【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

文字の大きさ
227 / 314
第6章 雪原は鮮血に染まる

第23話 ディンレル王国滅亡 公子の従者ミフェル

しおりを挟む
 ーディンレル暦541年ー

 王都リュンカーラの白亜宮の一室。
 ビオレール公国一行をもてなす晩餐会は表向きは和やかに進行していた。
 ディンレル、ビオレール両国の特産品が並ぶ豪華な食卓、上質な酒、貴族たちの耳障りな笑い声。
 アノス陛下やパルパティーン宰相はキース公子や取り巻きたちと、外交辞令と腹の探り合いを交えた談笑に興じている。

 そんな華やかな喧騒とは裏腹に、アニスの周りだけは妙に静かだ。
 第二王女という微妙な立場に加え、彼女の放つどこか近寄りがたい雰囲気が、他の貴族たちを遠ざけているのかもしれない。
 手持ち無沙汰に料理を口に運びながら、アニスは姉アリスに媚びへつらう貴族たちや、姉の隣で涼しい顔をしているキース公子と、彼の背後に控えるビオレールの一行を観察していた。

「どうしたんだい、アニス。さっきから難しい顔をして。何か気になることでもあるのかね?」

 隣で豪快に肉料理を頬張っていたクレマンティーヌが、目敏くアニスの様子に気づいて声をかけてきた。

「……クレア」

 アニスは声を潜め、真剣な眼差しで師匠を見る。

「ねえ、神聖魔法以外の魔法は絶対に、魔女……つまり女性にしか使えない、よね?」

「ああ、そうさねえ。少なくとも、この大陸の歴史において例外は存在しないとされている。それがどうかしたのかい?」

 クレマンティーヌは即答したが、アニスのただならぬ様子に、僅かに眉をひそめる。

「あの人……キース公子のすぐ後ろにいる、茶髪の従者……ミフェルとか言ったかな。あの人から、何か……感じるの。魔力そのものじゃないんだけど、もっとこう、魔力が流れる『器』みたいな……魔女特有の、あの感覚に近いものを」

 アニスの言葉は少し要領を得ない。
 だが彼女の魔力感知能力は、姉アリスにも匹敵する鋭さを持つ。
 特に同質の力、つまり魔女の力に対する感度は他の追随を許さない。
 そのアニスが何かを感じるというのだ。

 クレマンティーヌはアニスの視線の先、キース公子の背後に立つミフェルに意識を集中させた。
 青年は主君の言葉に静かに頷いたり、時折、周囲に油断なく視線を走らせたりしている。
 彼の所作は洗練されており、隙がない。
 クレマンティーヌほどの魔女でも、彼から直接的な魔力の波動や、魔導具を使っている痕跡を感じ取ることはできなかった。

「……私には何も感じられないねえ。ディル、君はどうだい?」

 クレマンティーヌはアニスの隣に控えるディルに問いかけた。
 ディルも、じっとミフェルを凝視していたが静かに首を横に振る。

「私も、明確な魔力は……ですが、アニスがそう言うのなら、何かあるのかもしれません。アニスの魔力感知、特に『魔女』に対する感度は私たちの中でも群を抜いていますから」

「はて……精霊族や高位の妖魔が、よほど巧妙な魔導具で変装している、とでもいうのかねえ。こういう、人の目や魔力感知を欺く『化け』を見破るのはマツバが得意なんだが……今日はあの子、お留守番だったね」

 そう、アニスが晩餐会に連れてこられる従者は1名のみ。
 マツバとチャービルはアニスの部屋で、きっと今頃お菓子でも食べながら留守番していることだろう。
 今日の随行者を決めるじゃんけんはディルが勝ったのだ。

「アニスがこれほど言うのなら、看過はできないね。よし、私が少し探りを入れてみよう」

「クレア、待って。私にやらせてくれない? 大丈夫、無茶はしないから。姉様の婚約相手の従者だもの、ちゃんと礼儀正しく……」

「だめさね」

 クレマンティーヌはアニスの言葉を穏やかに遮った。

「これはアリスの婚約を祝う席さね。妹である君が、相手方の従者に疑いの目を向けていると取られれば、角が立つ。こういう役目は年長者の、それも君たちの師匠である私の仕事さ。私に任せるさね」

