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第一部 揺動のレジナテリス
23.剃頭の鎌鼬 バスター・ロガー(V-086)
しおりを挟むセントラル山脈に連なるモルアーノ山地に、ひっそりとロガー村はあった。
精霊力に溢れるセントラル山麓ということもあり、村は長い間獣害に悩まされ続けて来たが、
反面ハンターの宿場町として栄えてもいた。
それが衰退し始めたのは、ここ10年の話だった。
緑豊かな北オクシテーヌ領は、大規模な果樹園が領地の主な収入源となっていることもあり、
領主の命で森林保護を是としているが、これに関しては領民でも意識統一されている。
問題は果樹林――ロンジュ園の獣害への対処で意見が割れた点にある。
ロガー村はハンターが集まっている為、当然害獣討伐には積極的だった。
養蜂はそのついでだったがロガーハニーは高級食材の代名詞となり、
その収入が報酬にも充てられ村は大いに潤っていた。
潮目が変わったのは15年前、レインフォールが保護を名目に立入禁止に制定された頃だ。
突如発布された悪法は木工ギルドを中心に反発が大きかったが、
即座に支持したのが最大手のテイマーギルド《ネイチャーガード》だった。
理念が相反するテイマーとハンターは当時から反目していたが、徐々に王国全土へ伝播して、
南オクシテーヌまで到達するのに時間はかからなかった。反発
に屈し領主が狩猟に制限をかけ、旨味が無くなったハンター達が去り、村は寂れ、今に至る――
そんな話を長々と聴かせてやると相棒のドレッドヘアーは、デカい欠伸を放つ。
「んぁぁあぁぁあ、黙って聞いてりゃあよ、この村の連中はアホしか居ねぇのか?」
「なんだ、聞いてないと思やぁ、聞いてたんじゃねぇか。つってもしゃーねんだよ」
「ぁ~にがだよ。制限されようが禁止されようが好きにやりゃいいじゃねぇか」
「グレイ……お前は脳筋で羨ましいな。そう簡単にゃいかねぇんだよ」
「……んだよ。こんなクソ外れのクソ村なんざ、誰も気にしゃしねぇだろ」
そう愚痴ると、相棒は戦斧を杖代わりにアーチ門にもたれかかって退屈そうに空を見上げた。
孤児らの受入れと引き換えの門警備は退屈で仕方が無いが、居場所を守ると思えば仕方ない。
器用さを買われ雑貨屋で奉公するギャレットが羨ましくもあるが、
脳筋に出来る仕事は田舎には余り無い。
狩りを生業にすれば一儲けも可能だろうが、お尋ね者じゃ取引自体出来ない。
無い無い尽くしで往来も無い旧道を見張る閑職を宛がわれ、口を開けば愚痴しか出ない。
そんな中、いつしか地べたに座り込んでいたグレイが立ち上がり、目を細めた。
「おい、バスター、ありゃなんだ?」
***
オイオイと言って、戦斧片手に絶壁に挟まれた旧道を嬉々と駆け出した相棒は、
今では殆ど使われていないセントラル洞目掛けて一目散に消えて行った。
警備自体がそこから流れてくる害獣対応で住人の移動なんてのは無く、無いが故の閑職だが、
小走りで後を追うと、カーブの手前で口汚い問答が聞こえてくる。
「おい! 止まれ! てめぇ!」
先行していたグレイが斧の穂先を突き立てた先には、
ウェーブがかった栗髪を後ろで縛った30代位の男が両手で制止している。
得物は腰の剣のようだ。
「おいおい、待て、怪しいもんじゃ……って、こんなところに村なんかあったか?」
「うるせえ、いいから武器を置け! あとその腰袋、持ってるもん全部投げろ!」
もはや山賊と化した相棒は、立て札を確認しようとした男に猛る。
「わーった、わーったから、落ち着けって兄ちゃん、別になんもする気ねぇよ」
そういってポイポイと剣やポーチを前方に放り投げた優男は、『ちょい待て』と小声で呟くと、
袋から何かを取り出し、何かで火を付けて、小さな棒状のソレを咥え、3歩下がる。
「おい、なんだそりゃ」
グレイの問いに対して、男は慌てる様子もなく大きく胸を膨らませると――
口から勢い良く白煙を吐き出した。
咄嗟に腰を落としたグレイの眼前で、それはゆらゆらと薄れて溶けた。
「ふぅ、自家製のタバコだよ。ただのリラックスアイテムだ」
「タ……んだって?」
首を傾げるグレイの後ろにていても、ほんのり漂って来る淡い薫香が鼻孔をくすぐってくる。
