に尋ねてみたものの、優しく「構わない」と言われてしまえばそれ以上は尋ねられなかった。
あまりしつこく尋ねて気を悪くさせたら申し訳ない。私は罵られるのは好きだが、相手に悪感情を抱かせることにはふつうに罪悪感を抱く人間だ。
お嬢様の子は生まれただろうか。
未だに離宮を出る許可を貰っていない私は庭を歩いていた。とにかく私は体力が落ちているとのことで、日中は散歩して体力作りに励むようお医者様に言われたのだ。
鶏ガラのような体も、多少はマシになった。それでもあまり食べられないせいか、抱き心地は変わらず悪そうな体だ。
こんな体に、ミュリディアス殿下は義務と言えど欲情を覚えるだろうか。もしかしたら、閨では、彼は私の知らない女の名をつぶやくかもしれない。そう思うと、異様に興奮した。
身代わりの妻。
(うんうん、そういうのって背中から、っていうのが鉄則よね。顔を見せるな、声もあげるな、とか)
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