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第7章 絶望の鐘
第6話 ディンレル王国滅亡 外出禁止令
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「クレア!」
薄暗くて冷たい石造りの牢獄の奥で瞳を閉じ、瞑想にふけっていたクレマンティーヌは聞き慣れた声にゆっくりと瞼を開く。
牢番が慌てて重い鉄格子の扉を開ける音と共に、金色の髪を振り乱したアニスが息を切らして飛び込んできた。
彼女の頬は青ざめ、大きな碧眼は涙で潤んでいる。
「クレア! どういうことなの⁉ あなたがキルア族を虐殺したなんて……そんなの、嘘に決まってる! なのに、どうして捕まったりしてるの! 説明して!」
アニスの声は怒りと不安と、師への心配で震えていた。
「やれやれ、アニス。そんなに慌てなさんな」
クレマンティーヌは手枷を嵌められた両手を軽く上げてみせ、いつもの飄々とした口調で答えた。
「私にもさっぱりだよ。どうやら、とんでもない濡れ衣を着せられたらしいねえ」
「さっぱりって……! なら、すぐにここから出て、一緒に真実を突き止めようよ!」
アニスはクレマンティーヌの手枷に触れ、必死に訴えかける。
「まあ、落ち着くがいいさ。私にはね、ここで大人しくしているのが、今は一番良い手だと見えるのさ」
クレマンティーヌはアニスの肩を軽く叩き、諭すように言う。
「考えてもごらん? 私が今、力ずくで脱獄でもしたらどうなる? それこそ『反逆者』の汚名を着せられ、陛下や宰相たちの思う壺だ。そうなれば私は二度とこの国にはいられなくなるし、君たち弟子にも迷惑がかかる。それに……」
クレマンティーヌは少し声を潜めた。
「牢の中にいれば、外の動きも敵の次の手も見えやすい。それに私を陥れた連中も、私がここにいる間は少し油断するかもしれないからねえ。まあ、心配せずとも、私だって死ぬつもりは毛頭ないさ」
クレマンティーヌの落ち着き払った態度と、言葉の裏にある計算高さ。
アニスは師の真意を悟り、ぐっと唇を噛んで俯いた。
師はただ無策で捕まっているわけではないのだ。
「……わかった。クレアがそう言うなら……私たちは外で動く。必ず、クレアの無実を証明してみせるから!」
アニスは顔を上げ、決意を込めた強い瞳で師匠を見つめ返した。
「ああ、頼んだよ。ただし、無茶だけはするんじゃないよ。君たちの身に何かあったら私が牢に入った意味がなくなるからね」
クレマンティーヌは優しく微笑んだ。
「ところで例のキルア族全滅の話……ヒイラギとマツバにはもう伝わったのかい?」
「……クレアが逮捕されたって話と一緒に、罪状も王都中に広まってる。もう知らない人はいないと思う。ただ……マツバはあの後、急に熱を出して寝込んじゃって……まだ何も知らないの。ヒイラギは……姉様が、ローレルとアロマティカスと一緒に、転移魔法でキルアの故郷があるっていう東の大地へ送った。自分の目で確かめたいって……」
「そうかい……マツバが熱をねえ……無理もないか。あの子は繊細だから」
クレマンティーヌの表情に、わずかに憂いが差す。
「ザックスの診立ては?」
「『過労と心労が重なったんだろう』って。ディルとチャービルったら、私がマツバをあちこち連れ回すからだって、また私を責めるの! ひどくない⁉」
「ふふ、まあ、君がマツバを気に入っているのはよくわかるけどねえ」
クレマンティーヌはくすりと笑った後、真顔に戻る。
「……ザックス、か。アニス、よくお聞き。今回の件が、誰による、どういう陰謀かはまだわからない。だが、もしこれが君たち次代の力を削ぐためのものだとしたら……王女である君たちを無条件で守り、かつ、いざという時に頼れる力を持つ大人は今の王宮には少ない。私を除けば、あとはザックスくらいのものだろう。彼に伝えておいてくれないかい? 『次の標的はあなたかもしれないから、くれぐれも油断しないように』とね。まあ、あの抜け目のない男のことだ。すでに何か感づいているかもしれないけれど」
「……次の、標的……それって、やっぱり……私や姉様の力を削ぐために、誰かがクレアを罠にはめたってこと……?」
アニスの声が震える。
クレマンティーヌの言葉は、彼女が抱いていた最悪の疑念を裏付けるものだった。
「そんな……まさか……お父様が……?」