嫌な臭いはしない、どちらかと言えば良い匂いだ。
「なぁ、アンタ。セントラル洞で何をしてたんだ? というかどうやってそこに入った?」
村を通って西門から旧道へ出なければ洞窟に入ることは出来ない。そして警護しているのが、
まさに俺達なのだから、往来も人気も無い洞窟に忍び込む理由は何一つ思いつかなかった。
「すぅぅ――ふぅぅ……入ったってなんの話だ? 俺は出てきたばっかだ」
「いやだから、どっから潜り込んだかって話をだな……」
「バスター、どうでもいいだろ、んなこたぁボコして顎をほぐして喋らしゃいい」
「まぁ待てよ。敵意があるようには見えねぇ……なぁアンタ、俺らも穏便に話を進めたい。
けど警護と誰何を担ってる俺等にゃ、アンタの素性や目的を知る義務がある」
「ふぅぅぅ……穏便な義務ねぇ。斧突き付けて言うセリフじゃねぇが……俺はヴィーノだ」
***
ヴィーノと名乗る風情ある男は、タバコと呼ぶ棒が燃え尽きるまでに幾つかの質問に答えた。
まず第一に通りすがっただけで、ここに村があることも知らなかったそうだ。
以前来た時に村は無かったと言っていたが、割と新しいとは言え20年以上前から存在する。
どこまで本気で話しているかは分からないが、重要な点は、
男がセントラル洞を反対側から入って抜けてきたことだ。
セントラル山はホットスポットと呼ばれ洞窟はその中心だ。
ソロで入って出て来れるような場所じゃない。
通り抜けるという話も今までに一度も聞いたことが無い。
「……話の腰を折って悪ぃんだが、抜け道があるとしてよ、どうやって一人で突破したんだ?
俺等が二人で入っても奥に行けるような場所じゃないんだが」
「ん? そりゃ坊主、お前らが討伐しようと思って潜りゃ無理だろうな」
「あん? そりゃどーいう意味だオッサン」
横から口を挟むグレイの言葉よりも、坊主がどっちの意味なのかをハッキリさせたい。
「そもそもあそこは水棲系のスポットだろ。そりゃ下層に行きゃ危険なのが居なくもねぇが、
上層の蛙だ蛇だの、そういうのに追われたら、坊主はヤバイか?」
「前提が良く分からんが……逃げるだけなら余裕じゃねぇか?」
「だろ? だからそういうこった」
「……ああ、なるほど、そういうことか」
「おいバスター! 勝手に納得してんじゃねぇ! ぜんっぜん分かんねぇよ!!」
荒れ狂わんとする相棒の肩に手を置いて宥め、強引に溜飲を下げる。
「そうだな……グレイ、俺らがセントラルをガチで攻略しようと思ったらどうする?」
「あ? そりゃお前ぇ、最低でもカルテット組んで……準備とかすんだろ」
「だよな? 洞内は狭いから弓は不向きだし、俺らの得物も向いてるとは言い辛ぇ」
「まぁ不本意だが手斧だな……って何の話だよ!」
「おうおう、回復役はどうする? まぁ術師でも良いけどよ」
「ああん? そーだな……地勢的に水精術は効きが良いだろうけどよ、
バックアタックだの殲滅速度を考えたら、《ポーションがぶ飲み脳筋戦術》一択だな」
「だろーな、俺もお前はそう言うと思ったぜ。で、奥まで行ったらどうする?」
「そりゃ、戦果あんなら帰るだろ。重量次第だが他は無視して猛ダッシュだぜ」
「奥に出口があるとしたらどうだ? そしてそれをお前が端から知ってたとすりゃ――」
「……そりゃぁ」
「そう、つまりはそういうこった」
***
これはセントラル洞だからこそ出来る荒技なんだろう。
害獣がひしめいてようが、奥に出口があると分かっていて順路さえ知っていれば
女子供でも『走って抜けるだけ』なら可能だ。
まぁ、やる理由が無い限り意味のない無謀な行動だが、ここ――ロガー村に出るなら話が変わって来る。
セントラルの南、ヴィックから北オクシテーヌへ抜ける裏道がある。
もしもそれが事実ならノワールゲートを越える必要が無くなる。
つまり《犯罪のネタ》になると言う事だ。
白銀海崖も同じだが、馬車が通れないという点だけを無視出来れば、リスクは段違いに低い。
軽装備で人並みに体力があれば踏破は余裕だろう。
「つーかバスター、セントラルは何度か潜ったじゃねぇか。
マッパーが作ったっつー高けぇ地図まで買ってよ。あそこ抜け道なんてあったか?」
