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第一部 揺動のレジナテリス
20.憧憬の欺人 フェリックス・マイヤー(F-022)
しおりを挟む『王国全土を縦横する十字王道、その中央に位置する商人ギルドタワーは、
壮大な外観を備えながら、十字交差点が1階を貫くという斬新な設計で、
天候に左右されず馬車を四方から吸い込み搬入を可能とする施設である。
88キャリッジ本部をも有し、国内唯一荷馬車の乗り入れが可能な聖地、
それが中央都市クロスビレッジ。今日も多くの商人達が詰めかけている。』
――今日から貴方も大商人、央都編――
「うーん……なんだろ、このセンスの無い見出し」
「え~……そうですかぁ~? ほんとはフェリ様をバンッバン推したいんですよ~?」
椅子を回し遠望に広がるリーパー平原の、青々とした景色を眺めながら、紅茶を啜る。
パンフに書かれるまでもなく、中央街を覆うように屹立するタワーの最上階に位置するのが、
商人ギルド『カーバンクル』のホームだ。
再び正面を向いて見渡すと、華美に過ぎる調度品や見た目重視の家具が整然と置かれる中で、
とりわけ目立つ美女――リュシエールが視界を占有している。
リュシエール・スミ―ルは2年程前にフラッと現れて、採用試験を満点突破したことにより、
ギルドマスター専属秘書として抜擢されたという、能力だけを見れば超逸材だ。
夜街に居そうな秘書らしからぬスタイルと、それを惜しげなく曝け出す落ち着きのない服装、
語尾を伸ばす気怠い口調で実務以外の全てが好みから外れる、逆に適任の秘書である。
第一稿は、信者を増やそうと躍起な火精教徒がばら撒く、
ビラのような下品さが目に付いて笑顔でボツにした。
紅口を尖らせていた秘書が持って来た第二稿は、無難な駄文だった。
「そもそも駆け出しへの案内に私の話は書かなくて良いよ?
でも、ホームをそのまま文で表現したって意味ないでしょ」
「だって~言ったじゃないですかぁ~。一番キャッチィなのはフェリ様の経歴なんですから、
《史上最年少グランドマスター!》とか~《バンクルランキング五年連続1位!》とか~」
「だから……参考になんないでしょ、私の話は」
そもそも真っ当なやり方でここまで来ていないのだから、
少なくとも新人商人の頭を悪事に染める訳にはいかないでしょうと、
説明できない事を思案する。
「そこが良いんじゃないですか~……あ、そだ、これぇピジョンに入ってましたよ~」
そう言い彼女が何故か胸元から出した封書には、王家を意味する大樹の封蝋が押されていた。
***
「……フェリ様、どうかしたんですかぁ~?」
迫る肉塊を一瞥して安物の皮紙に視界を移す。
書き殴ったような品性の無い文字で記された、上から目線の文言に溜息が漏れそうになりながら、
抑える。
態度に出すのはマズいと、装ってカップを手に取り口を付ける――空だった。
「ふぅ……君、実務は完璧なのに、本当に気が利かないね」
「え~? なんですかぁ?」
スッと差し出した白陶器を見て『あ~』とサイドテーブルからポットを取るのを眺めながら、
若干の違和感に気に留める暇もなく文面――王子からの封書の意図を探る。
内容を礼儀正しく、常識的に変換すればこんな感じだ。
要人の護衛でイベリスへ行く道中にクロスビレッジに寄る。
宿泊先を手配し、手形を用意し、特級馬車を準備して待て。
好意的に解釈すればただの指示書で、大した内容でもない。
粗製紙に臆面も無く王印を押し、早飛脚で届けさせる程の重要文書でもない。
これは恐らく王子流の《マウント》だろう。
ただ好き嫌いは別にしても、余計な腹を探られるような態度を見せないに越した事はない。
心身が未成熟な事以外はかなり有能な少年だから、成長すればいずれ私達の障害になり得る。
勿論これは誰にも伝えていない。
意図や作為は知る人が増える程、その重みや厚みを失う。これは私の絶対的基本方針である。
簡単に言えば『牙は隠せ』これなら駆け出しでも解るだろうが、教えるつもりはない。
「……どうしたんですかぁ~、なにか問題でも~?」
一度考え出すと思考が止まらない悪癖を、間延びした甘ったるい嬌声が何とか堰き止めた。