父、アノス王が関与している可能性。
その考えがアニスの心を重く締め付ける。
信じたくない。だが最近の父の言動、クレマンティーヌへの仕打ち……アニスはやり場のない怒りと悲しみで再び俯いてしまう。
「……まだ、そうと決まったわけじゃないさね。それに、何度も言うようだけど、私にキルア族を皆殺しにするような動機はない。そもそも、そんな真似ができる存在が他にいるのかどうか……」
クレマンティーヌは敢えて冷静に言った。
アニスをこれ以上動揺させないための配慮だ。
「……うん」
アニスは力なく頷く。だが父への疑念の種は彼女の心に深く根差してしまう。
「……どうして、こんなことになっちゃうの……せっかく、姉様とヒイラギが良い雰囲気になったばっかりだったのに……」
彼女は数日前の、アリスとヒイラギの幸せそうな姿を思い出し、小さな声で呟いた。
「おや? あの2人、何か急展開でもあったのかね? これは聞き捨てならないねえ。詳しく聞かせてくれないかい?」
クレマンティーヌは暗い雰囲気を変えようと、興味津々な様子で身を乗り出した。
「もう! 急展開なのはクレアの方でしょ!」
アニスが思わずむっとして言い返す。
そんなやり取りに2人の間にほんの一瞬だけ、いつものような笑いが戻った。
クレマンティーヌとの面会を終え、アニスは牢獄を後にする。
足取りは重かったが瞳には先ほどまでの迷いはなく、強い決意の光が宿っていた。
牢獄の出口で、ディルとチャービルが心配そうに待っていて合流する。
「先生の様子はどうだった?」
チャービルが小声で尋ねる。
「うーん……まあ、いつも通り、と言えばいつも通りかな。クレアは自分が死ぬなんて微塵も思ってないみたい。絶対的な実力への自信があるから、どこか暢気なのよね……」
アニスは少し呆れたように、どこか安心したように苦笑した。
「いざとなったら、私たちなんか頼らずに、1人でさっさと脱出しちゃうんでしょうね、先生は。まったく……『弟子なんだから、師匠のピンチには駆けつけなさい!』くらい言ってくれれば、こっちも動きやすいのに!」
ディルが、少し不満そうに頬を膨らませる。
「ふふ、その時は私が先陣を切って助けに行くさね」
アニスが、クレマンティーヌの口調を真似ておどけてみせると、3人の間にまた小さな笑いが起こった。
少しだけ気持ちが軽くなった3人は今後のことを相談するため、ひとまずザックスの教会へ向かおうと転移魔法の術式を展開する。
青白い光が3人を包み込もうとした、その瞬間。
「お待ちください、アニス姫様」
重々しく、冷ややかな声が背後から響く。
振り返ると、そこにはパルパティーン宰相が、数人の衛兵を伴って立っていた。
「陛下からのご命令です。アニス姫様には当分の間、王城からのお出ましを禁じます。これは姫様の御身の安全を慮っての措置。どうか、ご理解いただきたい」
「なんですって……⁉」
「姉君であらせられるアリス姫様も同様です。現在、どちらかへお出かけのようですが、お戻りになられ次第、同じく外出禁止となります。……それからクレマンティーヌの弟子であり、宮廷魔術師見習いの……」
宰相がディルとチャービルに視線を向ける直前、アニスは2人に向かって目で鋭く合図を送った。
(早く行け!)
ディルとチャービルは一瞬躊躇したが、主君の意図を汲み、即座に転移魔法を発動させた。
2人の姿が光と共に掻き消える。
「……む。宮廷魔術師見習いの7名の魔女も同様に、王城からの外出を禁ずる、と……まったく、これだから庶民出の側仕えは。目上の者が話している最中に、無断で立ち去るとは礼儀を知らんにも程がある」
パルパティーン宰相はディルたちが消えた空間を忌々しげに一瞥し、ブツブツと呟いた。
宰相の冷徹な瞳には何の感情も浮かんでいない。
ただ、計画通りに事が進んでいることへの満足感が漂っているようだった。
アニスは宰相の言葉を聞きながら、言いようのない不安と怒りに身体を震わせる。
これは明らかに自分たちの行動を封じ込めるための措置だ。
クレアの無実を証明させないために。真実にたどり着かせないために。
(お父様……どうして、ここまで……!)
父への疑念が、確信へと変わっていくのを感じた。
(ディル……チャービル……! お願い、捕まらないで。そして、みんなに伝えて……! 王城には戻らず、必ず、キルア族を襲った真犯人を突き止めて……!)
