【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第8章 砂漠の英雄

第23話 タブー視される話題

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 斜陽が赤く染め上げている血と埃に汚れた執務室。
 数刻前に流れた血が、壁や床から滲み出して光を放っているかのように。
 砕けた机の木片が鋭い影を落とし、壁の亀裂が巨大な魔獣の爪痕のように口を開けている。
 風が吹き込むたび、焼け焦げた紙の残骸がカサリと虚しい音を立てて舞った。

 惨劇の中心に、クレバスはただ1人で佇んでいた。
 両手をズボンのポケットに深く突っ込み、背中は夕陽の光を浴びながらも、まるで光そのものを拒絶するかのように表情は険しい。
 やがて爆風で歪んだ窓枠から、一つの影がするりと室内に伸びる。
 夕陽が作り出した長い影の主は、最初からそこにいたかのように窓辺に腰を下ろしていた。

「キヒ♥ お姫様一行殺すの失敗してぇ、お仲間4人口封じで殺しちゃうってぇ、無能の極みじゃなぁい? 戦力甘く見過ぎぃ。あたしならぁ、恥ずかしくって死にたくなるかもぉ。任せろって言うから任せたけどぉ、あんたもあいつも力量不足かなぁ?」

 窓辺に腰掛けたシスター服の少女――ジーニアが、愉悦に満ちた声を響かせる。
 オレンジ色のおさげ髪が、血のような夕陽を吸って燃えるように輝いている。
 彼女は子供のように両足をぶらつかせながら、残酷な視線をクレバスの背中に突き刺していた。

「……ロメーロを、口先三寸だけで追いつめたのは想定外だった。奴が喋ろうとしたのもな。……それだけだ」

 クレバスの声は、砕けたガラスを踏むように乾いていた。

「キャハ♥ 強がり言っちゃってぇ。……いいか、隻眼。奇襲、乱戦、爆発魔法の三段構えが成功したって、あいつらに敗北していた結果しかねえ。仲間を死体にしてぇ、次の作戦乗ってくれるお仲間いるのかなぁ? ……そのくらいわからないとぉ、次に仕掛けても返り討ちに遭うだけだよぉ」

 ジーニアの嘲笑が廃墟と化した部屋に木霊する。
 彼女の挑発にクレバスは微動だにしない。ただ、不意に肩が小さく揺れた。

「クックック……」

 抑え殺したようで、腹の底から湧き上がるような笑い声だ。

「……あん? 何がおかしい?」

 ジーニアの眉がピクリと動く。

「いや、お前さんは所詮余所者だと思っただけさ」

「ああ、それがどうした?」

「俺たちエイエスの民が、何年この平和を守っていると思っている。……それに」

 クレバスの言葉が終わるか終わらないかの刹那。
 振り向きざまに抜いた剣が、赤い閃光となってジーニアを襲う。
 夕陽の光を吸い込んだ刃が空気を裂く。
 キィィン! と耳障りな音が響き渡り、二つの刃が交差した一点から激しい火花が散る。
 一閃は甲高い金属音と共に、漆黒の剣に阻まれた。

「俺とあの方が、あの場にいたんだ。乱戦になっていたら、勝っていたのは俺たちだ。奴らは姿を見せない魔女にばかり集中していたからな」

 隻眼に宿る憎悪の炎が、間近でジーニアを射抜く。

「はっ! 大した自信だなあ! まあ確かにぃ、爆発に紛れて4人を始末したのは見事だけどぉ。……リョウ・アルバースは気づいていたぜぇ。あのクリスって奴もなあ。だから始末する対象を瞬時に兵士にしたんだろ? ただそれだけの話だしぃ。自惚れが過ぎるんじゃなぁい?」

 ジーニアは唇の端を吊り上げ、クレバスの剣を容易く押し返す。
 互いの剣が弾かれ、間合いが空く。クレバスは流れるような動作で剣を鞘に納め、ジーニアもまた、つまらなそうに漆黒の剣を鞘に戻した。

「キヒ♥ 死んでもいいけどぉ、お姫様一行無傷ってのはやめてねぇ。期待してないで次のお手並み拝見して、あ・げ・る。キャハ♥」

「随分と舐められたもんだな。……教えてやるよ。エイエスの民の結束ってやつをな」

 クレバスはそう吐き捨てると、ジーニアに背を向けた。

「はいはい、頑張ってねぇ」

 ひらひらと手を振るジーニア。
 すると部屋を出ようとしたクレバスの足が止まる。

「……ジーニア」

 振り向きもせず、壁の染みに語りかけるような低い声だ。

「なんだよ」

「『影の魔女にもお伝えください。私の名は魔女ローゼ……私は、全ての罪を背負う覚悟がある、と』だとよ。てめえも邪教の魔女、影なる存在だ。よかったな。降伏すれば、罪を背負ってくれるそうだぜ?」

