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第四章 赤軍侵攻編
68 西住戦車隊
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三式中戦車チヌの搭載する主砲、六十五口径七十五ミリ砲は、正式名称を「三式七糎半戦車砲(長)」という。
陸軍にはそれまで、八八式七糎半野戦高射砲や九〇式野砲など口径七十五ミリの砲が存在していたが、三式七糎半戦車砲長は新型戦車(後の三式中戦車チヌ)の開発に合せて、新規に開発された砲であった。
そもそも八八式七糎半野戦高射砲は駐退復座機の耐久性に問題があり、また砲撃時に砲尾が後退する長さ(後座量)が一四〇センチと、車載には適さなかった。一方の九〇式野砲も距離一〇〇〇メートルで垂直装甲に対する貫通力が七十ミリを下回るなど、次世代の対戦車砲としては威力不足と認識されていたのである。
三式中戦車の一世代前である一式中戦車チヘが制式採用された一九四一年段階では、ソ連とフィンランドとの戦争である冬戦争(一九三九年十一月~一九四〇年三月)に登場したソ連軍戦車KV-1の情報が日本にも伝えられており、さらなる新型戦車(これはT-34のこと)の開発が完了しているとの情報も入手されていた。
特に日本側がある程度の性能を把握することに成功していたKV-1については、装甲が最大で九十ミリと判明していたから、将来的には一〇〇〇メートルにて最低でも一〇〇ミリの装甲を貫通出来る能力を持った砲が必要であると判断されるに至ったのである。
そのため、後に三式七糎半戦車砲(長)と呼ばれることになる新型戦車砲は、「試製七糎半戦車砲(長)」として陸軍技術本部にて開発が開始されることになった。
陸軍では開発が完了した暁には、この砲を戦車砲として使用するだけでなく、旧式化した八八式七糎半野戦高射砲の後継砲として配備することも視野に入れていた。
こうして三式中戦車と共に、三式七糎半戦車砲(長)は六十五口径という長砲身を持ち、砲口初速は秒速一〇〇〇メートルという高初速砲として完成したのである。
三式七糎半戦車砲(長)を三式中戦車に搭載するにあたっては、半自動装填装置を組み込んだため、主砲口径に比して砲塔が大型化することとなった。
また、砲塔の大型化は携行弾数を増やすという目的も存在している。このため、三式中戦車には一〇〇発の砲弾を搭載することが可能であった。
同時期、やはりT-34の存在を察知したドイツ軍では、「KwK42 L/70」という七十口径七十五ミリ砲を搭載した新型中戦車であるⅤ号戦車パンターを開発していたから、奇しくもこの二つの戦車は同じような方向性をもって完成した車輌であったといえよう。
パンターの砲は七十口径砲であるために距離一〇〇〇メートルでの垂直装甲に対する貫通力は一四三ミリであったが、三式中戦車の砲はそれよりも若干劣る一三〇ミリとされていた。
T-34の前面装甲は六十度の傾斜がついた四十五ミリで、これは七十五ミリの垂直装甲と同程度の防御力を発揮出来るものであった。
KV-1以上の装甲を貫くことを目的に開発された三式七糎半戦車砲(長)は、結果としてソ連の新型戦車であるT-34を距離一五〇〇メートル以上から確実に撃破出来るだけの威力を持つ砲であったのである。
そして、三式中戦車の前面装甲は五十度の傾斜を持った七十五ミリ。九七式中戦車までは車体を構成する装甲をリベットで留めていたが、これは被弾時にリベットが折れて弾け、車内の乗員を殺傷し機材を破壊する危険性があった。そのため、一式中戦車以降は溶接構造に改められ、三式中戦車の車体もまた大部分が溶接によって造られていた。
