【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

文字の大きさ
218 / 315
第6章 雪原は鮮血に染まる

第14話 ディンレル王国滅亡 平和な日常

しおりを挟む
 教会に、夕陽がステンドグラスを通して柔らかく差し込んでいる。
 昼間の喧騒が嘘のように静かになった聖堂の片隅で、俺、ザックスは宮廷魔術師長であるクレマンティーヌと酒を酌み交わしていた。

 ディルやチャービルたちは、少し前にマツバ嬢や新入りの子たちと一緒に王城へ戻って行った。
 騒がしいのがいなくなって、ようやく一息つけるってもんだ。

「それにしても、この王都は相変わらず平和だねえ。人もエルフもドワーフも多くいて、実に居心地が良いさね」

 クレマンティーヌが銀の髪を揺らしながら、満足そうにグラスを傾ける。
 長い旅から戻ったばかりの彼女にはリュンカーラの空気がことさら心地よく感じられるのだろう。

「へへ、クレマンティーヌ様もそう思いますか。俺も、ここに流れ着いて良かったって、つくづく思いますぜ」

 教会の奥から雑巾がけを終えたらしいササスが、少し遠慮がちに顔を出した。
 数刻前、広場でみっともない騒ぎを起こしていたのが嘘のように、今は神妙な顔で教会の雑務を手伝っている。
 アリス姫に紹介されて真面目に働いている……今のところは。

「お疲れさん、ササス。まあ、こっち来て一杯どうだ? クレマンティーヌ様もいることだし」

「へ、へい! ありがてえです、ザックス様!」

 ササスは恐縮しながらも嬉しそうに俺たちの輪に加わった。
 安物の杯だけど、注がれた酒に目を輝かせている。
 こいつも根は悪いやつじゃないんだろうが……まあ、見守ってやるしかないか。

「クレマンティーヌ様のお噂はかねがね! いやあ、アリス姫様とアニス姫様のお師匠様だなんて、とんでもねえ方だ!」

「まあまあ、ただのしがない魔女さね。それより、君はあのじゃじゃ馬姉妹にこっ酷くやられたクチだったかね?」

 クレマンティーヌの言葉に、ササスは苦笑いを浮かべた。
 俺もあの時のことを思い出して、思わず遠い目になる。あれはもう、2年前だったか。

「へへ、そりゃもう……ザックス様と一緒に、風魔法でグルグル回されましたっけねえ」

「おいおい、俺を巻き込むなよ。ったく、あの時は肝が冷えたぜ。俺はただ、あいつらの喧嘩を止めようとしただけだってのに」

 そうだ、あの時も似たような騒ぎだった。
 悪党仲間と揉めていたササスを、アリス姫とアニス姫がいつものように魔法で懲らしめていたんだ。
 俺が仲裁に入ろうとしたら、まとめて風魔法の渦の中よ。
 目が回って、昼間に飲んだ安酒を盛大にぶちまけちまったっけ。

「全く、あの時クレマンティーヌ様とアメリア王妃様が駆け付けるのが遅かったらと思うとゾッとしますよ。王女様たちも俺が吐いたのを見て、さすがに真っ青になってましたからねえ。良い教訓になったでしょう。酒飲みをグルグル回すなってな」

「フフ、あの子たちも少しは学習したかねえ。でもまあ、あれだけ派手に暴れて、怪我人1人出さないんだから、大したもんだよ」

 クレマンティーヌがくすくす笑う。
 たしかに、あの姉妹の魔法制御は並外れている。
 俺の神聖魔法の出番がなくて、ちょっと悔しかったくらいだ。

 孤児院を出て3年、大陸を放浪した末にリュンカーラに辿り着いたのは民のために献身的に働く2人の王女がいるという噂を聞いたからだった。

 女神フェロニアの再来なんて大層な噂だったが、最初に見た光景は悪党どもを風魔法でブン回す、ただの暴れん坊姉妹だった。
 なんだこりゃ、って呆れたもんだ。

 だが魔法が止んだ後、キラキラした笑顔で民衆と笑い合う姉妹の姿と、それを見守る人々の温かい眼差しを見て、胸の奥がチクリとしたのを覚えている。
 ああ、これが平和ってやつか、女神様の御心ってのはこういうところにあるのかもしれないな、と。
 まあ結局、その平和を守るというか、後始末をするために、俺はこの街に居着いちまったわけだが。

「でも、その平和も、いつまで続くか……」

 ふと、俺は呟いていた。クレマンティーヌが怪訝な顔でこちらを見る。

「どうしたんだい、ザックス? 何か心配事でもあるのかね?」

「いえ……少し、アノス陛下のことが気になりまして。ここへ来る前に挨拶してきた、と仰ってましたが、何か変わった様子は?」

 クレマンティーヌは少し考えるように顎に手を当てた。

「うーん、相変わらず豪放磊落な王様ではあったけどねえ。ただ、どうも西方の思想、特にビオレール公国のやり方に影響されているような節が見られたさね。権力は王が掌握すべき、みたいな考え方さ。だから軍勢を率いて、しかも魔女を1人も伴わずにキルア族を攻めるなんて無茶をやったんだろうねえ」