 師の有無を言わせぬ口調に、アニスもディルも、それ以上は何も言えなかった。

 クレマンティーヌは優雅に席を立つと、何食わぬ顔でキース公子の一団に近づいていく。

「これはキース公子。ご歓談中、失礼いたします」

「おお、これはクレマンティーヌ殿。いや、お美しい。何か私にご用ですかな?」

 キース公子は社交的な笑顔を浮かべ、クレマンティーヌを迎える。

「ディンレル王国宮廷魔術師長のクレマンティーヌと申します。以後、お見知りおきを。もっとも、宮廷魔術師は私以外は皆、まだまだ愛らしい見習いの少女ばかりですが」

 クレマンティーヌは微笑み返し、自然な仕草で右手を差し出した。
 キース公子も心得たもので、すぐに手を握り返す。
 握手は魔道に通じた者同士にとって、互いの力量を探るための儀式でもある。
 クレマンティーヌがキース公子の手から感じ取れたのは、ごく普通の魔力を持たない人間の気配だけだった。

「クレマンティーヌ……ああ、もしや、フェロニア大神殿にいらっしゃる大司祭のお嬢様では? お噂はかねがね。こうしてお会いできて光栄です」

 不意に、キース公子の背後に控えていたミフェルが滑らかな口調で話しかけてきた。
 彼の声にはどこか人ならざる響きが混じっているような……いや、気のせいか。
 彼が優雅に一礼する所作は完璧で、貴族としての高い教養を感じさせる。

「おや、私のことまでご存知とは。恐れ入ります。貴方様とも、今後良き関係を築ければと存じます」

 クレマンティーヌはミフェルにも同じように手を差し伸べた。
 だが、ミフェルは下げていた手を胸の前で静かに交差させ、再び深くお辞儀をするのみ。
 握手に応じる気はないらしい。
 実に巧妙に、自然に、直接的な接触を避けた。

(……なるほどねえ。これだけ間近で見ても、魔導具を使っている気配は微塵もない。変装だとしたら、極めて高度な魔法か、あるいは……だが、私の直感が告げている。このミフェルという男、ただの人間ではないねえ)

「キース公子様、失礼ながら、こちらの方は?」

 クレマンティーヌはあくまで自然に尋ねた。

「ああ、彼はミフェル。我がビオレール公国の西の守り、ソルト辺境伯が嫡男にして、私の腹心です。見ての通り、礼儀作法には明るいが、剣を取らせても国内で一、二を争う腕前でね。頼りになる男ですよ」

 キース公子がミフェルを誇らしげに紹介する。
 表情に、何かを隠しているような素振りはない。
 むしろ有能な腹心を紹介できることを喜んでいるようにすら見える。
 あるいはミフェルの正体を知った上で、それを隠し通せる自信があるのか。

 クレマンティーヌは当たり障りのない会話を二言三言交わした後、アニスたちの元へと戻った。

「どうだった、クレア?」

 アニスが、期待と不安の入り混じった目で尋ねる。

「……あのミフェルという茶髪の男、やはり普通の人間ではないねえ。アニスの言う通りだ。直接的な魔力は感じられなかったが、私の握手を巧妙に避けた。それに間近で対峙した時の、あの底知れない雰囲気……何らかの魔道的な手段で、己の正体を偽っている可能性が高い。それも、相当な手練れだよ」

 クレマンティーヌの言葉に、アニスは息を呑み再びミフェルへと視線を向けた。
 ちょうどその時、ミフェルもこちらに気づき、アニスに向かって軽く会釈をしてくる。
 彼の唇の端が、ほんの一瞬、人間にはありえないほど横に裂けたように見えたのは……気のせいだろうか?
 ぶるり、とアニスは背筋に走った悪寒に身を震わせた。

(人間じゃない……? でも、ソルト辺境伯領って、ビオレールの文献によれば、純粋な人族だけで構成された土地のはずじゃ……)

「先生、その者は……危険なのでしょうか?」

 ディルが不安そうに尋ねる。

「さあねえ……古来より、精霊族や妖魔の類が、人間の権力者に取り入って、悪戯をしたり、逆にその土地を守ったりした、という伝承は数多くある。そういった類の存在なのかもしれないねえ。目的が善意によるものか、悪意によるものかはまだ判別できないが……まあ、いずれにせよ、注意深く観察しておく必要はあるだろうねえ」

 クレマンティーヌは表面上、冷静にそう結論付けた。
 だが彼女の瞳の奥にはアニスと同じように、拭いがたい疑念と警戒の色が浮かんでいる。

 アニスの胸騒ぎも、クレマンティーヌの言葉では少しも収まることはなかった。
 あのミフェルという男の存在は、これから始まる嵐の予兆なのかもしれない。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...