【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第6章 雪原は鮮血に染まる

第13話 ディンレル王国滅亡 リュンカーラの住人たち

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 ザックスの教会でクレマンティーヌやディルたちとの再会を喜び、旅の話に花を咲かせていたアニスの元へ、2人の少女が慌ただしく駆け込んできた。

 長い金髪と銀髪を風になびかせ、尖った耳を持つ、エルフの姉妹エレミアとエレノアだ。
 彼女たちは数ヶ月前、退屈な森での暮らしに飽き、「人間の街も案外面白いかも」とリュンカーラにやって来て以来、なぜか王女姉妹、特にアニスに懐き、半ば住み着いている存在だ。
 狩りの腕は確かで、時折珍しい獲物を持ってきてはアニスたちを喜ばせている。

「アニス、大変! また人間が喧嘩してる!」

 エレミアが息を切らせながら叫ぶ。

「もう、どうして人間ってすぐカッとなるのかしらね? 私たちも止めようとしたけど、矢を射ったら死んじゃうかもしれないし」

 エレノアも不満げに口を尖らせる。

「だからアリスかアニスを探してたのよ! さあ、早く行こ!」

「あ、ザックスのおっちゃん、騒がしくしてごめんね! それと、他の人間のお姉さんたちも、はじめまして! ちょっとアニス借りてくね!」

 まだ少女らしい華奢な体つきのエルフ姉妹は、有無を言わさずアニスの両腕を掴み、教会から引っ張り出そうとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ! わかった、行くからそんなに引っ張らないで!」

 アニスは苦笑いしながら立ち上がる。

「クレア、みんな、ごめんね、ちょっと待ってて。サクッと片付けてくるから」

「私もお供します、アニス様」

 アニスの側仕えであるマツバも、静かに立ち上がり後に続いた。

 残されたクレマンティーヌはやれやれといった表情でザックスに尋ねる。

「あの子たちはリュンカーラに住み着いているエルフなのかい? 私が旅立つ前はいなかったようだが」

 クレマンティーヌも多くのエルフと交流があるが、あの姉妹とは面識がなかった。

「ええ、クレマンティーヌ様たちが旅立たれた直後くらいですかね。森を出てきたはいいものの、他の人間の街は退屈だったとかで。なぜか2人の暴走王女をえらく気に入ったようで、それ以来ずっとここにいますよ。狩りが得意で、時々上等な肉を分けてくれるんで、まあ、助かってはいるんですが……まったく、あのお2人は本当に人誑し、いや、エルフ誑しですかな。……まあ、俺もこうして居着いてしまっていますが」

 ザックスは苦笑いを浮かべた。

「ふむ、アニスは相変わらずだねえ。あのマツバという子も、すっかり懐いているようだ」

 クレマンティーヌは面白そうに呟く。

「おや、ディルにチャービル。ずいぶんと不機嫌そうな顔をしているじゃないか。アニスを取られて悔しいのかね?」

「は? 先生、寝言は休み休み言ってください」

 ディルが顔色一つ変えずに返す。

「そうです。大体、私たちが側にいてやっているのです。アニスが感謝して抱きついてくるなら、まあ、受け入れてやらなくもないですが」

 チャービルもそっぽを向いて言った。

 そんな2人の強がりが、内心の穏やかでなさを隠せていないことを、クレマンティーヌは見抜いていた。
 新入りのタイムとフェンネルはそんな大人たちのやり取りを、不思議そうに、少し羨ましそうに見つめる。
 自分たちを受け入れてくれた、破天荒だけど優しくて、皆から慕われている王女アニスに、2人は早くも強い憧れを抱き始めていた。

 ***

 ザックスの教会からほど近い広場は、すでに黒山の人だかりができていた。
 アニスとマツバが人垣を押し分けるようにして進むと、中央では風魔法で先行していたエルフの姉妹が、1人の男と激しく言い争っている最中だった。

 男は40過ぎの脂ぎった顔で見覚えがある。
 王都のならず者連中の下っ端で、アリスとアニスに何度か懲らしめられたことのある、ササスという名の男だ。
 そのササスが、今は顔を真っ赤にして、ナイフを握りしめた老婆と向き合っている。

「早く謝りなさいよ、この甲斐性なし!」

 エレミアがササスの脛を蹴り上げる。

「そうよそうよ! どうせあんたが悪いに決まってるんだから!」

 エレノアも背中に拳を叩き込む。

「うっせえええ! てめえらエルフには関係ねえだろうが! ぐふっ……おごっ……!」

 ササスは殴られるたびに呻き声を上げながらも、興奮状態で老婆に掴みかかろうとしてはエルフ姉妹の容赦ない攻撃に阻まれ、地面に転がっては泣きながら立ち上がる、という見苦しいループを繰り返している。

 野次馬たちの好奇と嘲笑の視線の中、アニスはため息をつきながら老婆の元へと駆け寄った。

「ちょっと、ススおばあちゃん! 危ないから刃物はしまいなさいって! 一体全体、何があったの?」

「アニス様! 聞いておくんなさい! このバカ息子がね! 儂ももう先が長くないから、ちゃんとお葬式の準備をしておくれって頼んだら、『そんな金があるなら酒代にするわ!』って言いやがったんだよ! なんて親不孝者だい!」

