【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第8章 砂漠の英雄

第24話 罪と罰

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 酒場の人間全員が俯き口を噤み、私たちと目線を合わせない。
 これだけで、あの隻眼の衛兵クレバスが影響力のある人物だと理解できる。

「あっはっは、ヘクターさん、どうして、そのお、衛兵さんのことなんか聞くんだい?」

 ケントの声が裏返る。動揺と緊張と、質問された恐怖感がはっきりと読み取れた。

「その男が、このマーイン領の実質の支配者じゃないのか? だから手土産に、な~んかいいのないかなあと思ってな」

 壮年の凄みを感じさせるヘクターさんに、肩をがっしり掴まれたケントは小刻みに震えている。
 私たちは彼をヘクターさんに任せながら、酒場にいる他の人々の様子を観察していく。
 これが、隠し事を秘匿する土地が暴かれた光景。沈黙の息苦しさに、心も身体も足枷がついたように重く感じてしまう。

「あはは……ただの衛兵ですぜ? 支配者は領主様に決まってるじゃないですか?」

「そうだな。普通はそうだよな。でも、ここは普通じゃなさそうだ。何せテオ・マーインが着任した8年前の苛烈な統治の事実があるのに、7年前にはアルベルト・エイエスが統治していた時代と変わらない日常だって話だからな。……なあ、その頃に何があったかも教えてくれないか? 物知りな情報屋君」

 ゴクンと唾を飲み込むケントは憐れなぐらい震え、客たちは目線を背けたまま。
 ベレニス、フィーリア、クリスのナイフとフォークが食器に当たる音と、咀嚼音だけが響き渡る。

 ドン!

 そこへ、次の音を出したのはステイクさんだった。
 ジョッキから溢れそうになるエールをヘクターさんの前に置いた。

「ヘクターさん、これのお代は要らねえ。弟を離してくれ」

 言われた通りにケントを解放すると、ヘクターさんは一気にエールを飲み干す。
 ケントはステイクさんに抱きついて、ワナワナ震えている。これ以上、彼を追い詰めると自我崩壊しそうだな。

「ったく。あんたたち、クレバスに目をつけるなんて大したもんじゃない」

 嘆息混じりで私たちに言ったのはマリーナさん。続いて客たちに対し怒鳴り声を発する。

「ほら、あんたたち! いつまでも俯いてないで答えてやんな! ローゼちゃんたちが困ってるんだ。協力してあげな!」

 おお、鼓膜から五臓六腑に響き渡るような声量だよ。
 これが酒場の女将の貫禄!

「マリーナちゃんは7年前に来たから、そう言うけどさ……」

「あ、ああ、協力っつったってよ……」

 ええい、それに比べて酒場の客のおっさんたちはじれったさすぎる!

「では質問を変えます。魔女ヴィルマという女が、テオ・マーイン領主に雇われ、この街にやって来たはずです。彼女の死亡時期と死亡理由を教えてください」

 私の発した声に、マリーナさん以外の客、ステイクさんとケントの兄弟も顔色を変える。滲み出る恐怖を隠そうとせずに。

「魔女ヴィルマは、テオ・マーインの血縁の者が全員死亡した際、領地が滅ぶ誓約書をこの地と交わしたそうです。血縁とはどこまでが範囲なのでしょう? 6親等までなのか、それ以上なのか」

 ヴィレッタが続いて疑問を口にして。

「千年前の戦いで広大な砂漠の地を領土としたイフリートは、誓約発動は自らの敗北を引き金にしたっすね。その点については、なんか言ってたっすかね?」

 フィーリアも、確定のように断言して問う。

 私の問いかけに続き、ヴィレッタとフィーリアが矢継ぎ早に核心を突く質問を重ねる。
 これは単なる尋問ではない。
 私たちがどこまで真実を知っているかを、彼らに突きつけるための最後通牒なのだ。

 酒場の空気は、もはや恐怖を通り越し、何か巨大なものが崩れ落ちる直前の不気味な静寂に支配されていた。
 俯いていた客たちの何人かが、ゆっくりと顔を上げる。彼らの瞳に宿るのは諦めと、長年蓋をしてきた記憶をこじ開けられることへの苦痛で揺らめいていた。

 最初に口を開いたのは、意外にも先ほどまで恐怖に震えていたケントだった。
 彼はステイクの腕の中から顔を上げ、絞り出すような声で呟いてくる。

「……死んだよ。ヴィルマも、マーインの奴らも……全員な」

「ケント!」

 ステイクが息を呑む。
 こうして堰は切られた。一度流れ出した言葉は、もう誰にも止められない。

「俺は……当時まだガキだったけど、見たんだ。城から火の手が上がった日を……。次の日、街はいつも通りだった。アルベルト様が生きていた頃のな。……マーインの兵士たちは全員いなくなってたよ。魔女ヴィルマもだ」

 ケントの告白に呼応するように、別の席にいた年配の男が、グラスを握りしめたまま重々しく口を開いたのだ。

「……あれは蜂起だった。いや、革命だ。マーインの圧政に耐えかねた者たちが、命を懸けて立ち上がったんだ。クレバスを筆頭にしてな」

「そうだ。俺の親父も参加した。マーインの奴らは俺たち民を家畜としか見ていなかった。あのままじゃ、俺たちは皆殺しにされていた!」

「ヴィルマは……あの魔女は、クレバスが殺したんだ。マーインの息子に娘を奪われたレック……あいつの仇を討ったんだ」

 次々と上がる声は、長年抑圧されてきた魂の叫びのように呼応する。
 彼らは私たちに話しているようで、自分たち自身に言い聞かせているようだ。

『そうだ、俺たちのしたことは間違いじゃなかったんだ』

 と。

 けれど一様に、彼らの声に英雄譚を語るような熱はない。むしろ、重く、虚しいだけ。
 その理由をカウンターの中で静かに洗い物を続けていたステイクが、低い声で代弁しだす。

「……革命は成功した。だが、呪いは残った」

 彼の言葉に、酒場は再び水を打ったように静まり返る。

「ヴィルマの作った誓約書は、あいつが死んでも消えなかった。俺たちは……自由になったはずが、マーイン一族の亡霊に未来永劫縛られることになったんだ。一族の血が1人でも絶えれば、この土地は南の砂漠に呑まれる。……その恐怖が俺たちを一つにした」

 ステイクは濡れた手でカウンターを拭きながら、初めて真っ直ぐに私たちを見つめる。
 彼の瞳は深い絶望の淵を覗き込んでいるようだった。

「クレバスは呪いから俺たちを守るために、鬼になったんだ。王都の目を欺き、不都合な真実を知ろうとする者を排除し、この平和を守るために……な。7年間、ずっとだ。たった1人で全ての罪と責任を背負って……。だから俺たちは、あいつを裏切る真似はできん」

 そこまで言うと、ステイクはふっと息を吐いてから言葉を続ける。

「だから、頼む。もう、俺たちをそっとしておいてくれ。あんたたちのような真っ当な正義は、この街には眩しすぎる。俺たちは、この罪の沼の中でクレバスと一緒に沈んでいくしかないんだ」

 それは懇願であり、拒絶。
 英雄クレバスの7年間の絶望的な歴史。
 重すぎる真実を前に、私たちはただ、言葉を失うしかなかった。
 
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