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第一部 揺動のレジナテリス
19.悔恨の鼠族 ギャレット・エンブロイ(G-027)
しおりを挟む無理無理無理無理ムリィイイ!
すいません!
ごめんなさい!
ホンットにムリ!!
汗か涙か、よだれか波飛沫でヌルヌルの顔を振り乱しながら、
海廊をひたすら走った、
とにかく走った、
何が何でも走った、てか逃げた。
流し前髪がベッシベシと横っ面を叩いていたが、そんなこたどうでもいい、
なんでもいい! とにかく死にたくねぇ!!
猛烈に痛む肺と横っ腹を必死に握り抑えながら、数刻前の走馬灯が脳裏を駆け巡った。
***
輸送隊の護衛として白銀海崖に入って大分経った頃、余りの温さに拍子抜けし始めていた。
猛禽系のスポットとして難所認定されている南オクシテーヌ海崖の岩肌に掘られた回廊は、
危険はあるが見返りの大きい密輸ルートとして、裏では割と名が知られていた。
モドバル商会子飼いの戦人として護衛の任務が入ったのは3日前の事で
昇格したばかりの俺にとって、初めてのBランク依頼だった。
難所ではあるが白銀海崖はBランク相当のエリアで、寄せ集めパーティーとは言え商会に
斡旋された面子は全員が同ランクということもあり、
『たかが鳥だろ?』と、端から舐めてかかってた事は否めない。
つか正直舐めてた。
依頼開始当初は、会ったばかりの面子と自己紹介なんてしながら和気藹々と景色を楽しみ、
何を護衛しているのかも分からないまま、御者に隠れて談笑なんてしていた。
「で、アレって何なんですかね? なんか臭いますけど……獣でも載せてるんでしょうか」
そう言ったのは剣士として同行していた若い男、確かノリスと名乗ってた気がする。
「奥の木箱ですよね……さっきそれとなく聞いてみたんですが、黙って座ってろって……」
そんな風に怪訝そうに、鞭を振る御者を横目で見ていたベテラン女ヒーラーのレイリ。
「そういや、こんな話を聞いた事があんだが、お前ら知ってっか」
口を挟もうとした矢先、盾持ちのゲイルがヒソヒソと話し始め、俺のターンを遮る。
「……最近クロスビレッジで子供が消えてるって話聞いた事あんだろ」
「ええ、私もついこの前、変わった髪型の警備にアレコレ聞かれました」
「あ、僕も知ってますそれ、なんかマニアックな武器持った2人組っすよね?」
あ、それ俺も知ってる――と言いかける間もなくゲイルが続ける。おい、俺も混ぜろ。
「そりゃジャックリーパーだろ、そんなこたどうでも良いんだよ。そっちの話じゃなくて、
貧民街の孤児だの犯罪で捕まった子供をな……エスパニに送ってるって噂だ」
……そりゃ初耳だわ、ちょっと大人しく話聞いといた方がよさそうだ。
「え……それ……まさか荷台のアレ……」
「……」
「いやいやいやいや、流石にないでしょー、なんも音しませんし」
「で、ですよね、ビックリしちゃいました。本当だったら受けませんよ、そんな依頼」
「ま、実際の所は俺にも分かんねぇんだけどな。けどよ気になんねぇか?
確かに難所ちゃ難所だけどよ、報酬が高すぎんだろ。しかも到着後の現地払いってのが胡散臭くね?」
「そ、それは僕も思ったすけど、モドバル商会だから深く考えて……」
「そ、そうですよ。エスパニの大商会ですし、報酬は私もこんなものなのかなと」
「……」
「ま、俺もそこは気にしてねぇんだけどな。
そもそも犯罪者がセビリスへ送られるって話は特に珍しい話でもねんだわ。
古くから開拓に犯罪者を使ってたって話もあっからな」
「お詳しいんですね、ゲイルさん。私はルールの出なんで東部は余り詳しくないです」
「僕は北オクシテーヌなんで割と近いんすけど、パルベスにも行った事ないっすね」
「お、おれは――」
「――でな、この件に関して一個面白い話を聞いたことがあんだよ、俺」
「な、なんですか?」
「え、なんすか?」
「……」
「……エスパニに送られた犯罪者が開拓だのしてんのを、誰も見た奴が居ねぇってんだよ」
「え? ええ? つまり……どういうことなんですか?」
「僕も聞いてて不思議に思ったんっすけど、エスパニって開拓するような所なくないです?