 老婆は涙ながらに訴える。

「うるせえババア! 葬式なんてやりたきゃ、どっかに行った妹のシュシュにでも頼みやがれ! 俺には金も甲斐性もねえんだよ! おうっふ……!」

 ササスも負けじと喚き散らす。

「シュシュは遠くに嫁に行っただろうが! この、嫁の1人も貰えん甲斐性なしが!」

 老婆もナイフを振り回して応戦する。

 アニスはこめかみを押さえた。原因はあまりにもくだらなかったから。

「アニス様、ここは私にお任せを」

 マツバが静かに前に出ようとするのを、アニスは手で制す。

「ううん、大丈夫。私がやるから」

 アニスは毅然として2人の間に入ると、まずススおばあちゃんに優しく微笑みかけ、宥めるように肩を叩いた。
 それから、厳しい表情でササスに向き直る。

「ササス! あんた、また騒ぎを起こして! いい加減にしなさい! 同い年の男たちは、みんな真面目に働いて家庭を持っているっていうのに、あんただけいつまでもお母さんのスネをかじって! 街中の笑い者になってるよ! わかってるの?」

 アニスの鋭い言葉に、ササスはぐうの音も出ない。

「ほら、まずはお母さんに謝りなさい! それから、おばあちゃんが心配しているのはお葬式のことだけじゃない、あんたの将来のことなの! お母さんだっていつまでも元気じゃないんだから、これからはあんたがしっかり働いて、お母さんを安心させて、ちゃんとお葬式代も貯めておくこと! いい⁉」

「う、うう……だ、だってよぉ……俺だって、こんな生活嫌なんだよぉ……嫁もいねえし、毎日ババアの世話ばっかりで……うわあああん! ごふっ……げほっ……!」

 ササスはみっともなく泣きじゃくり始めた。

「嫁が欲しければ、まず真面目に働くこと! 話はそれから! いい!」

 アニスがきっぱりと言い放つ。

「それからエレミア、エレノア! もう暴力はやめてあげて!」

 エルフ姉妹はきょとんとして顔を見合わせる。

「えー? でも、こいつ結構タフだから面白いのに」

「そうそう、人間の割には打たれ強いわよねえ」

 2人の悪びれない様子に、マツバがじっと無言の圧力をかけると、姉妹はしぶしぶ攻撃の手を止めた。

「ちょっ……! わ、わかったよ! 働く! 働けばいいんだろ!」

 ササスが涙声で叫んでいると、「何の騒ぎかしら?」と凛とした声が響いた。
 見ると、アニスの姉のアリスが三人の側仕え、ローレル、アロマティカス、ヒイラギを伴って、広場にやってきたところだった。

「あら、姉様! ローレルたちを連れて、どこかへお出かけなの?」

 アニスが尋ねる。

「ええ、少し商業ギルドに用があってね。それよりアニス、あなたこそ、また厄介事に首を突っ込んでいるようね」

 アリスはやれやれといった表情で妹を見た。

「アニス姫様が騒ぎの中心では?」

 ローレルが冷静に指摘する。

「もし人手が足りないようでしたら、私たちが代わりますが?」

 アロマティカスが悪戯っぽく微笑む。

「マツバ、何があったのだ?」

 ヒイラギが妹に状況を尋ね、マツバが簡潔に説明する。

 アリスは説明を聞くと、側仕えたちを下がらせ、アニスの隣に並んだ。
 2人の王女はまだ地面でめそめそと泣いているササスを、真っ直ぐに見つめて語りかける。
 王女姉妹の声は優しくて不思議な力強さを帯びて、騒がしかった広場に静かに響き渡っていく。

「ササス、聞きましたよ。ザックス神官が、教会の雑務を手伝ってくれる人を探しているそうです。真面目に働けば住む場所と食事も提供してくれるそうよ」

 アリスが言う。

「そこで、神官様から女神フェロニア様の教えや、人として大切なことを学ぶといいかな。もちろん、お母さんへのお給金も稼ぐの」

 アニスが続ける。

「「そして、いつか立派になって、お母さんを安心させてあげなさい」」

 2人の言葉は清らかな光のように、ササスの心に染み込んでいくようだった。
 ササスは嗚咽を漏らしながら、はくはくと何かを言おうとしたが言葉にならず、ただ何度も何度も地面に頭を擦り付けて、感謝の意を示す。
 周りで見ていた野次馬たちも、いつしか静まり返って両姫の言葉に聞き入っていた。

 騒ぎが収まりかけた時、アリスがふと、ササスが涙を拭っていた布に気づく。
 それは上質な絹でできており、無地ではあるが、ササスのような男が持っているには不釣り合いに見える。

「ササス、その絹はどうしたの? まさか盗んだものではないでしょうね?」

「へ、へへ、こいつは今朝、道端で拾ったんでさあ。もしお疑いなら、どうぞ姫様方に……」

「「……いらない」」

 涙と鼻水で汚れた絹を差し出され、姉妹は同時に顔をしかめて後退りした。

(まあ、ただの拾い物なら、別にいいか)

 アニスは特に気にせず、ササスに立ち上がって教会へ行くように促している。
 横ではエルフ姉妹が「やったー!」「解決!」とハイタッチをして喜び、アリスとアニスに抱きついていく。

 これがディンレル王国王都リュンカーラの、少し騒がしくて、でもどこか温かい日常の一コマだ。

 マツバはそんな光景を静かに見守っていた。
 王女でありながら民と共に笑い、怒り、問題を解決していくアリスとアニスの姿。

 それは彼女が知るどんな指導者の姿とも異なっていた。
 不思議で抗いがたい魅力を持つ2人。
 マツバはこの姉妹に仕えることになった自身の運命に、改めて深い感慨を覚えるのだった。
 
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