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巣ごもりオメガと運命の騎妃
20.運命の場所
しおりを挟む巡香会の会場ともなる神殿の見学は、ミシュアルにとって非常に実りある経験になった。
まずミシュアルが案内されたのは、神殿の奥にある巡香会場だった。
中庭で輿から降りると、左手に円形の建物が数個見え、右手に比較的背の高い宿舎のような建物がいくつか見えた。
「あちらが会場です。中もご覧になっていってください」
勧められて一番近くの円形の建物に入ると、中央は空いていたが、壁側にはいくつもの壁で遮られた小部屋が並んでいた。小部屋にはすべて鉄格子がはめられており、椅子が一脚だけ置かれたそこは高い天井から差し込む光もあって、祈りや懺悔をささげる場所のようにも見えた。
「これは……檻ですか?」
「そうです。登録したアルファは全員ここに入ります。その前をオメガが順に歩きます。そうすれば、万が一発情期が起きてしまっても対処ができますから」
「相手が見つかった場合はどうするんですか?」
「アルファの方から声をかけて、それをオメガが良しとすれば、オメガに渡されている番号札の片方がアルファに渡されます。それから向こうの棟にそれぞれ案内されるんですが、その時に歓談するための部屋を割り当てられるので、部屋の入口に番号札をかけておきます。こちらです」
広い巡香会場を出たサリムについていくと、中庭の向こうに背の低い長屋のような建物がある。十ほども横に並んだ部屋に扉はなく、代わりにかけられた布がひらひらとはためいているのが見えた。
「あちらが歓談所です。そこで少し歓談をして、先にオメガが部屋を出ます。そのまま何らかの形で関係を繋げていきたい場合はアルファが出てくるのを待ちますが、オメガがこの人ではないと感じるようならば、そのまま神殿の預かりとなり、翌日に持ち越されます」
「その日のうちに戻ったり、帰ったりはしないんですか?」
「オメガもアルファも、機会は一日に一度きりということになっています。とは言っても、巡香会は大体三日間開催されます。なので、また翌日に仕切り直す方がほとんどです」
「三日……ということは、三回参加する人もいるんですか」
「はい。これと思う人がいなければ、三回参加しても見送る人もいます。つがいがいない、独身であると証明されれば十回までは参加が認められていますし、そのために遠方から来る方々には宿舎も用意しています。あれですね」
サリムが指さしたのは、歓談所の奥にある兵舎のようにも見えた建物だった。その建物の外階段にも数人の人影があり、どうやら荷車でまとめて持ってきた布を、それぞれの部屋に運び入れているようだった。
「宿舎まで……手厚いですね」
「昔はそうでもなかったようですが……じょじょに設備を整えて、制度を少しずつ変えて、いまの形になったと聞いています。――ああ、失礼します」
ふいに声をかけられたサリムが、神官と一緒に少し離れる。話し相手がいなくなったミシュアルは周囲を見渡し、ほうとため息をついた。
神殿とは言うものの、敷地内の建物のほとんどは巡香会専用だ。それらを維持し、開催するために割かれる人員や費用も相当なものだろう。それでも廃れることなく繰り返される催事であるということは、成果があるということのはずだ。
(巡香会がきっかけって人も多いんだろうな……)
王族がつがいを得るとき以外は自由参加と聞いている。自ら志願して参加する機会があったなら自分はどうしただろうかと考えていると、話が終わったらしいサリムが隣に立った。
「お待たせしました。とりあえず設備などの説明はこのくらいです。他に、お聞きしたいことはありますか?」
「あっ、聞きたいこと……」
自分だったらきっと、アルファが怖くて参加ができない。でも、王族であるイズディハール主催ならば呼ばれるだろうし、その時にもし声をかけてもらえなかったら、ととりとめのないことを考えたいたミシュアルははっとして声をうわずらせ、情けなくええと、と繰り返した。
説明に聞き入ることに夢中だったせいもあって、疑問はない。それでも話を向けられたのだからと考え込んだミシュアルは、そうだと閃いた。
「王族の方の巡香会も、ここで行われるんですか?」
さっき見たばかりのあの檻に、まさかハイダルや他の王族も入ったのだろうか。単純にそう思ったミシュアルが問うと、サリムは少し笑い、さっきまでいた巡香会場を振り返った。
「ここからだと……ああ、ちょうど見えないですね。あの円形の会場の奥に、王族専用の場所があります。アルファである王族の方々も、一般の方々のように檻の中に入ります。そこに、大体……十人ないくらいが入室します。匂いが感じられなければ退室させられます。それを繰り返して、気になる匂いのものがいれば個別に会って確かめます」
「じゃあ、サリム殿もそうやって?」
「はい。……今でも覚えています。私の番号は2482番。巡香会の四日目でした」
広い会場は、小高い丘の上なだけあって風が吹き渡る。赤い髪を風に揺らしながら、サリムはどこか懐かしそうに目を細めた。
「私が他の方と一緒に入室すると、ハイダル殿下はすぐに立ち上がりました。見つけたと、言ってくださったんです」
「そんなにすぐわかったんですか」
イズディハールもミシュアルの匂いはわかると言うが、基本的にオメガは自分のフェロモンの匂いがわからない。そうでなくとも、初対面ですぐにこれだとわかるものなのかとミシュアルは驚いた。
運命制度のない国から訪れた友人に、サリムはええとうなずいた。
「わかるんだそうです。匂いで、すぐに。……たとえそこに、まだ心がなくとも。それが運命というものなんです」
また風が吹く。赤い髪が染め抜いた絹のように流れる。微笑んでいるような、遠くを見ているような目をしたサリムの向こう、風に流れる髪と同じ色をした布市場の尖塔が見えていた。
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