 クレバスはそれだけを言うと、今度こそ瓦礫を踏みしめながら闇の奥へと消えていった。
 残されたのは夕陽に照らされたジーニアと、死の匂いが満ちる静寂だけ。
 彼女はクレバスが消えた扉口を、信じられないものを見たかのように呆然と見つめていた。
 やがて彼女の唇から、絞り出すような声が漏れる。

「キャハ♥ ……くっだらねえ煽りしやがって。頭おかしいんじゃねえの? クレバスも、お姫様も!」

 激情が身体を突き動かす。
 ガッ! と鈍い音が響き、ジーニアの拳が叩き込まれた壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
 パラパラと崩れ落ちる壁の破片を、彼女はただ、燃えるような瞳で見つめていた。

 ***

 一旦酒場に行き、食事をしながら次の一手を相談する私たち。
 夕飯時の酒場は昨日と同じく繁盛している。

「はい……ツケ」

「確かに。……どうしたんだい、シオン。顔真っ青じゃないか?」

 酒場には……いや、領民たちに城での騒ぎは伝わってないのか、シオンさんからお金を受け取ったマリーナさんは、キョトンとした顔をしている。

「今日はもう帰るね。食欲ないから」

「何だあ、珍しい。明日槍でも振るんじゃねえかあ?」

 すでに出来上がってるケントが囃し立てるも、シオンさんは項垂れて出ていってしまった。
 彼女から隻眼の衛兵クレバスについて、詳しく話を聞きたかったけど、あんな後じゃ無理もないか。
 私も見慣れてしまったとはいえ、死体を見て何も思わない人間でいたくない。しかもシオンさんにとっては同じ領に住む人間なのだ。今はそっとしておくのが正解だろう。

「どうしたんだい、王都からの御一行さんよお、このケント様に話してみな。取引失敗なら、俺が間を取り持ってやるぜ!」

「ぶわっはっは、ケントよお、おめえに城のツテなんてねえだろ!」

 エールの入ったジョッキを掲げながら、騒ぎ立てる酔っぱらいたち。

「ちょいとあんたたち! ローゼちゃんたちが困ってるじゃない! 商談の相談したいだろうから、もうちょい静かに酒を飲みな!」

 両手をくの字にして腰につけるマリーナさんの叱責に、私たちは「お構いなく」と告げていく。
 マスターのステイクさんの調理をする音、接客に駆けずり回るマリーナさん。2人の弟のケントは酔っぱらって客と口喧嘩。
 これが日常の風景。平和な日々の一幕。

「よお、ケント。お前さん、シオンと知り合いかい? 頼むぜ情報屋、彼女について教えてくれ」

 ヘクターさんがケントの肩に腕を組み、自分のジョッキに入ったエールを彼のジョッキに注いでいく。

「ん? シオン? おう、任せておけ! 彼女はなあ、俺を3回もフッたことがあるんだよ! エッチな身体してんのにそりゃねえだろ! でもよ、あいつ誰とも付き合ってないのは間違いねえんだ! だから俺、チャンスあると思ってるぜ!」

 100%ないと思うんだが。てか、3回もフラレたなら諦めろよ。

「ケント殿の前で、剣の腕を披露したことはありますか?」

「おう、あるぜ! 俺が質の悪い旅人に殺されそうになった時よ! バッ! ビュッ! って、感じで一撃で助けてくれたんだぜ!」

 リョウの質問に擬音で返すなよ。まあでも、強いってことは理解できる。
 それも相当に。

「それ以前、子供の頃の話はなんかあるか?」

 肩を組んだまま訊ねるヘクターさん。

「ちょいと俺、歳下だからねえなあ。義姉ちゃん歳近いけど、義姉ちゃんもここの産まれじゃないしな。なあ、兄貴! 兄貴はシオンの小さい頃のこと、なんか知ってるか!」

「知らん。親父が兵士だったってぐらいだ」

 ……私たちが直接本人から聞いた情報しか得られない、か。

「マリーナさんも、マーイン領出身じゃないんですね」

「出身はここだけど、育ちはオレンさ」

 私の問いに苦笑いしてマリーナさんは答えた。
 ということは、この酒場付近の出身じゃないってことかな? オレンか。シオンさんと同じ……。

「ちぇっ、じゃあ次の質問だ」

「おう、なんでも聞いてくれよ、ヘクターさん!」

「隻眼の衛兵、クレバスについて、詳しく教えてくれないか?」

 そうヘクターさんが口にした瞬間、酒場の喧騒が静まった。
 
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