【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第6章 雪原は鮮血に染まる

第24話 ディンレル王国滅亡 キース公子の本性

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 その日の深夜。
 王宮での役割を終え、自室で休んでいた俺、ヒイラギの元へ警備の騎士が訪れた。

「キース公子様より、内密にお話があるとのこと。王宮離れの古い小屋にてお待ちです」

 こんな夜更けに、しかも人目につかない離れの小屋へ?
 怪しすぎる。罠である可能性も十分にある。
 だが、呼び出しの使者が正規の警備騎士であること、相手がアリス様の婚約者であるキース公子であるという事実が、俺に拒否という選択肢を許さなかった。

 アリス様に関わることかもしれぬ。万が一、俺への不信感が原因で、アリス様に何らかの不利益が及ぶようなことがあってはならない。
 俺は警戒心を抱きつつも、騎士の案内に従い、月明かりだけが頼りの暗い小道を進んだ。

 案内された小屋は王族や貴賓が緊急時に使う一時避難所だと聞いたことがある。
 今は使われていないらしく、扉を開けると埃っぽい空気が鼻をつく。
 古びた木枠の窓からは冷たい隙間風が吹き込み、壁にかかった古いタペストリーが不気味に揺れている。

 薄暗い部屋の中央には蝋燭の灯りがいくつか灯されており、揺らめく光の中に2人の人影があった。
 キース公子と腹心ミフェルだ。
 キース公子はまるで檻の中の獣のように狭い室内を落ち着きなくウロウロと歩き回っている。
 彼の金髪は少し乱れ、昼間の優雅な装いは影を潜めている。

 一方、ミフェルは入口付近の壁際に、石像のように直立不動で立っていた。
 彼の冷たい瞳が、暗闇の中で静かにこちらを観察している。
 穏やかな物腰とは裏腹な、底知れない不気味さが彼にはあった。
 やはり、何か良からぬことが起きている。俺は静かに息を吸い込み、覚悟を決めた。

「お呼び出しに従い、参上いたしました。キース公子」

 俺が声をかけると、キース公子はピタリと歩みを止め、勢いよくこちらを振り向いてくる。
 彼の顔は怒りと焦りで歪んでおり、まるで悪戯が見つかった子供のような余裕のない表情だった。
 俺は彼の異様な雰囲気に、思わず眉をひそめる。

「……来たか、ヒイラギ。単刀直入に聞く。キルア族の族長の息子よ。お前の差配で、兵はどれほど動かせる?」

 全く予想していなかった質問。
 しかも有無を言わせぬ高圧的な口調。部屋の空気が一瞬で凍りついた。

「……は?」

「とぼけるな! お前がアリス姫付きの奴隷でありながら、騎士同然の待遇を受けていることは調査済みだ! どうなのだ? この俺が、アリスを娶り、ディンレルの実権を握った暁にはお前を奴隷の身分から解放して正式な貴族、いや、望むなら将軍の位にだって就けてやるぞ! どうだ? お前の部族の力と、この俺の力で、大陸に覇を唱えるのだ! 武芸大会での優勝は見事だった。だが、今のままではお前は王女の影で一生を終えるぞ? 俺はお前に、栄光を与えてやろうと言っているのだ!」

 キース公子の言葉は熱を帯びていたが、内容は支離滅裂に聞こえた。
 彼の頭の中では俺がディンレルへの恨みを抱き、キルア族が大きな兵力を持っているとでも思っているのだろうか?
 そして将軍位などをちらつかせれば、簡単に寝返るとでも考えているのか?

「……恐れながら、キース公子。何故、私にそのようなお話を?」

 俺は努めて冷静に問い返した。
 内心では焦りが募る。この男は一体何を考えている?

「キルア族など、野蛮な獣の血が混じった穢れた部族の分際で、俺に質問するな! この俺は偉大なるビオレール公国の公子だぞ! 下賤の者どもを正しく導き、使うのは支配者の当然の権利だ!」

 キース公子は癇癪を起こした子供のように声を荒らげた。
 彼の瞳には俺に対する侮蔑と、自らの血筋に対する過剰な誇りが見て取れる。

 すると、壁際に控えていたミフェルが静かに動いた。

「失礼いたします。キース公子は少々お立場が複雑なのです。公子、よろしければ、このヒイラギ殿に、少しだけご事情をご説明してもよろしいでしょうか?」

 キース公子は乱れた息を整えながら、渋々といった様子で頷いた。

「ご存知かもしれませんが、キース公子は現ビオレール大公の正妃がお産みになった嫡男でございます。ですが大公は側室の子である兄君、バドレックス殿を溺愛され、次期大公位はその兄君に譲られることが内定しております。そして、キース公子はディンレル王国へ婿入りとなりました。……本来ならば国を継ぐべき方が、魔女が支配する異国へ追いやられる形となる。そんな理不尽さが、キース様には耐え難いのでございます」

