Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第一部 揺動のレジナテリス

11.護王の青茨 シェーラ・クィーン(S-078)

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 「あのね……職業は成人しないと登録出来ないのよ」


 ヘッドギルドのホールに突然やって来た栗毛の子供は、明らかに7,8歳の背格好をしていた。

 何度説明しても、体格に合っていない長弓を背負った愛らしい面構は、
同じ事を言い続けて、全く引き下がろうとしない。


 「だからぁ、ここに行けって言われたんだよー! なんか登録してこいって」

 「何度も言ってるけど、無理なの。10歳になったら来てね?」
 「16だってば!」
 
 どうして嘘をついてまで職業登録をしたがるのか理由はよく分からない。
就労年齢まで、少しでも遊ぶ為に引き延ばす子が多い位なのに。
職を得て初めて大人と扱われるのが普通だが、親が裕福で収入があれば子は怠けたがる傾向にある。

 ここまで食い下がるくらいだからきっと親が居ないか、貧しいかのどちらかだとは思うけど、
規則を曲げる訳にも行かないし、流石にそこまでの権限はない。


 「あのね、未成年でも働ける所はあるから、最初はそっちで――」
 「――どうした? シェーラ嬢」



 名を呼ばれて振り返ると、性別を見間違える程に引き締まった女性が目に入った。
階段を下りてこちらへ来る間、周囲の視線がザアっと美しい碧髪に注がれる。

 「あ、ウルシュ様、お騒がせしてすみません。エドガー様はいらっしゃいましたか?」
 「オフィスでロタと話してるが……その子は?」

 「それが……」

 数刻前からのやり取りをかいつまんで説明すると、興味深そうに少年に近づいて腰を落とし、
足先から頭の先までゆっくり見上げた彼女は、最後に長い弓を見て――フッと笑った。


 「君……面白い物を持っているな、それをどこで手に入れた?」
 「え? ウチにあったの持って来ただけだけど?」

 子供は長弓を見上げながら、頭2つ分以上は低く目線を合わせている目の前の女性に答える。
ウルシュは『ほぅ』と関心とも吐息とも取れる低音を鳴らすと、継いで――言った。


 「すまないが、少し気になる事がある。私が話してる間にエドに確認してきてくれないか?
フリードが居ない以上、エドに任せた方が無難だろう」

 「わ、分かりました。それでは少しお願いします」

 
 ウルシュの言葉を受けて、急いで階段を駆け上がり、
薄く煙った生産ギルド棟を通り抜け、扉を軽く手の甲で叩く。
応答を待って中に入ると、難しそうな顔のギルマスが目を向けた。


 「あ、すみません……取り込み中でしたか?」
 「ん? いや、大丈夫だ。上から見てたが、あれの話か?」

 「え、ええ……どうみても子供なんですが、職業登録をしにきたと……今はウルシュ様が」
 「ああ、いいぞ、やってやれ」

 ソファで聞いている護民官が苦笑いとも取れる表情で情報を補足する。

 「あれ、どうも王子の身内らしいよ? 特昇するしかないんじゃないの」
 「で、でも……ギルドはどうするんですか? 商人ベンダー職人ビルダーには見えませんが」


 「そりゃそうだ、どこをどう見てもありゃウルシュの管轄だろ。丁度いいじゃねぇか」
 
 物凄く軽く、興味が無さそうに言う権力者に、流石に再確認をする。


 「ほ、本当によろしいんですか……後で面倒な事になりませんか?」
 「俺を誰だと思ってんだ。あ、あとアイツ不定民だから。後見俺で住録も頼むわ」

 「え……っと、それは幾らなんでも……何者なんですか? あの子」
 「何言ってんだ、お前もそうだったろうが」


 二十年近く昔の事を掘り起こさないで欲しいと思いながら、それもそうかと納得させられた。

 素性が知れない子供に対して警戒心が沸かないのは、どこかしら《彼女》に似ているからだが、
王国と女王に危険な存在なら警戒しなければならない。

 決意を眼前の上役に悟られないようにと表情を作って、染み付いた執事礼で意を受け取ると、
再び階下へと急ぎ、ベンチに並び親子のように談笑する二人の元へ戻った。


 「ハァハァ……す、すみません、遅くなりました」



 「いや、大丈夫だ。それでどうだった?」

 「は、はい、その子はエドガー様の預かりで住録後……職録ということで」

 公に出来ない話に無意識に語尾が小さくなるのに気付いたが、
ウルシュもそれを察してか目配せで東階段を指した。

 意図するはすぐに分かったが、当然時間外である。
 
 「そうか、それは丁度いいな」
 
 そう呟き笑ったように見えたウルシュは、目立つ容姿を《誘導》と《抜足》を駆使して隠し、
メンターやメディエーターと談笑しながら、スッと階段裏の地下へと消えて行った。 

