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しおりを挟む一般的にアルファはベータやオメガより身体能力が勝っていると言われているが、睡眠不足は誰であっても辛いものだ。
真柴からメールがあったあと、一睡も出来なかった。
酒でも飲もうとワインセラーから無造作に抜き取ってラッパ飲みしてしまったのは一本数十万もする秘蔵のワインで、うっかり手を滑らせて床にほとんどを零してしまってから気付いた。キッチンの床は大理石で、果汁などを零したまま放置すると変質してシミになる。手近にあった布を掴んで慌てて拭いてみると、その布はオーダーメイドで作った愛用のワイシャツだった。
イライラしながらワイシャツをダストボックスに投げ込んだところで、そういえば会食で少し食べてから時間が経っている。腹が減っているからこんなにも苛立ち、行動にも支障が出ているのだと冷蔵庫を開いたが、いつもならなにかしらつまみが入っているそこにはチーズも生ハムもなかった。あったのは少しの調味料と、味付けのされたササミのパックだけで、それも賞味期限が一昨日までだったので、ワイシャツと同じ末路を辿った。
野菜嫌いであること以外は何一つ不自由なく生活してきたはずなのに、たった一晩のうちに高級ワインは無駄にし、気に入っていたワイシャツも駄目にした。腹が減っているのに冷蔵庫には何もなく、近隣にコンビニはない。
苛立ちと空腹を抱えたまままんじりともせず一晩を過ごし、結局そのまま出勤の時間になった。
晴れてはいるものの、風が強いのは台風の影響なのだろう。朝のニュースを見てこなかったので、台風の進路や速度がどうなったかはわからないが、近付いてきているのは明白だった。
「おはようございますあの、顔色が……大丈夫ですか?」
出勤して社長室に入るなり、眉をひそめて心配げに声を掛けてきてくれたのは副島だった。見ると、すでにデスクについている須藤も苦々しい顔をしている。
出がけに鏡を見て、ちゃんと身だしなみを整えてきたつもりではあったが、精彩の欠けはどうしようもなかったらしい。
「少し寝不足なだけだ。それより、eclatの各店長に連絡を。午後二時からネット会議だ」
「はい。eclat全店会議ですね。徳鳥グループはどうしますか」
「徳鳥は昨日、総店長に連絡してある。それと……台風の進路はどうなってる?」
高層ビルにいるものの、窓のほとんどが嵌め殺しで、常に空調で換気をしているため、外の天候の機微がわからない。問いかけると、須藤が開いていたパソコンを操作した。
「昨日からの予報通り、今夜遅くか明日の未明くらいには当たりそう。進路もだいぶ内陸寄りになってるけど、昨日のうちで農家さんには声掛けしてるし、手伝いの手配も済んでるから大丈夫」
「わかった」
その後はいつも通りだ。秘書室から書類が運び込まれ、会食の連絡が舞い込み、それぞれの業務が始まる。ただし、今日はどの課も夜の7時には全員退社を言い渡した。社長である阿賀野も社内をぐるりと回って全員を帰し、最後に宿直をする警備員に挨拶をして退社した。
地下駐車場に止めた愛車に乗って外に出てると、朝とは天気が一変していた。パワーウィンドウを下げると強風が車内に舞い込む。雨こそ降っていないものの、高層ビルの合間から見える遠くの空は暗く濁っていた。
自社ビルから自宅マンションまでは、車で二十分程度だ。
帰ってすぐに眠りたい気もしたが、冷蔵庫には何もないし、外食をする気にもなれない。面倒ではあったが、帰り道にある百貨店に寄ろうと車を走らせていた阿賀野は、ふと自分のスマートフォンが通知ランプを光らせていることに気付いた。
会社関係の誰かだろうかと、車を路肩に停めて確認する。メールが何件かと、アプリの更新通知の中に着信が一件ある。通知を開くと、つい数分前に真柴からの着信があった。
阿賀野から電話を掛けたり、メールを送ったことは何度でもあるが、真柴からというのは今までにないことだ。
(なにかあったのか?)
昨夜届いたメールは、何度も見つめ直して目に焼き付いている。夢であればいいと思ったが、何度見ても受信箱の中に納まっていて、消せないままだった。
操作上の間違い電話かもしれない。けれど同じくらいの確率で、真柴からの意味のある電話かもしれない。少なくとも、そちらの方に希望を持ってしまう程度には阿賀野の胸中は乱された。
折り返しの電話をすべきか迷う阿賀野の隣を、帰宅を急ぐ車が通っていく。ヘッドライトに照らされては夜陰の中で光るディスプレイには、真柴の電話番号が映ったままだった。
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