Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第一部 揺動のレジナテリス

10.孤群の牙虎 エドガー・アークライト(E-017)

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 王都のギルドホールの裏門――と呼ぶにはデカいが――を潜ると、
大勢の戦人と職員が三々四五で散らばっていた。

 名前は知らないが顔は知ってる、そんな距離感の戦人が数名、
こちらに気づいて遠巻きにヒソヒソ話してやがる。




 おいおい、堂々と話しかけて来い――と思いながら吹き抜けから見える最上階に目をやると、
階段から降りてきたギルド嬢が慌ててこちらに駆け寄ってきた。


 「お疲れ様です! グランドマスター!」
 その声でザワっと周囲が騒めいて全方位から視線が注がれた。

 「おい……シェーラ、ホールじゃ名前で呼べっていつも言ってんだろ?」
 「す、すみません! つい……」


 そう言いながら官帽が落ちる程に会釈する柔和な女は、ミストレスのシェーラ・クィーンだ。 


 フォーマスターと呼ばれるギルド上役は頭文字を取って4Mと呼ばれる事もあるが、
その内の一つがミストレス――ギルド嬢を統括する役職で、
王都ミストレスともなれば国内ギルド嬢の頂点に位置する。

 が、いつまでたっても弟子気分が抜けない。


 元はAランク戦人として組んでいた時期もあるが、今の姿からは想像できないような
苛烈な戦い方をしていた。家の事情がそうさせていたのかも知れないが、
経験を活かせるギルド嬢へ転職を勧めたことは間違いでは無かった。
それほど今のこいつの姿は見た目と符合している。

 おまけで得た男爵位が霞む程度には。
 

 「あいつら来てるか?」
 
 「あ、はい、いつもの所でお待ちになってます」
 「そうか。フリードは居ないのか?」

 「はい、メイヤーはメルチェ様の所にお出かけになっています」
 「またかアイツは……まぁ元職人だし、しゃーねぇが……ちゃんと仕事してんのか?」
 
 「そ、それは……も、もちろんですよ! フリード様は素晴らしいメイヤーです!」


 メイヤーはギルド長を指しギルド全体を監督する所謂トップだ。
王都のメイヤーともなれば、絶大な権力を誇り、グランドマスターの決定を仰がずに
行動できる裁量も持っている。 

 調理ギルド出身だったこともあり権力を鼻にかけるようなことはしないが、
食に関する案件があるとすぐに生産統括のメルチェとつるむようになってしまった。

 まぁ恐らく酒だ。何か新種の。自分にとって損にはならないので放って置く。

 トップが居なくても仕事が上手く回ってるなら、組織としてなんら問題無い。


 二階に上がり商人の喧騒を横目に素通りして三階に上がると、
金属が燃えるような匂いにうっすらと包まれる。
ホールで溶接するなって何回言えば解るんだこいつらは。
 
 言っても無駄なので、集中で往来に気づく様子もない職人連中が両側で作業するのを
珍獣を観察するかのように眺めながら、突き当りのヘッドオフィスへ向かう。

 東棟三階にあるオフィスはメイヤー室で、殆ど居ないフリードの承諾を得て身内の集合場所、
つまり溜まり場として活用していた。誰かしら居てくれた方が有り難いらしい。  


 扉を押し開けると、王都で一番大きい建物にしては簡素な室内が視界に飛び込んだ。


 「……遅いですよエド」
 「どーも、師匠」
 ソファーに向かい合って座っている二人、右側にはレンジャーギルドマスターで
《聖樹》の異名を持つウルシュ・シルハヴィが座っている。
 細身で対面に座っている優男よりも背が高く、風に揺れる樹木と言うよりは
《鍛えられた銀の矢》のような女だ。

 そしてその対面に座っているのが、ロータル・ベーレンス。
3つ年下だが同年代の護民官で領主でありながら戦人稼業に精を出している。
官僚として上役に当たるが、今でも俺を師匠と呼び続ける、
誤解されやすい軽薄な素行に反して割と律儀な男である。


 「悪ぃ悪ぃ、ホームに寄ってたんだよ」
 「とか言いながらシャクフィーと遊んでたんじゃないんすか?」

 「あんなギャンブル中毒どもと一緒にすんな、ちょっとしかやってねぇよ」
 「ふぅ、結局やってたんですね」

 小さく溜息を付いて恐らく職員が持って来たであろうティーカップを口に付けるウルシュに、
苦笑いを返して奥の席に腰を掛ける。


 指折りの硝子工が作成したという一枚窓は一階のホールが一望出来て中々に気に入っている。
普通メイヤーの席に座ったりはしないが、部屋の主が居ない時に限っては席を借りる事が多い。
ヘッドホールではここだけが唯一落ち着ける場所だ。