 不思議そうな顔で見ていた子供の手を引いて立ち上がらせると、小動物を連れた気になった。
そして、なんとなく少し気恥ずかしくなって今更な事を聞いてしまうのだった。


 「そういえば君、お名前は?」


 
     ***
 
 「……なんなの、この子」

 
 かつて数々の冒険者が血と汗を流し、力と技を磨いた地下の修練場で幾つかの検定を終えた
子供は、水筒に口を付けて審査官のウルシュと何やら話している。

 住民登録ついでに簡易検定を行ったが見た事が無い程に、この子の能力は《尖って》いた。
詳細検定は次期を待たないといけないとしても、現時点で――


       Rico LENTI  Age:16  Lv.13
    Vitality:41 Aggressivity:49 Defensively:22
    Dexterity:65 Evasionality:59 Elementally:29


 レベルは年齢が事実であれば同年代と比べて低く、見た目と比較したら極端に高い。

 体力精神力は平均程度で体格相応に耐久力は無いに等しく、抵抗力は多少マシな程度である。
目立っているのは巧緻性と回避性で、この2つはシニア冒険者と比べても見劣りしない。

 精霊術は覚え始めで基礎精霊術の知識が無いだけで、今後伸びる可能性が高い。


 とにかく元Aランカーとしての評価は、《伸びしろが凄そう》としか言えない。
将来性で考えると努力で何とかなる部分が低く、素質や才能による先天的能力が軒並み高い。

 妙な弓を持ち歩くだけあって、投射に必要な能力に特化していて、
小柄なお陰で身軽でもあり、そしてとにかく眼が良い。

 ただ視力が良いということではなく、性能がずば抜けている。

 
 不規則に発射される的を、高低差ある様々な足場から障害物を躱し、時には空中で放ち――
何故か追尾するように弧を描く――ただの木矢で撃ち落としていく有様に、
どちらかと言えば冷静なレンジャーギルドマスターの方が高揚しているように見えた。
 

 「君は……それだけの技術を一体どこで身に付けた?」

 国選審査官の問いかけは当然の疑問で、仮にどこかしら辺境貴族の隠し子として
初等教育を受けていたとしても、上品で気弱か口と態度だけの名ばかり剣士が
出来上がるだけでしかなく、王国の教育制度からは絶対に出てこないタイプ。そういう印象を受けた。


 「え? ウチの近所だけど……えーっと……エリアスはレインフォールって言ってたかな」

 「エリアスって……まさか王子の関係者か? シェーラ嬢はこの事を知ってたのか?」
 「それは先程……って、え? レインフォール……? その事は何も仰って――」

 「――こっちは任せて、もう一度聞いてきてくれ、エドこの子をどうしたいんだ」
 「わ、わかりました! すぐに戻ってきます!」


  
 地下から長い坂道を駆け上がりホールで平静を装って息を整え、3階まで駆け上がると、
廊下の小窓から差し込む日の光が、既に正午を回っている事を示していた。
 
 駆け込んでも誰も気にしない職人達の中をすり抜けて、扉を叩き返事も待たずに飛び込むと、
目当てのグランドマスターよりも一回り小さくて、華奢な立ち姿が部屋の奥に見えた。
 

 「――っと、なに!? シェーラ嬢」
 「あ、す、すみません! エドガー様は……」

 「師匠なら少し前に出てったけど。どうだった? 例の王子の隠し玉は」
 「し、知ってたんですか! レインフォールって……あんな所に住んでるんですか?」

 「いや、聞いたのはついさっきだよ? 指示書を見せて貰ったのもね」
 「あ、あの子は何者なんでしょう……ウルシュ様も扱いに困っているようでしたが」

 「さぁ? 師匠はウルに任せときゃいいって言ってたし、好きにすればいいんじゃ?」

 興味無さそうに適当に答える護民官は、見た目とは裏腹に現在この建物の中に居る誰よりも、
もし仮にメイヤーが戻ってきたとしても、最も上役であることには間違いない。
その彼が言うのなら問題は無いんだろうけど、『好きにする』とは何を指しているのだろう。