このような三式中戦車に対して、T-34の主砲である四十一・五口径七十六・二ミリ砲の貫通能力は一〇〇〇メートルで垂直装甲に対し六十一ミリ(五〇〇メートルならば六十九ミリ)。このため、三式中戦車の側は十分な優位を確立出来ていたといえよう。
その車両数を除いて。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
発砲の瞬間、衝撃と共に砲尾が後退し空薬莢を排出した。
砲塔天蓋の排気装置が噴き出した白煙を車外へと吐き出していく。次いで、半自動装填装置が次弾を薬室へと送り込む。
その間に、初弾は一五〇〇メートルの距離を飛翔し、先頭を進むT-34に正確に命中した。砲塔を吹き飛ばす爆炎と共に、その車体がつんのめるように停止する。
それはちょうど、橋を渡り切る直前のことであった。
後続のソ連軍戦車が、停止を余儀なくされる。
「次は橋に侵入し始めた車両だ。いけるか?」
『了解』
西住は、新たな目標を砲手に指示する。砲塔がかすかに旋回し、砲身が動く。直後、再びの発砲。
第二弾もまた、過たず目標の敵戦車を貫く。
橋の前後を撃破された自軍の戦車に封鎖され、多数のソ連軍戦車が橋の上で立ち往生することになった。
それを合図に、西住率いる第一中隊と第三中隊の各小隊が一斉に射撃を開始する。発砲の爆風が砂塵を舞い上げ、二十四輌の日本軍戦車はその位置を暴露した。
だが、ソ連軍は未だ橋の上で立ち往生するばかりであった。
まだ橋に差し掛かっていない後続の車両でも、混乱が見られた。
その間隙を突くように、西住の戦車隊は射撃を続ける。七十五ミリ砲弾がT-34を貫き、弾薬を誘爆させ、空を焦がす黒煙を噴き上げさせる。
この戦線でもまた、ソ連軍は戦車に歩兵を跨乗させていた。
彼らは乗車する戦車が撃破されるのと同時に吹き飛ばされ、友軍戦車のひしめく橋の上を右往左往する。炎上する戦車の火が体に燃え移り、断末魔の叫びを上げながらのたうち回るソ連兵もいる。
降り注ぐ敵弾から逃れようと、一部の敵歩兵が橋の欄干を乗り越えて洮爾川へと飛び込む。
しかし、ここ数日は晴天に恵まれていたとはいえ、季節は雨季。川の水は増水し、飛び込んだ兵士たちをそのまま濁流が呑み込んでいく。
と、西住率いる戦車隊の展開する丘の周囲に弾着がある。
まだ川向こうにいるソ連戦車の一部が、砲撃によって砂塵を巻き上げ、その位置を暴露していた日本戦車に向けて射撃を開始したのだ。
だが、彼我の距離は二〇〇〇メートル近くあった。対岸のソ連軍戦車による砲撃は、丘の斜面に土煙を立てるものが大多数であった。運悪く命中弾を受けた三式中戦車もあったが、すべて装甲が弾き返している。
一方、六十五口径七十五ミリ砲を装備する三式中戦車は、まだ際どいところで良好な命中率を維持出来ていた。橋の上のT-34を片付けると、十八輌の三式中戦車は対岸のソ連軍戦車へとその目標を変更する。
「……」
ひとまず、敵戦車部隊の洮爾川渡河は阻止出来ただろう。
西住がそう判断しようとした刹那のことであった。橋を封鎖され、川向こうからあまりの効果のない射撃を繰り返していた敵戦車部隊の一部が、増水した川へと突っ込んだのである。
「何!?」
西住は、思わず叫んでしまった。
渡河に適した場所であるのかも十分に判断せず、戦車を濁流の中に突入させたソ連軍指揮官の判断は彼の理解を超えていた。
増水した川の水により、まず戦車に跨乗していた歩兵たちが耐えきれずに流されていく。そして、水に浸かった排気管から発動機に水が入り込んでしまったのか、あるいは川底の泥濘にはまり込んでしまったのか、渡河の最中で停止する敵戦車が続出する。
もちろん、停止した戦車など西住たちにとってはただの的でしかない。
長砲身七十五ミリ砲が、川の中で立ち往生する敵戦車を次々と撃破していく。しかし、ソ連軍は川の中で擱座し、撃破された友軍戦車の下流側を通るようにして、なおも渡河を強行してきた。そこには、絶対に後退はしないという狂気的な執念すら感じさせるものがあった。