 「で……わざわざ呼び出した要件はなんだ?」 


 俺が基本的にホールには来ない理由は、メイヤーに業務を一任している立場上、
その上役がホールに居るのは望ましくないと思っているからだ。
そう思っていることを良く知っているロータルがそれでもここに呼びつけた理由は
考えずとも容易に想像は出来た。

 それはこの部屋が《最も安全に密談が出来る》場所だからに他ならない。
 

 周囲に聞かれたくない話があるから呼び出した、という事はウルシュも理解しているだろう。
だからこそ彼女は左側に座っている。弓を壁ではなく背もたれに立てかけて。 


 「……それなんですが。どうも帝国の皇女がレインフォールに侵入して捕まったようです」


 ロータルの言葉を受けて一瞬思考が固まってしまった事は否めない。ウルシュも同じだろう。
なぜなら《有り得ない》からだ。
 
 帝国は遥か東に位置し、王国東端エスパニ領イベリスよりも更に大河を挟んだ向こう側に存在している。
イベリスから王都まではレネ山脈を塞ぐセビリス、
エスパニとオクシテーヌの境にある関門街パルベス、
セントラル地区との境にあるノアゲートと要害や関門が幾つもある。

 話が事実なら、その全てが内通している事になる。
 

 「……んな訳ぁねぇだろ? どうやって入り込むってんだ」

 脳内で地図を広げ色んな状況を想定しながらも、答えが出ない状況はウルシュも同じようで、
小さな目配せで話の続きを待つ事に同意した。


 「普通に考えれば無いっすね……一昨日の朝議は、レインフォールで猛獣?
が出たって話でしかなかったんすよ。それで気になったんで昨日は朝議に行ったら、
臨時朝議があったとかで定例は中止になってました」

 「それは……またおかしな話だな。臨朝だろうが正式な通達が無いのは妙だ」

 「エド、前に朝議には日報があると、話をしてませんでしたか?」
 「ん? ああ、そうだ。そんだけ大ごとなら書記が知ってんじゃないか?」

 「そうすね、それで確認したかったんですが……師匠、こっそり聞き出せますか?」
 「いや……言っといてなんだが、無理だろうな……」
 

 『朝議や議会は書記が最低2名同席しなければならない』というのは国法で定められている。
休日でなければ筆頭書記のアクレイア卿が臨席しているだろうが、
誰よりも守秘義務に厳しく業務に忠実な彼が内容を漏らすことは絶対にないと言える。
もし例外的に聞き出せるとしても、二役までだろう。