「ああ、すまない。いや、王子からの指示書みたいなんだ。内容は大したことないんだけど、
特級馬車ってどっかで手配できるかな? 後は……」
「へぇ~、そうなんですねぇ、そういうことなら任してください! チャってやります~」
「チャ?? って、確か88の特級は全部出払ってたと思うけど」
「へへ~ん、そこは女の秘密ってやつがあるんですよ~、いってきま~す!」
この女の良く分からない有能さは、経歴同様不安になる時がある。それも事実だった。
***
「たっだいま~、あ、戻りました~」
我が家への帰宅から職場への帰所に取り繕ったリュシエールは、二本の紙筒を持っていた。
ハニーチューブと呼ばれる紙筒で、カーバンクルが製紙ギルドと合同でに開発した一級品だ。
キングハニービーというハチの巣を素材にしているので水濡れや破損を防ぐが、
調達や加工のコストが割高な代物である、が手に入らない程ではない。
この程度を惜しみ、従来の皮紙を官僚にも強要している王家と水が合わないのは当たり前で、
現女王が打ち上げた経費削減という基本的方針が生む歪みに、彼等は気づかない。
確かに三公に昇り詰めるまで、合理性に基づいて出来る限りの無駄な支出は切り詰めて来た。
しかしそれは目的と経緯があったからだ。
見た目の豪華さや単純な物量の多さ、商品に与えられる銘柄が重要であることも知っている。
それは状況で切り替えるべきもので、一方を排除しても何の意味も無い。
女王や王子はまだ若い――とは言っても10歳も違わないが――からその辺が分からないのだ。
それに引き換え前の女王は、分からないからこそ全てが人任せの素晴らしい人だった。
当時は一商人に過ぎなかったので政治は解らないが、
少なくとも今のような《清貧病》では無かった。
その理由を元老長から聞いた時、言葉を失った。
現女王は王都の貧富格差をなくす為だけに官僚に倹約を強いているのだ――と。
あの俗物の言葉をそのまま鵜呑みにすることはないが、
女王が行っている水聖会への支援や孤児の支援、森林保護などを考えると、
嘘ではないと思える根拠は揃っている。
現実を知らない子供の夢想など、取るに足らないものだが、相手が女王ともなれば話が違う。
王子は王子で教育の賜物か、戦う事にしか興味が無い。今の王家にはもう先が無いのだ。
そう気づいた時、心臓を殴られたような衝撃を受け、目的が明確になった。
「……フェリ様~? ま~たなにかアレコレ考えてんでしょ~」
「え? いや……これって何? 一個は馬車の手配書なんだろうけど」
「え~? さっき言ってたじゃないですかぁ~、一個はブランゲートの手形です~」
「言った? あ、いや、言ったか」
「で~、もう一つは五つ星ホテルのチケットです~、ほら、最近出来た東エリアの~」
リュシエールが言っているのは数年前に出来た官僚や豪商御用達の最高級ホテルの事だろう。
言うほど最近でも無く、既に有名になっているので予約を取るのすら難しいホテルのはずだが、
よくこの短時間で揃えたもんだ。
宿泊先の話なんてしたか? 無駄に有能過ぎる。
「それじゃ~、ここ置いときますね~。 あ、そいえば~、今朝出発しましたよ、例の~」
馬車が出払っている理由の一端が、この『例の』件だった。
この件の話は少し遡る。
***
「それで、首尾はどんな感じです? ロトリー卿」
「ええ、ウチで債権を押さえているペアに、メルスを降り白銀海崖に入れと指示してます。
しかし……良いのでしょうか? モドバルに知れると面倒ですが」
「構いませんよ。勝手に元老派だと思われて、央都で好き勝手されるのも鬱陶しいですし、
いい機会なんで潰しちゃいましょう」
「それは私共にも有難い話ですが……奴らは攫った子供をどこに送ってるんでしょう?」
「さぁ?大半が孤児なんで知りませんし、興味も無いですが。流石にも噂になってますし、
飛び火しないようにここらで締めた方が良いでしょう」
「飛び火で思い出しましたが、ここ数日下町で放火が相次いでいるようです。
ウチの私兵で取り締まりを強化してますが、犯人は見つかっていません。
今は収まっているようですが……こちらはいかがしましょう」
「放火ですか……とりあえずは警戒だけで良いでしょう。