自軍の戦車が川の中で多数、屍を晒しているからだろう。その下流側を進む戦車は、擱座した味方戦車が水流をある程度緩和しているのか、その一部が西住率いる戦車隊が展開する洮爾川の対岸へと辿り着こうとしていた。
「第三中隊、すまんがこちら側に辿り着いた敵戦車を優先して叩いてくれ」
『承知した』
先任中隊長である西住は、第三中隊長に向かってそう要請した。自らの率いる第一中隊は渡河中の敵戦車を集中して叩き、仕留めきれなかった分を第三中隊に任せようとしたのである。一式中戦車が編成に混じる第三中隊は、どうしても遠距離での砲撃でT-34を撃破することには限界があったからだ。
半自動装填装置が砲弾を薬室に装填し、砲手が照準を行い、そして発砲するという動作を繰り返す。
ソ連軍戦車は洮爾川の両岸と川中で無数の屍を築き上げながら、蟻の行進のごとくしぶとく強行渡河を続けようとしていた。
ようやく彼らに限界が訪れたのは、白城子からの航空部隊がタ弾をその頭上へと投下し初めてからであった。
独混第三旅団からの支援要請を受けて、タ弾を搭載した無数の疾風が援護に駆け付けたのである。
少なくともこの日、索倫・徳伯斯方面に来襲したソ連軍は、西住らの活躍と航空部隊による支援によって、辛うじて撃退することに成功したのであった。
陸軍にはそれまで、八八式七糎半野戦高射砲や九〇式野砲など口径七十五ミリの砲が存在していたが、三式七糎半戦車砲長は新型戦車(後の三式中戦車チヌ)の開発に合せて、新規に開発された砲であった。
そもそも八八式七糎半野戦高射砲は駐退復座機の耐久性に問題があり、また砲撃時に砲尾が後退する長さ(後座量)が一四〇センチと、車載には適さなかった。一方の九〇式野砲も距離一〇〇〇メートルで垂直装甲に対する貫通力が七十ミリを下回るなど、次世代の対戦車砲としては威力不足と認識されていたのである。
三式中戦車の一世代前である一式中戦車チヘが制式採用された一九四一年段階では、ソ連とフィンランドとの戦争である冬戦争(一九三九年十一月~一九四〇年三月)に登場したソ連軍戦車KV-1の情報が日本にも伝えられており、さらなる新型戦車(これはT-34のこと)の開発が完了しているとの情報も入手されていた。
特に日本側がある程度の性能を把握することに成功していたKV-1については、装甲が最大で九十ミリと判明していたから、将来的には一〇〇〇メートルにて最低でも一〇〇ミリの装甲を貫通出来る能力を持った砲が必要であると判断されるに至ったのである。
そのため、後に三式七糎半戦車砲(長)と呼ばれることになる新型戦車砲は、「試製七糎半戦車砲(長)」として陸軍技術本部にて開発が開始されることになった。
陸軍では開発が完了した暁には、この砲を戦車砲として使用するだけでなく、旧式化した八八式七糎半野戦高射砲の後継砲として配備することも視野に入れていた。
こうして三式中戦車と共に、三式七糎半戦車砲(長)は六十五口径という長砲身を持ち、砲口初速は秒速一〇〇〇メートルという高初速砲として完成したのである。
三式七糎半戦車砲(長)を三式中戦車に搭載するにあたっては、半自動装填装置を組み込んだため、主砲口径に比して砲塔が大型化することとなった。
また、砲塔の大型化は携行弾数を増やすという目的も存在している。このため、三式中戦車には一〇〇発の砲弾を搭載することが可能であった。
同時期、やはりT-34の存在を察知したドイツ軍では、「KwK42 L/70」という七十口径七十五ミリ砲を搭載した新型中戦車であるⅤ号戦車パンターを開発していたから、奇しくもこの二つの戦車は同じような方向性をもって完成した車輌であったといえよう。
