Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第一部 揺動のレジナテリス

22.懊悩の賢愚 ラウル・エスパニョール(R-068)

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 パルベスに到着した時、早朝から降り続けていた雨は既に止んでいた。

 雨音に揺られて微睡んだこともあり、兄の意図は結局分からなかった。


 高齢の父に代わり兄イサークがエスパニを治め、セビリスを任されていた僕が、
突如現れた兄の命でパルベスへ赴いた理由は《王子を接待する代理》だと聞いている。

 けど実際は、多分違う。 

 兄が王子と対立しているのは国中の人間が知っていることで、
それを隠そうとしてない兄は、日頃から公然と王子を貶している。 

 一度しか会っていない王子に対し特に好意は持っていないが、ある意味では同情してしまう。
侮られる理由が《未熟》でしかないのなら、共感を覚えるからだ。



 南北門以外が壁で挟まれたパルベスという街は、まるで《筒》のような特殊な形をしている。

 オクシテーヌとの境を流れるロネ川に掛かる橋の袂を、塞ぐように強引に建てられた
比較的新しい街で、作らせたのが兄だ。

 南門に検問を置いているので、怪しい者はエスパニ領に入る事が出来ない。


 強引に川を渡って迂回する犯罪者も居るらしいが、セビリスとレネ山が障壁になってしまい、
北エスパニには入れない。パルベスは北――正確にはイベリスを隠すための最初の門だ。


 運営をメイヤーに任せっきりで訪れる事のない異様な街は、
その形状だけを見ても何となく兄の本心が透けてしまう。


 巻き込まれたくないから従ってはいても、正直長居はしたくない街なのだ。



 「やー、どうもどうも、お久しぶりです!」



 そう言って北門の馬房で馬車を下りた途端に声をかけてきたのは、メイヤーのラザレだった。
メイヤーとしては珍しく貴族出身で『位を買った』と噂される、いかにも兄好みの男だ。

 年は40後半で兄より少し上だが、見た目は弟の僕なんかよりもよほど似ていて
兄より少し背を高く、少し細くして、顎髭と無駄な勢いを足せばこんな感じになるだろう。


 「ラザレさん、お久しぶりです。お元気でしたか? お出迎えご苦労様です」

 「いやー、ラウル坊っちゃんは昔から礼儀正しいですな! 私はこの通り絶っ好っ調!」


 そういって出っ張った腹を叩くラザレの姿が兄と被ってしまい、思わず目を逸らした先には、
綺麗にウェーブがかった金髪の女性が、後ろに控えて目を伏せて立っていた。

 
   ***


 「あー、紹介します! ウチの有能ミストレスでオフェリアっちゅうもんです!」

 先刻そんな風に促されてオフェリア・ミルスと名乗った女性は、
ギルド公募試験をトップで通過しミストレスに抜擢されたという。

 豪勢なギルドホールのメイヤー室の超高級ソファーに座った彼女はスラっと品があり、
矮小な自分が恥ずかしくなってしまう。


 「やー? 坊っちゃん、どうしました!?」

 「え、あ、や……な、何でも……と、ところで、兄から何か聞いてますか?」
 「ええ、ええー、聞いてますよ! なんでも明日王子がお目見えになるとか。
既にゲートは越えられたそうで、スムーズに行けば昼頃にはお着きになるんじゃないでしょうか!」

 「そうですか……あの、良く分からないんですけど、王子に会って何をすれば……?」
 「あらー、聞いてませんか! 私がお聞きしたのは2、3日歓待しろという話でしたから、
レネサイドのホールを貸し切りにしてありますー。明日はオフェリアを同行させますんで!」

 「え、ええ!? ぼ、僕が出るんですか?」

 「当たり前じゃないですかー。こういうのは領主の仕事ですよ!」


 領主と言っても父の代理でしかなく、特に何をする訳でもない、
議会に出る必要も無いと散々釘を刺されている――いわゆる《お飾り領主》でしかない。


 「で、ですが……ぼ、僕が出るよりも兄が信頼してるラザレさんが出た方が……」
 「何をおっしゃってるんですー。貴方はイサーク様の実弟、南エスパニ領主でしょう!」


 「あ、いや、で、でも」
 
 「ラウル様、私がご一緒致しますので、エスコートしていただけますか?」

 ラザレの隣で澄まして聞いていたオフェリアが、ニッコリと笑って右手を差し出すのを見て、
あっさり折れてコックリ頷いてしまう自分が何とも情けなかった。

 
 「はいー。というわけでね。明日は昼から王子のお出迎え、夜は晩餐会です。
3日後の朝に馬車を用意しておきますんで、王子にはそちらでセビリスへ向かって頂く、
ということで」