 ミフェルは淡々と、どこか芝居がかった同情を込めて説明する。

「……跡目争い、ですか。ですが国家の格としてはディンレル王国の方が上かと。国土の広さではビオレール公国に劣るやもしれませんが……」

 俺が事実を述べたつもりで口にした言葉に、キース公子の顔色が再び変わった。
 眉がぴくりと動き、怒りが再燃する。まずいことを言ったか。

「黙れ!」

 キース公子は怒鳴りつけた。

「魔女が治める国など、国ではない! あのような体制は大陸の地図から消し去ってくれるわ! ヒイラギ! 貴様とてディンレルには恨みがあるだろう! 故郷を攻められ、同胞を殺され、奴隷の身分に落とされたのだからな! その恨み、この俺が晴らす手伝いをしてやる! さあ、俺と手を組め! キルア族と、そして俺が掌握するディンレル兵を率いて、ビオレール本国に攻め入るのだ! ハッ、心配するな。邪魔をするディンレルの無能な連中は王となる俺が片っ端から処刑してやる。ミフェルを宰相とし、貴様を将軍に据え、我ら3人で新たな時代を築こうではないか! どうだ? 悪い話ではあるまい!」

 キース公子は自らの壮大であまりに現実離れした野望に酔いしれているようだ。
 俺はただ呆然と彼の口から発する言葉を聞いていた。

(……何を言っているんだ、この男は)

 たしかに、ディンレル王国に攻め込まれた事実は消えない。
 だが、俺を救い、マツバを守ってくれたのはアリス姫とアニス姫だ。
 彼女たちの優しさ、強さ、そして民を思う心に触れ、俺の中の憎しみはいつしか別の感情へと変わっている。

 マツバも、アニス様や見習い魔女たちと、今では本当の姉妹のように打ち解けている。
 クレマンティーヌ殿は厳しくも温かく、俺たち兄妹を見守り、時には稽古までつけてくれる。
 彼女はアリス様がこの国を平和に治めることを心から願っている。
 そして俺自身も……いつしか、アリス様が政略結婚などではなく、心から愛する誰かと結ばれ、穏やかで幸せな人生を送ることを願うようになっていた。

「……俺はアリス姫様の幸せを願っております。キース公子のお話からはアリス姫様のお気持ちを顧みる様子は微塵も感じられません。到底、お受けできる話ではございません。お断りいたします」

 俺はきっぱりとそう告げた。
 そしてこれ以上、この狂気に付き合うのは無意味だと判断し、小屋を出ようと背を向ける。

「……待て」

 冷たい声と共に、ミフェルが俺の前に立ちはだかった。
 彼の手にはいつの間にか抜き放たれた剣が握られている。

「どうやら、道理を説いても理解できぬ、頭の悪い方のようですね。残念です。キース公子が大陸を統べれば、貴殿が忠誠を誓うアリス姫も、偉大なる王の妃として、後世に名を残す栄誉を得られたものを」

「ちっ! これだから蛮族は話にならん! ……まあ、良い。元より、貴様が素直に協力するなどとは思っていなかった。話を聞いた以上、生かしてはおけぬ。拒否するならば、殺すまでよ!」

 キース公子は隠すことなく殺意を露わにする。

「抵抗したければするが良い。だが、どうなるかな? 王女付きの奴隷が、婚約の儀のために来訪した他国の公子に襲いかかり、返り討ちに遭った事実よ。……貴様が何より大切にする、アリス姫の幸せとやらはその醜聞で木っ端微塵に吹き飛ぶことになるぞ! ハッハッハ!」

 キース公子は高笑いを上げ、ミフェルは無表情のまま、剣を構えた。

 ……そういうことか。俺は腑に落ちた。こいつらは俺が邪魔なのだ。
 アリス様の側にいる、出自不明でいながら妙な信頼を得ている俺が。
 だから、こういう芝居を打ったのだ。
 断れば殺す。しかも、その死が、アノス陛下やパルパティーン宰相といった、俺の存在を快く思わないディンレル側の人間にとっても、むしろ好都合となるように。
 俺が抵抗すればするほど、アリス様の立場が悪くなるように仕組んで。

 俺は覚悟を決めた。ここで騒ぎを起こせば、アリス様の名に傷がつく。
 ならば……俺は腰の鞘ごと、クレマンティーヌ殿から託された漆黒の剣を、静かに地面に置いた。

「ほう? 命乞いですか? それとも、状況を理解したと? 頭が悪いと言ったのは訂正しましょう。ではお覚悟を」

 ミフェルの目が冷たく光り、彼の剣が迷いなく俺の首筋へと閃く。

(マツバ……すまん。アリス様……申し訳、ありませ……)

 目を閉じて死を覚悟した。
 だが数瞬経っても、首を刎ねられる衝撃は訪れない。
 代わりに、キン、という硬質な音が響き渡る。

 不審に思い、ゆっくりと目を開けると……俺の目の前に淡く輝く半透明の障壁が展開されていた。
 ミフェルの剣は障壁に阻まれ、寸前で停止している。

 キース公子とミフェルの忌々しげな視線が、障壁の発生源……小屋の入り口に現れた、新たな人影へと向けられていた。
 静寂が戻った小屋の中で、張り詰めた緊張感が再び高まっていった。
 
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