 西の大国、ビオレール公国。
 力こそが正義、魔女の力など不要、と公言して憚らない国だ。
 近年、そういった男尊女卑的な、力による支配を肯定する考え方が西から東へと広まりつつある。
 かつては大陸の平和を支えた魔女や巫女への信仰も、場所によっては差別の対象に変わりつつある。
 そんな危うい空気を、俺も旅の途中で感じていた。

「やっぱり、そうですか……先日、陛下はビオレール公国の第二公子キース殿との縁談を正式にまとめられたそうです。アリス姫の婿入り話ですが、どうも裏がありそうで……」

「ほう、アリス姫がかね? それは初耳だねえ。当のアリス姫はどうなんだい?」

「本人はまあ、いつもの調子であっさりしたもんでしたが……妹のアニス姫の方が、露骨に不機嫌になってましたよ。姉様を取られるのが嫌なのか、それともキース公子とやらに何か含むところがあるのか……変な騒動を起こさなきゃいいんですが」

 あのじゃじゃ馬姉妹のことだ。
 特にアニス姫は気に食わないことがあれば、すぐに魔法をぶっ放しかねない。
 アリス姫の婚約が、新たな火種にならないことを祈るばかりだ。

「西の思想に染まった婿殿か……やれやれ、面倒なことになりそうだねえ。アノス王も、もう少し肩の力を抜いて、アメリア王妃様みたいにどっしり構えてくれれば良いんだがね」

 クレマンティーヌがため息をつく。
 まったく同感だ。あのお美しいアメリア王妃様の、どこからあんなじゃじゃ馬姉妹と頑固な王様が……いや、これは失礼か。

「そういえば、クレマンティーヌ様は旅の途中で、何か変わったことはありましたかい? 例のちびっ子魔女2人を保護した話は聞きましたが」

 ササスが興味深そうに尋ねる。

「ああ、タイムとフェンネルのことかい? あの子たちも酷い目に遭っていたさね。魔女の力があるってだけで、村八分にされて人買いに売られそうになっていたところを、ディルとチャービルが助けたんだよ。他にも、まあ、喧嘩やトラブルは日常茶飯事だったけど……そうさねえ、アウルムの街でドワーフの王様のシュタイン王に会ったかね」

「へえ! ドワーフの王様に!」

 俺とササスは身を乗り出した。グラベックさんの話じゃ、西方を旅してるって言ってたはずだ。

「たまたまさね。なんでも、取引相手の人間にボッタクられたとかで、カンカンに怒っていてねえ。なだめるのに一苦労したよ。仕方ないから酒を奢ってやったんだけど、一緒にいる間中ずっとプリプリ怒ってるもんだから、タイムとフェンネルがすっかり怯えちゃってねえ」

 クレマンティーヌは思い出し笑いを堪えるように続ける。

「それが傑作なオチでね。子供たちが怖がってるのに気づいたシュタイン王が、気を利かせたつもりなのか、『いないいないばあ』なんてやったのさ。もちろん、赤ん坊相手じゃないんだから、2人ともポカンとしちゃってねえ。いやはや豪快なんだか、子供っぽいんだか」

「ははは! そりゃあ傑作だ! グラベックさんから聞く話通りの、豪快で頑固な王様みたいですねえ。まあ、俺も会えばきっと意気投合しますよ。何せ酒好きで、女神様の信仰も……あつい、ですからね?」

 俺が言うと、クレマンティーヌはジト目でこちらを見た。

「そこはザックス、神官なんだから、もっと信仰心をアピールしなくっちゃあねえ」

「はは……善処します」

 俺は苦笑いして杯を呷った。

「それで、クレマンティーヌ様はしばらくリュンカーラに?」

「ああ、そのつもりさね。たまには真面目に、王女様たちや宮廷魔術師の見習いを鍛えなくっちゃねえ。特にアリス姫は結婚したら公務で忙しくなるだろうからね。今のうちに、私が教えられる魔法の全てを授けておきたいのさ」

 クレマンティーヌの瞳に、師としての強い意志が宿る。
 彼女の言葉に俺とササスは顔を見合わせ、黙って彼女のグラスに酒を注いだ。
 頼もしい師匠が戻ってきてくれたのは、この国にとって幸いなことだ。

 酒盛りは穏やかに続く。
 だが俺は心の片隅で静かに呟いていた。
 誰に聞かせるでもない、自分自身と、天にいます女神様への祈りだ。

(平和は脆いガラス細工のようなものだ。簡単に壊れちまう。だからこそ、この穏やかな瞬間を大切にしなきゃならないんだ)

 窓の外はもうすっかり夜の帳が下りていた。

(女神フェロニア様、どうか……このリュンカーラの平和が、いつまでも続きますように)
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る

伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。 それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。 兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。 何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...