街を離れた可能性もありますし、捕えたら即処刑ですが、今はモドバル優先で。
ところでそのペアに問題は?」
「変わった奴等ですが実力はあります。モドバルが雇っていたパーティーは名簿では
全員がBランクになりたてでしたから、問題無いでしょう」
「その二人が連中に懐柔される恐れは?」
「無いでしょう。経歴の割に青臭い連中ですので、積載物を見れば間違いなく激昂します。
後は子飼いの回収屋に処理させますのでお任せ下さい」
国内大手のロトリー商会長、ピレモー・ロトリーは新式の眼鏡をクイッと上げてニヤついた。
優秀ではあるが、謀略に溺れる性格が顔に滲んでおり、いずれ手痛い失敗をすると踏んでいる。
とはいえ成功すればモドバルを一掃、失敗してもロトリーに貸しを作れる、どっちでも良い。
重要なのは『失敗は許されない』という雰囲気を醸しておくことにある。
「分かりました、貴方の手腕は信じていますから、心配はしてませんよ」
「は、お任せ下さい! あ、あとコレが次の当選クジです」
「……貴方も本当に悪い人ですね。まぁそういう人は嫌いじゃありませんが」
「ハハハ、徴税と考えれば領主の裁量権の一つかと。何も問題ないでしょう」
乾いた笑いと共に渡された一通の封書は、人気宝くじロトリージャックポットの当選クジだ。
こうしてせっせと献金して、悪びれもせず『二等以下は当たります』と言ってのける悪党――
勿論彼の言う『徴税』は本来こういう特権では無い。
穴だらけの法の抜け道を探す官僚や領主、そして豪商。
王国の土台はとっくに腐っている。
しかし腐った中にこそ、光玉が埋まっている事は紛れもない事実なのだ。
***
「フェリ様~~? まだお茶飲みますかぁ~~」
「ん? ああ、充分だよ。それより手配ご苦労様」
「余っ裕ですよ~ そーいえば、王子って何しに来るんですかね~」
「さぁ。イベリスに行くだけなら別にここを通る必要は無いしね。
護衛が居るなら川沿いを行けば目立たない訳だし。むしろ目立ちたいんじゃない?」
「へぇ~ あの子も色々考えてるんですね~」
「いや君……一応王子だけど? ま、出迎えろとは言われてないし、気にしなくて良いよ。
そういえば指示書の最後を伝えるなきゃ。君、最後まで聞かずに飛び出してったでしょ」
説明が面倒になり、二つ折りにして前半分を隠し最後の一文をリュシエールに見せる。
【王家の指示書は他に見せてはいけない】という国法に、『一部でも』という文言はない。
「ん~~? 誰ですかぁ~、この『リコ・レンティ』って」
「……さぁ、誰だろ。後で照合しといてくれる?」
「分かりましたぁ~、けどこの人の分までは用意してませんけど~? 良いんですか~」
「別に良いんじゃない? ここにはギルド付けってなってるし、後で渡しておけば」
「了解です~、メディエーターは顔見知りなんで~ 用意しときます~」
「ありがとう、ああ、そろそろお昼だね、行ってきていいよ」
「かしこまり~ じゃぁ、ついでにいってきます!」
帰って来た時より素早く出て行った秘書の後姿に違和感を覚えながらも、
気のせいだろうと、封書を放り捨てて椅子に腰掛け地図を広げる。
クロスビレッジ――ロシェ――フランシア――グランデルシア――ロストック、
5つの街を順に指差す。
セビリスに拠点が欲しい現状を考えれば、モドバルを潰す事は理にかなっている。
元老長の息がかかったエスパニ最大の商会を排除する。
それは私の目的にとっても大きな前進になることは間違いない。
私はこの国を愛している。それは嘘ではない。
白亜の庭園に招かれた他の5人も同じだろう。
だからこそ今の女王には国を任せることが出来ないという思いが誰よりも強い。
姿形だけは似ている娘が、尊敬する前王と同じような主だったら全力で支えただろう。
しかし優しいだけ、甘いだけの理想しか語れない女王なら、
そしてそんな実姉に反抗心しか持てない幼稚な王子なら、
私が信じる国の未来にとっては邪魔にしかならない。
だから私は私の道を行く、そう決めた。
唯一信じる仲間と共に――この国を変えるのだ
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