真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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 しっかり肩まで湯に浸かって疲労を癒した阿賀野は、サイズがぴったりだった服を借りて、真柴家の台所に佇んでいた。
 ダイニングテーブルの上に載せられていたのは、いわゆる食卓カバーというものだった。初めてそれを目にした阿賀野は、網戸のように向こうが白んで見えるカバーの向こうに緑を見つけて、小さいながらも嘆息を隠し得なかった。
 見なくてもわかる。あれはサラダだ。緑と小さな赤が見えるので、おそらくはレタスとミニトマトだ。
 野菜を避けて生きている阿賀野だが、トマトはどうにか食べられる。けれど、それも冷えていて熟していないもの限定だ。レタスはもちろん食べられない。
 急激に渇いたのどを無理やり唾液で潤して、阿賀野はとりあえず食卓についた。
 湯気は出ていないものの、つやつやとした白米がよそわれたご飯茶碗。豆腐とジャガイモとわかめが浮いたみそ汁。長方形の平皿にはふんわりとした卵焼きがきれいに巻かれて盛りつけられている。僅かな焦げが浮く程度に焼かれた塩鮭も添えられている。その横には、件のサラダの小鉢があった。その他に、ドレッシングやら醤油やらマヨネーズやら、おそらく好みに合うものを選べという事なのだろうが、複数の調味料とふりかけ、納豆のパックなどがごちゃっと置かれていた。
 朝はもともと多く食べるほうではない。普段はトーストとカフェオレとサプリメントで済ませている。
 サラダの事もあるのだし、全部は食べきれないだろうと思いながら、物珍しさで取ったふりかけを掛けたご飯の御茶碗を片手に、ゆっくりと朝食を始めた阿賀野は、気付けば卵焼きを次々と口に放り込み、みそ汁も汁を少し残す程度まで食べきっていた。
 特別美味しいかというとそういうわけでもない。けれども卵焼きの最後のひと切れを咀嚼し終わった箸が止まらず、すいと伸ばした先にサラダが触れた。
 煮焼きしていない、ドレッシングもなにもかかっていない、素のままの生の野菜だ。
 物心ついた頃から避けていたので、今となっては食べ残しても罪悪感すら浮かばないようなものだ。
(サプリメントで事足りる。無理をして食べるメリットがあるか?)
 食物繊維、マルチビタミン、ミネラル、その他もろもろの栄養素。一昔前なら栄養が偏って仕方なかったかもしれないが、今はせいぜい一日数錠の錠剤や栄養ドリンクを飲めば事足りてしまう。わざわざ嫌いなものを食べても、万全の栄養は摂れないし、同じ結果が得られるとも限らない。考えれば考えるほど、メリットなどどこにもないうえ、合理性を感じられない。
 けれど、つんと箸先に触れたレタスを残すことがなぜだかとんでもないことのように思えて仕方ない。
 これを残したら、おそらくは破棄される。その時、真柴はどんな心境になるのだろう。
 そう考えた途端、胸がどきりと不穏に鼓動した。
 嫌われるのではという下心に近い考えが脳裏を過ぎり、それから、彼自身が育てたものを彼自身に破棄させることになるのではという結論に至る。
(それは、デメリットにならないか?)
 動き通しであまり寝ていないからかもしれない。
 思考回路が難しい思惑の分岐や感情の仕分けをゆるやかに拒否して、損得勘定ありきに傾きつつある。
 箸先でつついたレタスをついと持ち上げた。たかだか葉野菜数枚だ。適当にティッシュにでも包んで捨ててしまえばいい。そうすれば自分は苦手なものを食べなくて済むし、真柴は自分で育てたものを処分せずに済む。名案だ。
(でも、それでもこれは真柴くんが育てたものだ)
 寝不足が祟っているのだろうか。ぐずぐずと考えがまとまらない。食べたくないのならすぐに処分をしてしまえばいいと思うのに、レタスをつまんだ箸先を動かせない。
 軽く傾けると、薄い緑の葉は洗われた時にでもついたのか、小さな水滴をきらきらと反射させる。
 ほんの数枚だ。
 おそるおそる、持ち上げたレタスを口に引き寄せる。少し青いような匂いはしたが、鼻にくるようなものではない。
 思い切って口に入れる。一瞬ぐっと喉が狭まった感じがして軽く咳き込んだが、どうにか噛めた。
 青い味がする。思ったよりも苦味はないが、肉や魚では感じないタイプの味がした。
「……う…」
 数度咀嚼して飲み込もうとした阿賀野は、顎を二三度しゃくった。なぜだか飲み込めない。舌の奥の方が上手く動かないのだ。
 上向いてみたり、唾と一緒に飲もうとしたが、どうにもうまくいかない。慌ててみそ汁を口に含むと、ようやくレタスは咽喉を通ってくれた。
 奇妙な心地だった。ティッシュを食べてしまったような違和感が残る。
 サラダはあと少しある。ごくりと唾を飲んで、また一枚だけつまんで口に入れる。
 最後に飲みきる頃、みそ汁はすっかり冷たくなっていた。



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