 「わ、分かりました。セビリスへは僕も王子に同行すればよろしいんでしょうか?」
 「どちらでも良いのではー? そもそもセビリスにはギルドがありませんし!
パルベスで先に歓待するのもその為でしょうー。王子はすぐにレネ洞をお越えになるでしょうし!」


 別にギルドが無くても領主館でもてなせばよかっただけでは、と思わなくも無かったけど、
セビリスにギルドを置かせないのも兄の意向なので言っても仕方ないと、

 ただ頷いた。 

 
    ***


 商館や露商店が並ぶ南区ではなく、ギルドやホテルが密集している北区に、
とりわけ大きな宿泊施設《レネサイドイン》がある。

 街が出来た頃は川沿いにあったが移転して、街中ながら川沿いを示す名が今なお残るという、
ややこしく歴史のあるホテルだ。


 一階の大ホールは貸し切られ、多数のメイドと数名の下級貴族が
どこからともなく集められ王子の接待をしている。多分ラザレの根回しだろう。


 「ラウル様、あちらの方がエリアス王子でしょうか?」
 「え? オフェリアさんは見た事が無いんですか?」

 「ええ、私は王城へ行ったことがありませんから……それに貴族のようにも見えませんね」

 「そうですね……完全に衛兵という感じですよね。確かに王族には……」
 遠目に見ても解るくらい目立つ黒い髪とは対照的に、貴族ばかりの室内で帯剣した衛士服は、
周囲から完全に浮いている。

 パーティーの時くらい正装に着替えれば良いのに、だから白い目で見られる、と思った時――

 目が合った訳でもないのに、こちらに向かってくる王子に背中が寒くなった。


 「おい、お前。セビリス領主のラウルか?」


 「え、あ、はい、す、すいません。お、お久しぶりです」
 女王の戴冠式で一度だけ目にしていた王子は、あの頃とそう大差のない少し低い背丈ながら、
目つきが昔より鋭く威圧感がある。というか、怖い。

 「……会った事あるか? まぁ良い。今すぐここを経つから馬車を手配しろ」


 「え、えっと、王子殿下にあられましては、し、しばし御休息頂いて、み、3日後に――」
 「――ふざけるな!こっちはつまらん用でイベリスくんだりまで行かなきゃならないんだ、
こんな所でグダグダとモタついてられるか!」

 ええ、本当に大変ごもっともで。こんな所、僕も早く離れたいです。
とは言えずに口籠ると、隣からスッと流れるような金色の風が吹いて、鼻孔をくすぐった。


 「王子殿下、私はパルベスのミストレスで、オフェリア・ミルスと申します。
メイヤーよりラウル様のサポートを申し付かりましたので、一度ご挨拶させて頂きたく――」
 「――おい女、今は俺がコイツと話してるよな? 従者が口を挟んで良い場面か?」


 助け船が火に油を注いだ感が凄いが、オフェリアは目を伏せて低頭したまま抑揚無く続ける。

 「申し訳御座いません。ラウル様におかれましては、エスパニ領主イサーク様の御指示にて、
殿下の接待を仰せ付かっております。ひいては女王陛下の意――と心得ておりますが」