アニスは心の中で逃がした仲間たちの無事と、真実の解明を強く祈るしかなかった。
薄暗くて冷たい石造りの牢獄の奥で瞳を閉じ、瞑想にふけっていたクレマンティーヌは聞き慣れた声にゆっくりと瞼を開く。
牢番が慌てて重い鉄格子の扉を開ける音と共に、金色の髪を振り乱したアニスが息を切らして飛び込んできた。
彼女の頬は青ざめ、大きな碧眼は涙で潤んでいる。
「クレア! どういうことなの⁉ あなたがキルア族を虐殺したなんて……そんなの、嘘に決まってる! なのに、どうして捕まったりしてるの! 説明して!」
アニスの声は怒りと不安と、師への心配で震えていた。
「やれやれ、アニス。そんなに慌てなさんな」
クレマンティーヌは手枷を嵌められた両手を軽く上げてみせ、いつもの飄々とした口調で答えた。
「私にもさっぱりだよ。どうやら、とんでもない濡れ衣を着せられたらしいねえ」
「さっぱりって……! なら、すぐにここから出て、一緒に真実を突き止めようよ!」
アニスはクレマンティーヌの手枷に触れ、必死に訴えかける。
「まあ、落ち着くがいいさ。私にはね、ここで大人しくしているのが、今は一番良い手だと見えるのさ」
クレマンティーヌはアニスの肩を軽く叩き、諭すように言う。
「考えてもごらん? 私が今、力ずくで脱獄でもしたらどうなる? それこそ『反逆者』の汚名を着せられ、陛下や宰相たちの思う壺だ。そうなれば私は二度とこの国にはいられなくなるし、君たち弟子にも迷惑がかかる。それに……」
クレマンティーヌは少し声を潜めた。
「牢の中にいれば、外の動きも敵の次の手も見えやすい。それに私を陥れた連中も、私がここにいる間は少し油断するかもしれないからねえ。まあ、心配せずとも、私だって死ぬつもりは毛頭ないさ」
クレマンティーヌの落ち着き払った態度と、言葉の裏にある計算高さ。
アニスは師の真意を悟り、ぐっと唇を噛んで俯いた。
師はただ無策で捕まっているわけではないのだ。
「……わかった。クレアがそう言うなら……私たちは外で動く。必ず、クレアの無実を証明してみせるから!」
アニスは顔を上げ、決意を込めた強い瞳で師匠を見つめ返した。
「ああ、頼んだよ。ただし、無茶だけはするんじゃないよ。君たちの身に何かあったら私が牢に入った意味がなくなるからね」
クレマンティーヌは優しく微笑んだ。
「ところで例のキルア族全滅の話……ヒイラギとマツバにはもう伝わったのかい?」
「……クレアが逮捕されたって話と一緒に、罪状も王都中に広まってる。もう知らない人はいないと思う。ただ……マツバはあの後、急に熱を出して寝込んじゃって……まだ何も知らないの。ヒイラギは……姉様が、ローレルとアロマティカスと一緒に、転移魔法でキルアの故郷があるっていう東の大地へ送った。自分の目で確かめたいって……」
「そうかい……マツバが熱をねえ……無理もないか。あの子は繊細だから」
クレマンティーヌの表情に、わずかに憂いが差す。
「ザックスの診立ては?」
「『過労と心労が重なったんだろう』って。ディルとチャービルったら、私がマツバをあちこち連れ回すからだって、また私を責めるの! ひどくない⁉」
「ふふ、まあ、君がマツバを気に入っているのはよくわかるけどねえ」
クレマンティーヌはくすりと笑った後、真顔に戻る。
「……ザックス、か。アニス、よくお聞き。今回の件が、誰による、どういう陰謀かはまだわからない。だが、もしこれが君たち次代の力を削ぐためのものだとしたら……王女である君たちを無条件で守り、かつ、いざという時に頼れる力を持つ大人は今の王宮には少ない。私を除けば、あとはザックスくらいのものだろう。彼に伝えておいてくれないかい? 『次の標的はあなたかもしれないから、くれぐれも油断しないように』とね。まあ、あの抜け目のない男のことだ。すでに何か感づいているかもしれないけれど」
「……次の、標的……それって、やっぱり……私や姉様の力を削ぐために、誰かがクレアを罠にはめたってこと……?」
アニスの声が震える。
クレマンティーヌの言葉は、彼女が抱いていた最悪の疑念を裏付けるものだった。
「そんな……まさか……お父様が……?」
父、アノス王が関与している可能性。
その考えがアニスの心を重く締め付ける。
信じたくない。だが最近の父の言動、クレマンティーヌへの仕打ち……アニスはやり場のない怒りと悲しみで再び俯いてしまう。
