北溟のアナバシス

三笠 陣

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第四章 赤軍侵攻編

62 海軍陸戦隊対ソ連赤軍

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 九八式六十五口径十センチ砲から放たれた十三キロの砲弾は、二〇〇〇メートルの距離を一気に飛翔した。
 約二秒後、伊東車の放った砲弾が一両のT34に命中する。その瞬間、閃光と共に車体が爆発し、砲塔が弾け飛んだ。車体に跨乗していたソ連軍歩兵も、爆発によってその姿を消滅させていた。
 長十センチ砲の砲口初速は、秒速一〇〇〇メートル。
 対戦車砲として使用するために、徹甲弾も新たに開発された。それまで帝国海軍における小口径砲は、瞬発式(対艦用)の八八式信管、もしくは時限式(対空用)の九一式信管を用いた砲弾しか存在していなかったのである。とはいえ、すでに海軍は九一式徹甲弾、一式徹甲弾といった開発実績があり、長十センチ砲用の徹甲弾開発は短期間で完了していた。
 そして、この長十センチ砲用一式徹甲弾を用いれば、二〇〇〇メートルにおいて三十度傾斜した一四〇ミリ前後の装甲を貫通出来る威力がある。
 一方、T34の前面装甲は、六十度の傾斜を持つ四十五ミリ。実質的には七十五ミリ相当の防御力を持っている。
 そのため徹甲弾使用の長十センチ砲ならば、この距離でも容易に貫通することが可能であった。

「次発装填急げ!」

 だが、伊東徳夫大尉には撃破を喜んでいる余裕はなかった。
 歩兵を乗せたT34の群れは、なおも鶴崗の市街地を目指して突進を続けていたからである。伊東車の左右からも長十センチ砲の射撃音が響き、それらは確実にソ連軍戦車に対し打撃を与えているのであるが、彼らは止まろうとはしない。
 隣で友軍のT34が炎上し、跨乗していた歩兵が火だるまとなって地面をのたうち回りながらも、それらを無視して前進を続けようとしているのだ。
 戦闘室から空薬莢が放り出され、新たな砲弾が装填される。

「てっー!」

 再び、長十センチ砲が吠えた。





「アゴーン!」

 砲手を兼ねる車長の叫びと共に、砲撃を繰り返しながらT34は満洲の大地を突き進んでいく。
 走行間射撃など当たるはずもないのであるが、一方的に撃たれているという状況が各車長にそのような行動をとらせていた。
 主砲の射撃や回避のための旋回で戦車跨乗兵が振り落とされ、その兵士が後続の戦車に轢き殺されていくという光景が部隊の各所で見られたが、戦車の中にいる者たちにはそうした周囲の惨状は見えない。
 ただ、前方を進む味方戦車が炎上し、擱座していく光景が見えるだけであった。
 T34の主砲は四十一・五口径七十六・二ミリ砲であり、初速六五五メートル毎秒、垂直装甲に対して五〇〇メートルで六十九ミリ、一〇〇〇メートルで六十一ミリ。
 つまり、多少の傾斜は施されているとはいえ前面装甲が五十五ミリしかない一式中戦車は、T34によって容易に撃破されてしまう存在であった。
 しかし今、その一式中戦車の車台に搭載されている六十五口径十センチ砲は、距離二〇〇〇メートルでT34を打ち据えていた。

「くそっ!」

 その車長は、照準に用いる直接双眼鏡から見える光景に思わず罵声を漏らしていた。
 ヤポンスキーどもが撃ってくる方向は判る。だが、肝心の車体が見えないのだ。どうやら日本の帝国主義者どもは、丘の影に身を潜めながらこちらを狙っているらしい。
 走行間射撃ということもあり、T34の放つ主砲弾は前面にある丘の斜面に虚しく着弾するだけであった。多少の目くらましになるだろうが、それでも撃破されていく友軍戦車は相次ぐ。
 だが、無線機が十分に行き渡っていないソ連軍戦車部隊は、当初の命令通りに遮二無二に突進していくしかない。

「アゴーン!」

 車長は自らの恐怖を打ち払うかのように、再び主砲を放つのだった。
 直後、丘の稜線で閃光が走る。
 そして、それがその車長が目にした最後の光景となった。直後、衝撃と共に車内に爆炎が吹き荒れ、車長も含めた四名の乗員の意識を永遠に吹き飛ばしたのである。