 「くっ……ラウル卿、宴席の後で話がある」
 女王の名で場を収めてくれて助かった反面、目下の問題が長引いたようにも思えた。

  
    ***


 王子に用意された一室は町を囲う壁よりも高い上階にあり、異様な光景を一望出来るという、
なんとも言えない皮肉なスイートルームだった。

 嫌な顔一つ見せずに同行を引き受けてくれたオフェリアと、共に重い扉を軽く叩く。
 

 入れ、という声に従って押し開けると室内は薄暗く、壁掛けランタンしか灯っていなかった。
 

 「失礼します……お、王子、お休みになられる所でしたか」
 
 「気にするな、入れ。鍵も締めろよ」
 「は、はい」

 言われた通り即座に動くオフェリアに施錠を任せ、薄明りに照らされるソファに腰を下ろす。



 音もなく隣に座る彼女に頼もしさを感じながらも、やはり女性が近い事に未だ慣れない。


 「それで? お前たちが俺を足止めしようとする理由はなんだ?」

 「え、あ、足止め? ど、どういう意味でしょう?」
 「アイツ……イサークが俺を本気でもてなそうとしていると、お前は思うのか?」

 「え、あ、いや……ど、どうなんでしょう……ぼ、い、いえ、私には分かり――」
 「――言い方を変える。お前はイサークの犬か?」


 ――言葉の意味が良く分からない。兄の意のままか、と言われたらそうかも知れないけど、
兄の考えに全て従うかと聞かれたら、ハイとは言えない。

 ただこの聞かれ方は流石に腹が立つ。


 「おい、なぜ黙ってる。難しい質問じゃないだろ? イエスかノーで答えろ」
 
 「殿下、今のお言葉は不適切かと思います」
 「……どういう意味だ」
 

 「イサーク卿は王国の元老長、殿下はれっきとした第二王子で在らせられます。
敵のように仰る意図は解りかねますが、実弟のラウル様への物言いとしては如何なものでしょう」

 「女、お前には聞いてない。横から口を挟むな」

 一瞬で凍り付く空気のお陰で、腹の底から沸き上がった熱が一気に冷えるのを感じながら、
努めて冷静に考える。

 とにかく王子の質問の真意が分からない事には答えようが無い。
 

 王子は何故ここに来たのだろうか。
要人の護衛と聞いているが、暗幕で覆われた護送馬車に居るのが誰なのか分からない。

 そして何故《イベリス》へと、《わざわざ王子》護送するのか、その理由が謎だ。
要人であればシニアに依頼する方が確実で、王子の身を危険に晒す事もない、
護衛をゾロゾロ引き連れる必要も無くなるのだ。


 そう考えると、答えは一つしかない。

 要人護衛とはつまり犯罪者の護送なんだろう。


 「えっと……エリアス王子、ま、まず最初にお断りしておきますが、
私は兄の指示で接待を申し付かっただけで、詳細については何も聞かされておりません」
 「……言われるまま晩餐会に出て、理由も分からんまま何日も俺の相手をしろってか?」
 
 「ええ……し、正直、疑問があることは認めます。兄の意図が分からないという意味では。
私は兄の言いなりでは無いですが、セビリス領主と言っても代理ですから、
従うしかない……というのも事実なんです」

 「……それを犬と言うんじゃないのか?」

 「殿下――」
 「――良いんです、オフェリアさん。すみません。否定できない以上何も言い返せません。
ですが、王子……僕……いえ、私が少なくとも兄の言いなり、従順な犬では無いと示す為にも、
少し状況を説明させて頂きます。まず最初に確認ですが……
王子が護衛されているのは犯罪者とお見受けしますが、お間違いは無いですね?」


 初めて目を逸らした王子の表情で、ある程度の事は解った。


 「王子はご存じですか? 犯罪者がイベリスから戻ったことは、ただの一度も無い事を」

 「……なんの話だ? 開拓に利用されると聞いたが、勝手に解放しているのか?」
 「それは無いでしょう。イベリスは出入りが難しい街です。住民ですら管理されていますし、
兵士であっても門番に誰何されます」

 「……監獄のような所だな、アイツらしい陰湿な街だ」
 「何はともあれ刑期を終え中央へ戻って来るのであれば、セビリスは必ず通ります」

 「そりゃそうだろ。関所を通らないと越えられないのだからな」
 「そうです。そしてレネの検問を犯罪者は通れない、これがどういう事かお分かりですか?」

 「……ラウル。イサークは何を企んでる」


 「それは……私にも解りません。ある頃から犯罪者の収容と更生を引き受けるようになり、
送られる人数に対して戻って来る者達がおらず、開拓に徴用されていない……
関係があるかは分かりませんが、帝国との交易で武器を仕入れているとも聞いています」

 「……出所の解らない粗悪な武器が増えているという報告は聞いたことがある。出回る量は多くないらしいが」
 「おっしゃる通りです。取引量に対して用途が不明瞭なのです」

 「……帝国に対抗する為に、武器を仕入れるなんてのも有り得ないな」
 「ええ、帝国とはむしろ懇意だと思います。逆らうような事はしないでしょう」

 「……イベリスに武器……出所も行方も分からない……まさか」


 心の奥に抱えていた疑惑を王子にも植え付ける、これ自体は思惑通りだったけど、



 結果的に彼を惨劇に巻き込む事になるとは、この時には予想も出来ていなかった。
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