 そしてその2人から聞き出せる気がしない。


 「あ、そういえば筆頭書記と一緒に城食に居た新人書記官の……サ……サ……、
すみません、名前は忘れましたが、あの子ならウッカリ漏らすかも知れませんよ」

 「新人書記? どんな奴だ?」
 「綺麗な白金色のボブカットで、何かオドオドした感じの子です」


 ロータルの人物評を聞いて一人だけ思い当たる新人書記が居たが、印象が少し異なっていた。

 数日前に議場での研修を終えて階下にゾロゾロと下りてきた新人書記官達の中に居たその娘は、
談笑しながら先行する同僚の最後尾を歩いていた。それは俺もよく覚えている。

 なぜなら――その女は不安そうな顔で付いて行きながらも、足音を全くさせなかったからだ。
 

 《潜伏》の上級者かと見間違える程に、完全に《気配を絶って》居た。見た目は普通の娘に、
Sランクに最も近いと言われた俺が、会釈されるまで存在に気づけなかったのだ。

 丁度考え事をしていて集中が途切れていた、と言われればそうかも知れないが。


 「あと……城内で妙な大男を見ましたね」
 「大男? どんな――」
 「――エド、ちょっと待って」


 思案しながら話を順に整理していると、突如ウルシュが右掌を突き出して制止した。

 無言で立ち上がった彼女は赤絨毯の上を滑るように近づき、通り過ぎて硝子窓に手をついた。


 覗き込むようにホールを見つめる彼女に釣られて立ち上がる。

 「なんだ? 下でなんかやってんのか?」
 「……揉めてる」




 1階ホールには先程と似た感じで客と職員が点在しているが、
往来が止まって一点に視線が注がれているように見える。

 衆目が一点に集まる先を辿ると、メディエイトカウンターで一人の子供に応対する職員――
シェーラが確認出来た。


 「なんだありゃ? なんで子供がこんなとこに来てんだ?」
 「……行ってくる」

 自前の弓を置いたままケープをなびかせて部屋を飛び出したウルシュを、
顔を左右に追って見送ったロータルは、両手を広げ肩をすくめた。

 「珍しいですね? ウルがあんなに慌てるの」
 「あー……確かにそうだな。下に何が……ああ、あれか」

 再度ホールでシェーラが相対している子供に注視して、理由が解った。


 子供が背にしている妙に長い弓、あれにウルシュは反応したんだろう。

 レンジャーギルドマスターとしてボウクラフトも副業にしている奴が興味を持つのも当然だ。
遠目に見てショートボウの3倍はあるであろう弓を
ガキが持ち歩いてんのだから、ウルシュで無くとも気にはなる。


 「長弓ですか? あんな目立つ子供、見た事があれば覚えてるはずですが」
 「確かにな。まぁ今は放っとけ、あとでウルシュから聞きゃいい」

 「まぁ、そうですね。えっと……どこまで話しましたっけ」

 ロータルは腕を組むと、パチンと指を鳴らし、そうそう、と続ける。


 「大男の話でしたね。昨日庭園で朝議を待ってたら、王子がソイツを引き連れて、
東通路を歩いてるのを見たんですよ。そのままホールに消えて行ったんですが……」

 「ホール……どんな男だった?」
 「そうですね、後姿だったんで顔は見てないんですが、かなり背の高い色黒の坊主でした。 
それがなんて言うか……風体に似合わない子供っぽい可愛い声してるんすよ」

 「かわ……本当か??」
 「元気な声で『綺麗だな~』とか言ってました。似合わな過ぎて引きましたが」
 
 「そりゃぁ俺でもビビるな。他に気づいた事はあるか?」
 「その大男が担いでいたのが褐色の女でした。多分あれが皇女じゃないです?」
 
 「まぁ、話の前後を考えると間違いなさそうだ」

 
 一昨日の朝議で指示を受けた王子がレインフォールに向かう。帝国皇女と出くわし拿捕する。
どこぞで合流した幼声の大男を上手く使って王都まで連行する。
朝議より前に女王に謁見して、臨時朝議が開かれ書記官が呼ばれ、通常朝議が中止になった、と。

 流れはこんな感じだろう。少し違う気もするが、分からないもんはどうしようもない。

 「そういえば、一昨日の朝議は誰が来てたんだ?」
 「えーっと……ドイエン卿、アデラール卿と王子、あとは書記に……元老長ですかね」

 「あの狸、まだ王都に居やがんのか」
 「なんか急いで帰ったらしいっすよ。多分昨日の臨時朝議には居なかったかと」

 「……匂うな。最近やたらと絡んできやがるからな。で、他に何かあったか?」
 「いつも通りらしいっすよ。元老長と王子が揉めて。アデラール卿も王子を窘めたとか……
珍しいですね、普段なら何も言わないのに」

 「そうか……俺も行きゃよかったか。まぁけどエリの神経、逆撫でするだけか」
 「まだ駄目なんですか? 相変わらず成長しませんね、王子も。確か弟弟子でしたっけ?」


 確かに王子エリアスは師を同じくするが、任期が違う衛兵としてではなく、鍛冶師としてだ。

 鍛冶ギルドマスター、ゴッズハンスの元で汗水を流した間柄で、
弟というよりも息子同然に面倒を見てきたという経緯がある。

 成長につれ性根が捻じ曲がり関係を絶ち続けた今の王子にとって俺は目障りな存在だろう。
それが分かっているから城には顔を出さないようにしている。

 まぁ王子が今最も顔を見たくないのは狸卿の方だろうが。

 
 「そのくせ、人伝てにこんなもん寄越しやがるからな」
 
 
 懐から出してヒラヒラと振って見せたそれは王城からの指示書だった。
ギルドのピジョンに届いた封書を雑に開けて、引っ張り出した冒頭には王子の筆跡でこう書いてあった。


 《リコ・レンティと名乗る少年がギルドホールに来る、素性を隠し便宜を図れ》

 
 頼み事くらい直接言いに来いという思いを上書きしたのは、そこに書かれた姓の方だった。


 遠い記憶を遡ると、冒険家を目指した頃の原風景の中に、不意にその名前を見つけたからだ。  
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