「いや……俺が知る限りじゃ聞いた事が無いな。本当にそんなものがあんのか?」
少し考えるようなフリをして問うと、ヴィーノは割とあっさり口を開いた。
「まぁ、良いか。別に隠すような話でも無いしな。北の人間なら知ってる奴も結構居るだろ。
セントラル洞はな、元は鉱山としてヴィックから掘ったんだが、
作業過程で北と東に抜け道を作ったんだよ。南を迂回する手間を省くって理由でな」
「い、いや、アンタ何でそんな事知ってんだ?」
「ん?あー、まぁそれは重要じゃないだろ?知りたいのは抜け道の話で、歴史じゃないよな?」
「おう、んなこたどうでもいい。けどよオッサン、話が嘘だったら……わかってんな?」
「わかんねぇよ。いや、嘘って訳じゃないがな……
ヴィックからセントラルに入るってのはブラン河を遡上するってことだ。
モルアーノ山地はセントラルの裾に広がってっから入口より高地になる。
ザックリ言うと……北東の突き当りの岩壁を登るんだよ、素手でな」
「……は?」
『は』となるのも分かる。グレイだけじゃなく俺も何を言っているのか、さっぱり解らん。
「の、昇るって……ヴィーノさん、実際どんくらいなんだ??」
「20メルくらいじゃねぇのか?」
「いやムリだろ。んなもん落ちたら即終了じゃねぇか」
「そりゃ《登攀》は必須だぞ。降りるのは簡単だが登るのはそれなりに危険だからな」
「いや……それなりじゃねぇし、降りるのも簡単じゃねぇ」
「土精術が使えりゃって話だ。元々鉱山だからな、働いてた奴らも大半が土精術師だ」
その術師は階段を作らなかったのか? という疑問が沸き起こったが、すぐに自己解決した。
話の内容だと絶壁だ、そんなスペースは無いし、そもそもが《抜け道》だ。
公に設置したくない理由が何かしらあったのだろうとも推測出来る。
「……つーかリスク負ってまでクライミングしなくてもよ、
ゲート通って渡河すりゃ済む話なんじゃねぇのか? アンタが犯罪者でもない限り」
カマをかけるように疑問を投げかけると、誤魔化す事もせずに無精髭を擦りながら答えた。
「まぁそうだな。別に逃げてるとかじゃぁねぇんだが……足跡を知られたくから、
こそこそ裏道を通ってんのも事実だ。人が居ない道をあえてな」
「それに関しちゃ俺等も似たようなもんだ……なぁグレイ」
ヒィヒィ唸りながら白銀海崖を突破した件を指して振ったものの、
当の本人はずっと優男の挙動を睨めあげている。
「お、なんだ兄ちゃん? 他にもあんのか?」
「……いやよオッサン、さっきのアレって何だ? さっきから気になってよ」
「ん? ああ、コレの事か。兄ちゃんもやってみるか?」
そういって懐から出した小さな木箱からタバコとやらを一本引き抜いて口に咥え、
火精術で先端に火を付けると、グレイにそれを手渡した。
「ヴィーノさん、アンタは火精術師なのか?」
「いや、俺はどっちかといえば土精術師だ。
火精術はコイツを付ける用で身に付けた程度でしか……っと、兄ちゃん、吸うんだよそれを」
「あ? こう……ぶっ、ゲッホ!! ゲホゲホッ……な、なんだこりゃ?」
踏まれた蛙のような音でむせたグレイが咳き込む。
「おいおい、最初なんだから無理すんな。少しだ、軽く吸って少し煙を胸に溜めてみろ」
言われるまま動くグレイを見るのは中々に貴重だが、多分不信より好奇心が勝ったんだろう。
吸っては吐きを繰り返し、煌々と燃える尖端を澄んだ目で見つめる。
「ホォォォォ……おお? おい、バスター……これ、悪くねぇぞ……つか良い」
「ほー……お前がそこまで言うのも珍しいな、どれ、俺にも貸してくれよ」
ウットリしたグレイから受け取ったソレを咥えて吸い、吐き出しそうになるのを堪える……
スッと染み込む香りと、スーッとした清涼感で、
何か色んな事がどうでもよくなる。
「あぁぁぁぁ……良いなこれ、好きな香りだったが、なんかこう楽になるぜ」
「だろ? なぁオッサン、これってどこで売ってんだ?」
「さっき言ったろ自家製だって。あ、いや……そうだな、お前ら、ここで提案なんだが」
そう言うとニヤッと笑って、ヴィーノは俺達の運命を変える囁きを持ちかけるのだった
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