東側は未開拓ですけど森林保護区ですし、山ばかりで土地が無いですよね?」
「ノリス、良く知っててんじゃねぇか。
東エスパニのグレンデス領って言やぁ林業で儲けを出してんだから開拓なんてする訳ねぇ。
西のアラニス領は山岳地で開拓する場所がねぇ」
「……イベリスは私も少し聞いた頃がありますけど、エスパニで一番栄えてる町ですよね」
「お、おれも――」
「――そういうこった。ならなんでガキを、栄えてる町に送る必要があんだ?」
「えっと……つまり?」
「……私達、これ結構危ない橋を渡ってるんじゃ――」
「――だ、大丈夫! 俺に任せとけ! いざとなりゃ俺が――」
この一言が、俺が即席のパーティー仲間だった彼らに話した《最初で最期の言葉》になった。
***
ぶるああああぁぁ、はぁはぁはぁはぁはぁ……んぐぇっ
岩柱に背を預けると、途切れる呼吸にこみ上げる嗚咽、胸を締めつける痛みで吐き気がした。
俺の名乗り上げを待たずに襲ってきたソレは、馬車の2倍くらいある、ロックバードだった。
崖や岩場に営巣して近隣の猛獣すら襲う獰猛な肉食猛禽系で、
その鉤爪でまず真っ先に御者がキャッチされ――
ゲイルが咄嗟に叩きつけたハンマーの衝撃で――
二転三転、打ち付ける白波で霞がかる崖下へ――
まるで時間が止まったかのように、スローで――落ちた。
厚毛で打撃が殆ど効いていないロックバードの金切声と、
ヒーラーの悲鳴がデュアル状態で廊内に反響する中、俺は即座に巾着から打ち根を出し、
両手で交互に6本――投擲した。
狭路でのバックアタックに対応する為に、フォメをセオリー通りのダイヤⅡに設定していた
4人パーティーの最後尾はまさに俺で、
サブアームのチェーンフレイルを腰帯に吊るしたまま、
打ち合わせ通り、予定通りに、何のミスもなく、
完璧に細刃は一直線に敵を襲った。
何本かはロックバードの大羽に刺さって見えたが、特に反応は無かった。
次の瞬間、前足でゲイルを鎧ごと抑えつけ、
メキッという音とグエッという声が同時に鳴り、俺は反射で動いた。
物凄く自然に、全ての経験と知識を総動員して、
俺は反射で――逃げた。
逃げながら考えたのは、ゲイルのウォーハンマーでは全くダメージを与える事が出来ずに、
打ち根は指先にトゲが刺さる程度ですらも無かったのだから、倒す術がないという理屈――と、
頭を巡ったのは『俺が最後尾で本当に良かった』という、最低最悪の自己愛だった。
速攻で踵を返した俺の目に焼き付いたのは、え、嘘、信じられない、というレイリの表情と、
陣形の右翼に立っていたノリスが崖下に叩き落とされる瞬間だった。
っぶ、んごあぁぁぁぁいいいい、いいいってええ
罪悪感と安堵でもつれた足が絡んで盛大に前方に転がり、しこたま砂利に鼻先を打ち付けた。
軽く踏み均らされた馬車の轍の間にうつ伏せになり、垂れる鼻血が地面に染み込むのを眺めた。
っく……っくっそう……情けねぇ……情けねぇ、俺ってやつぁ
昨日今日会ったばっかの連中だったけど、いい奴らだったじゃねぇか……それを俺は――
「――おい、てめぇこら、そこで何してやがる」
いかつい声が頭上から叩きつけられ、見上げた先には見覚えのあるドレッド頭が棚引いていた。
「お……あ、アンタ……グ、グレイドルか……?」
血の味がする口から何とか絞り出した言葉の返答はポールアックスの穂先だった。
「ちょ、っちょちょちょちょ、ま、待ってくれ! お、俺は何もしてねぇ!」
「3秒やる、質問に答えろ。ひとつ、おめぇ誰だ、ふたつここで何してる、みっつ――」
ウーンと悩む素振りを見せる有名変人ペアの片割れが、明らかに3秒以上悩んでいるのを、
俺は苦い生唾を飲み込みながら、速攻で弁明して考える隙を与えない選択を即決した。
「お、俺はギャレットだ! え、えっと、クロスビレッジがホームの駆け出しBランカーで!