「……まだ、そうと決まったわけじゃないさね。それに、何度も言うようだけど、私にキルア族を皆殺しにするような動機はない。そもそも、そんな真似ができる存在が他にいるのかどうか……」
クレマンティーヌは敢えて冷静に言った。
アニスをこれ以上動揺させないための配慮だ。
「……うん」
アニスは力なく頷く。だが父への疑念の種は彼女の心に深く根差してしまう。
「……どうして、こんなことになっちゃうの……せっかく、姉様とヒイラギが良い雰囲気になったばっかりだったのに……」
彼女は数日前の、アリスとヒイラギの幸せそうな姿を思い出し、小さな声で呟いた。
「おや? あの2人、何か急展開でもあったのかね? これは聞き捨てならないねえ。詳しく聞かせてくれないかい?」
クレマンティーヌは暗い雰囲気を変えようと、興味津々な様子で身を乗り出した。
「もう! 急展開なのはクレアの方でしょ!」
アニスが思わずむっとして言い返す。
そんなやり取りに2人の間にほんの一瞬だけ、いつものような笑いが戻った。
クレマンティーヌとの面会を終え、アニスは牢獄を後にする。
足取りは重かったが瞳には先ほどまでの迷いはなく、強い決意の光が宿っていた。
牢獄の出口で、ディルとチャービルが心配そうに待っていて合流する。
「先生の様子はどうだった?」
チャービルが小声で尋ねる。
「うーん……まあ、いつも通り、と言えばいつも通りかな。クレアは自分が死ぬなんて微塵も思ってないみたい。絶対的な実力への自信があるから、どこか暢気なのよね……」
アニスは少し呆れたように、どこか安心したように苦笑した。
「いざとなったら、私たちなんか頼らずに、1人でさっさと脱出しちゃうんでしょうね、先生は。まったく……『弟子なんだから、師匠のピンチには駆けつけなさい!』くらい言ってくれれば、こっちも動きやすいのに!」
ディルが、少し不満そうに頬を膨らませる。
「ふふ、その時は私が先陣を切って助けに行くさね」
アニスが、クレマンティーヌの口調を真似ておどけてみせると、3人の間にまた小さな笑いが起こった。
少しだけ気持ちが軽くなった3人は今後のことを相談するため、ひとまずザックスの教会へ向かおうと転移魔法の術式を展開する。
青白い光が3人を包み込もうとした、その瞬間。
「お待ちください、アニス姫様」
重々しく、冷ややかな声が背後から響く。
振り返ると、そこにはパルパティーン宰相が、数人の衛兵を伴って立っていた。
「陛下からのご命令です。アニス姫様には当分の間、王城からのお出ましを禁じます。これは姫様の御身の安全を慮っての措置。どうか、ご理解いただきたい」
「なんですって……⁉」
「姉君であらせられるアリス姫様も同様です。現在、どちらかへお出かけのようですが、お戻りになられ次第、同じく外出禁止となります。……それからクレマンティーヌの弟子であり、宮廷魔術師見習いの……」
宰相がディルとチャービルに視線を向ける直前、アニスは2人に向かって目で鋭く合図を送った。
(早く行け!)
ディルとチャービルは一瞬躊躇したが、主君の意図を汲み、即座に転移魔法を発動させた。
2人の姿が光と共に掻き消える。
「……む。宮廷魔術師見習いの7名の魔女も同様に、王城からの外出を禁ずる、と……まったく、これだから庶民出の側仕えは。目上の者が話している最中に、無断で立ち去るとは礼儀を知らんにも程がある」
パルパティーン宰相はディルたちが消えた空間を忌々しげに一瞥し、ブツブツと呟いた。
宰相の冷徹な瞳には何の感情も浮かんでいない。
ただ、計画通りに事が進んでいることへの満足感が漂っているようだった。
アニスは宰相の言葉を聞きながら、言いようのない不安と怒りに身体を震わせる。
これは明らかに自分たちの行動を封じ込めるための措置だ。
クレアの無実を証明させないために。真実にたどり着かせないために。
(お父様……どうして、ここまで……!)
父への疑念が、確信へと変わっていくのを感じた。
(ディル……チャービル……! お願い、捕まらないで。そして、みんなに伝えて……! 王城には戻らず、必ず、キルア族を襲った真犯人を突き止めて……!)
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