 擱座した戦車の合間から、ソ連兵が「ウラー!」の喊声と共に突撃を仕掛けてきた。

「てっー!」

 それに対し、丘陵に塹壕を初めとした陣地を構築していた日本側は、猛烈な防御射撃を開始する。
 一式重機関銃が連続した射撃音を奏で、二式十二センチ迫撃砲が頭上からソ連兵を襲う。機関銃から発射された七・七ミリ弾がソ連兵の肉体を引き裂き、一二〇ミリの迫撃砲弾がソ連兵を吹き飛ばしていく。
 塹壕の縁に張り付いた陸戦隊員もまた、四式自動小銃でソ連兵を狙い撃つ。
 その合間から、三式砲戦車が仕留めきれなかったT34が陣地に肉薄していた。
 途端、陣地の各所から濛々たる白煙が上がる。そして直後、陣地に突進してきた戦車の装甲が突如として穿たれ、その場に停止する。数瞬の間を置いて、爆発と共に砲塔が吹き飛んだ。
 歩兵が携行可能な対戦車兵器、四式七センチ噴進砲の成果であった。成形炸薬弾である「タ弾」を発射出来るこの携帯式ロケット砲は、モンロー/ノイマン効果を利用した液体金属の超高速噴流(メタルジェット)によって敵戦車を破壊し尽くすことが可能なのである。
 ソ連の戦車と兵士たちは、哈爾浜特別陸戦隊が構築した陣地に辿り着く前に斃されていく。三式砲戦車の射撃によって、ソ連軍は戦車と歩兵が完全に分断される状況になっている。
 だがそれでも、ソ連軍が止まることはなかった。
 幾人かのソ連兵が、鉄条網や障害物を乗り越えて塹壕へと飛び込んできたのである。陸戦隊の陣地の各所で、白兵戦が発生する。
 銃剣で突き、円匙スコップで薙ぎ、銃床で殴りつける。
 塹壕の底に、血の染み込んだ泥が流れ込んでいく。
 ある陸戦隊員は出会い頭にソ連兵の頭を銃床で叩き割り、あるソ連兵は日本兵に馬乗りになって逆手に持った銃剣で滅多刺しにする。塹壕内のそこかしこで、暴力的な衝動のままに日ソの兵士たちが死闘を繰り広げていた。
 やがて、予備隊を投入しての日本側の主逆襲が開始される。
 陣地後方より「万歳!」の叫びと共に着剣した四式自動小銃を携えた歩兵たちが、陣地への侵入を果たそうとするソ連兵に襲いかかった。
 すでに多くの戦車を失い、その過程で跨乗していた歩兵たちも損耗していたソ連軍は、帝国海軍陸戦隊の逆襲を防ぎきることは出来なかった。
 やがて、丘を転げ落ちるような形で、ソ連軍は秩序のない後退を開始する。





「露助どもが退いていきます!」

「撃ち方止め! 撃ち方止め!」

 伊東徳夫大尉の乗る三式砲戦車からも、ソ連軍が統制のとれていない後退を始めたことは見ていた。
 乗員たちが「万歳!」の叫びを上げる中、伊東大尉は険しい顔で息をついた。確かに、ソ連軍は退いた。二〇〇〇メートルから射撃を開始したこと、そして車体を丘陵の影に隠していたこともあり、三式砲戦車に損害はない。
 しかし、ソ連軍がこれで佳木斯攻略を諦めるようなことはないだろう。佳木斯を攻略しない限り、哈爾浜への道は開かれないのだ。

「急ぎ弾薬の補給と、砲身の確認にかかれ!」

 戦闘が小康状態になったことを見計らい、彼は各車に指示を下す。先ほどの戦闘で、それなりの弾薬を消費してしまった。今のうちに、後方から徹甲弾の補給を受けておくべきであった。
 また、長十センチ砲の砲身についても摩耗の確認が必要であった。
 この砲は砲身命数三五〇発と、一世代前の高角砲である八九式十二・七センチ高角砲の一〇〇〇発よりも低いのだ。そのため、整備においては砲身の交換も可能なよう、そのための訓練と予備の砲身が準備されていた。
 必要であれば、弾薬と共にその予備の砲身も受領すべきであった。
 とはいえ、三五〇発とはあくまでかなり厳しい基準に基づいて導き出された数値であり、海軍内部での射撃試験などでは実用一〇〇〇発は可能であるとの結果も出ている。
 まだ砲身の交換が必要な車両はないだろうと伊東大尉は考えていたが、それでも念のため確認は必要であった。

「大尉! 零戦と流星です!」

 しばらくすると、南西の空から発動機の音が響いてきた。空を見上げていた兵の一人が、歓呼と共に叫ぶ。
 伊東大尉も空を見上げれば、ちょうど鶴崗の上空を零戦と流星改が通過しようとしているところだった。恐らく、哈爾浜の第二十四航空戦隊だろう。
 佳木斯には陸軍第四飛行師団の司令部が置かれているが、松花江流域の戦線すべてを担うにはソ連軍の陸空の兵力は強大に過ぎた。
 哈爾浜の海軍第二十四航空戦隊も、松花江や黒龍江に展開するソ連河川艦隊への対艦攻撃に忙殺されているという。
 それでもなお、地上支援のための航空機を出してくれるのはありがたいことであった。
 出来ればもう少し早く来てくれればよかったのだがと思いつつも、伊東大尉は自らの上空を通過しようとする零戦と流星改に向かって帽振れを行うのだった。
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