しょ、商会! そう! モドバル商会の護衛依頼を……う、受けてこの海廊を――」
「――ちょっと! 護衛って、アンタ達何を運んでたの!」
畳みかけるように矛先を収めようとした俺を、グレイドルの真後ろに居た少女が堰き止めた。
よく見るとグレイドルの相方の他に、もう一人、栗毛の子供が同行しているようだった。
「え、あ……な、なんでこんなとこに子供が」
「よーし質問に答えろ、これが3つ目だ」
鼻先に金属由来以外の冷たい輝きを突き付けられながら、俺は高速回転で言葉を選び抜いた。
迂闊な事を言えば俺の立場どころか、将来と一緒に戦人としての居場所さえも失くしてしまう。
《緊急避難》は誰しもに許された権利だ、何も恥じることはない。
ただアイツらが助かる道が僅かでもあるのなら、コイツらの足を舐めたって構わねぇ!
考えろ俺! まだ間に合う!
「に……荷物に関しては、お、俺も良く知らねぇんだ。御者に聞いても何も言わなかった。
う、嘘じゃねぇ、なんなら仲間に聞いてもらったっていい」
「仲間ってなぁに? お兄さんひとりみたいだけど」
栗坊主が純粋そうな目でこっちを見てくる。
やめろ、見るな俺を、心が潰れんだろうが。
「グレイ、多分だがこの先で交戦してるぞ。さっきから海鳥が騒いでる」
そう! それを言いたかったんだよ!
後光が挿して見えるぞ……えっと、バスターだっけ?
「本当に鳥かぁ? 今朝川下りした時に見たアレじゃねぇのか?」
「いや、ありゃどう見ても鳥って感じじゃなかったぞ、遠目だったから分らんが」
「そうよ、向かってった方が逆だったでしょ、南の方に飛んでってたわよ」
グレイドル、バスター、女の子と、話がまとまる様子が無い中で段々焦る俺を救ったのは、
意外にも一番何も考えて無さそうな栗毛の子供だった。
「そんなことより行ってみようよ。誰かいるんだったら助けないと」
***
ついてこいと言われ、最後尾に立って少しだけホッとした俺は、
顎で指図するグレイドルと軽く頷くバスター、
そして子供2人の――フォメを見て速攻で不安を呼び戻した。
最前列をグレイドルが走り、その真後ろ、というか真ん中に少女が、
そして最後尾横並びに左から栗毛――俺――バスターという立ち位置。
なにこれ? どう考えても変だろ?
少女は素手だし護衛対象として真ん中に囲ってんだろ、それは解る。
栗毛もメインアームが弓だから最後尾ってのも理解出来る。
ただそれなら要人警護用のクロスガードかジャクリーの2人が前衛だってんなら
基本で考えてバードシェイプだろ。なんで後列で俺を挟んでんの?
これじゃどう見ても後衛火力殲滅陣《キャストブレイク》じゃん。
俺ってそんな火力ねぇけど?
色んな感情が入り混じって訳が分からないままに海廊を走って戻るが、
こんなに走ったか?って程に結構な距離を逃げてきたことに気づいた。
人間死ぬ気で逃げれば結構逃げれるもんだ。
なんて訳の分からないことに妙に納得した瞬間に、俺の中である確信がスパークした。
あ、これあれだ。俺を逃がさないようにするためのフォメだ。
すっげ、こいつら頭良い。
「おい、見えて来たぞ、ってなんだありゃ!」
先頭を走るグレイドルが右から左に曲がる海廊の頂点に達した時、まさに現場が目に入った。
まだ少し遠いがロックバードが何かを鷲掴みにしたまま、片方の足で交戦しているのが見える
――鈍く輝く金属鎧が右へ左へ緩やかにうごめいて――ゲイルがまだ戦っていた!
「あ、あそこだ! た、頼む! 助けてやってくれ!」
本心だった。一度は逃げてしまったが、助けられるものなら何としてでも助けてやりたい。
その《一度逃げた》ことへの追求は受けるかも知れないが、そんなことはもうどうでも良い!
やり直せるのなら、俺だってやり直したい! 今度こそ絶対助けてみせる!
「ギャレット、逃げんなよ」
カマをかけるように忠告する鎌使いバスターに、
俺は言葉では返せず、小さく手を上げた。
即答出来ないのが情けないが、一度やらかした奴の信用なんてこんなもんだ。解ってる。
敵までもう少しと言うところで、ロックバードがこちらに気づき、威嚇のような声を上げた。
そしてそれに反応するかのように、力を振り絞っていたであろうゲイルが、
静かに崩れ落ちた。
その隙に手にした獲物を持って飛び去ろうと羽を広げようとするが、何かしらもがいている。
どうやら俺が投げた打ち根が何本か刺さったままのようだった。
あの攻撃は何気に効いてたのか!
――任せて、という澄んだ声が聞こえた時、調弦が鳴り響いて、一筋の光が放たれる。
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