 上役2人から丸投げされているであろうウルシュに同情してしまうが、何も出来ない以上、
最低限彼女が疑問に思いそうな事は先に確認してあげるべきかもしれない。


 「その……指示書、にはどのように書かれてたのでしょうか?」
 「ん? 見る? 師匠置いてったけど、そこに」

 「い、いえ! 流石にそれは……無理です。というか……なぜこんな所に放置……」

 「あの王子とは色々あるっぽいよ、巻き込まれると面倒だからあんま気にしない方がいい。
んで、その指示書に書いてあったのは住民登録と、特昇もついでにやっとけって話なんだけど、
多分それよりも重要なのは、その後の3つだろうね」

 ベーレンス卿が挙げた二つの指示は意図が良く解らないが、考えるなと目が語っているので
考えるのは止める事にした。指示を口頭で渡してしまえば肩の荷だけは下りる。

 指示を封書で送り付ける王子とアークライト卿の確執とか、
危険生物で溢れるホットスポット出身の子供の事とか、
興味は尽きないが、余り深くは知りたくない。

 《出身地は王都郊外のいずれかで登録すること》
 《この件は関係者以外には一切口外しないこと》
 《次の指示までに使い物になるようにすること》

 どう考えても穏やかではない指示を混乱する頭の中に携えて、再度地下へと走った。
 


 「何を考えているんだ、エドは……いや、ロタもだ」

 同感だけど、それを口に出来ないのが辛い。
そもそも倍近く年上の男性を渾名で呼ぶ彼女に同情はしても共感出来ないものがある。
元パーティー仲間であることが理由だろう。

 「ロータル様が仰るには……エドガー様がウルシュ様に丸投げしてるのだから
ウルシュ様の好きにして良い、という事かと……次の指示が出るまでだとは思いますが」


 「……本当に好きにしていいんだな? 知らないぞ? 好きにやらせてもらうぞ?」
 「わ、私に確認しないでください……決められませんから!」


 物騒な話をする2人を尻目に、騒動の張本人はと言えば楽しそうに遠くの的を遠射していて、
気持ち悪いくらいにバスバスと的中させている。
動かない的は木偶に等しい、とでも言うのか。

 それを隣で眺める弓の名手は明らかに楽しそうに見えた。


 押し付けられた割に満更でもなさそうな一流の弓師は、片手を挙げ声を張り上げる。

 「リコ! もういいぞ! 今から私に付いてこい! 何かやり残したことはないか?」
 「別にないよ? エリアスからも何も言われてないし、何していいのかわからないし」

 「了解だ! 今から走るぞ! 夜までに目的地に着いておきたい!」
 「え? どこいくの?」


 「楽しくて愉快な……遠出の時間だ」


 不安しかないやり取りの後、走り去る前にウルシュから伝えられた言葉を封書に記して、
エドガー卿のピジョンに放り込む。
 いつ戻るかどこに居るか分からない人を捜して回るよりも、書箱に入れておいた方が確実だし、
直接話すよりも面倒が少なそうだ。そしてそもそもそんなことをしている暇はない……

 きっとみんな忘れている――ギルドミストレスの忙しさを。


 「あれ? シェーラ様、これらの封書はどちらに?」

 「その2通は別件だから、一つはベーレンのリーゼ宛に速達……2便はもう出たんだっけ?
誰か空いてそうな人居ないかしら? もう一つの方は通便でも良いんだけど」

 「分かりました、ラウンジ見てきますね」
 そう言うとポスト嬢はカウンターに《離席中》の看板を立てて、ホール併設の酒場へと走る。


 しばらくして戻って来た彼女は、ぞろぞろと4人のシニアパーティーを引き連れて来た。


 「あ……貴方達まだ王都に居たのね。これ、ただの配送依頼だから一人で良いんだけど」   

 「あ~、今から護衛任務受けてベーレンまで戻るんで、ついでっすわ、つ・い・で」


 リーダーであるイーオは含んだ笑みを浮かべて、小さな茨が押印された封書をひったくると、
他の3人に緩い号令をかけて、大中小と隊列を引き連れて、正門を出て行った。



 問題は多いにあるのだろうけど実力だけは確か……と溜息は飲み込んで業務に戻るのだった。
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