パンターの砲は七十口径砲であるために距離一〇〇〇メートルでの垂直装甲に対する貫通力は一四三ミリであったが、三式中戦車の砲はそれよりも若干劣る一三〇ミリとされていた。
T-34の前面装甲は六十度の傾斜がついた四十五ミリで、これは七十五ミリの垂直装甲と同程度の防御力を発揮出来るものであった。
KV-1以上の装甲を貫くことを目的に開発された三式七糎半戦車砲(長)は、結果としてソ連の新型戦車であるT-34を距離一五〇〇メートル以上から確実に撃破出来るだけの威力を持つ砲であったのである。
そして、三式中戦車の前面装甲は五十度の傾斜を持った七十五ミリ。九七式中戦車までは車体を構成する装甲をリベットで留めていたが、これは被弾時にリベットが折れて弾け、車内の乗員を殺傷し機材を破壊する危険性があった。そのため、一式中戦車以降は溶接構造に改められ、三式中戦車の車体もまた大部分が溶接によって造られていた。
このような三式中戦車に対して、T-34の主砲である四十一・五口径七十六・二ミリ砲の貫通能力は一〇〇〇メートルで垂直装甲に対し六十一ミリ(五〇〇メートルならば六十九ミリ)。このため、三式中戦車の側は十分な優位を確立出来ていたといえよう。
その車両数を除いて。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
発砲の瞬間、衝撃と共に砲尾が後退し空薬莢を排出した。
砲塔天蓋の排気装置が噴き出した白煙を車外へと吐き出していく。次いで、半自動装填装置が次弾を薬室へと送り込む。
その間に、初弾は一五〇〇メートルの距離を飛翔し、先頭を進むT-34に正確に命中した。砲塔を吹き飛ばす爆炎と共に、その車体がつんのめるように停止する。
それはちょうど、橋を渡り切る直前のことであった。
後続のソ連軍戦車が、停止を余儀なくされる。
「次は橋に侵入し始めた車両だ。いけるか?」
『了解』
西住は、新たな目標を砲手に指示する。砲塔がかすかに旋回し、砲身が動く。直後、再びの発砲。
第二弾もまた、過たず目標の敵戦車を貫く。
橋の前後を撃破された自軍の戦車に封鎖され、多数のソ連軍戦車が橋の上で立ち往生することになった。
それを合図に、西住率いる第一中隊と第三中隊の各小隊が一斉に射撃を開始する。発砲の爆風が砂塵を舞い上げ、二十四輌の日本軍戦車はその位置を暴露した。
だが、ソ連軍は未だ橋の上で立ち往生するばかりであった。
まだ橋に差し掛かっていない後続の車両でも、混乱が見られた。
その間隙を突くように、西住の戦車隊は射撃を続ける。七十五ミリ砲弾がT-34を貫き、弾薬を誘爆させ、空を焦がす黒煙を噴き上げさせる。
この戦線でもまた、ソ連軍は戦車に歩兵を跨乗させていた。
彼らは乗車する戦車が撃破されるのと同時に吹き飛ばされ、友軍戦車のひしめく橋の上を右往左往する。炎上する戦車の火が体に燃え移り、断末魔の叫びを上げながらのたうち回るソ連兵もいる。
降り注ぐ敵弾から逃れようと、一部の敵歩兵が橋の欄干を乗り越えて洮爾川へと飛び込む。
しかし、ここ数日は晴天に恵まれていたとはいえ、季節は雨季。川の水は増水し、飛び込んだ兵士たちをそのまま濁流が呑み込んでいく。
と、西住率いる戦車隊の展開する丘の周囲に弾着がある。
まだ川向こうにいるソ連戦車の一部が、砲撃によって砂塵を巻き上げ、その位置を暴露していた日本戦車に向けて射撃を開始したのだ。
だが、彼我の距離は二〇〇〇メートル近くあった。対岸のソ連軍戦車による砲撃は、丘の斜面に土煙を立てるものが大多数であった。運悪く命中弾を受けた三式中戦車もあったが、すべて装甲が弾き返している。
一方、六十五口径七十五ミリ砲を装備する三式中戦車は、まだ際どいところで良好な命中率を維持出来ていた。橋の上のT-34を片付けると、十八輌の三式中戦車は対岸のソ連軍戦車へとその目標を変更する。
「……」
ひとまず、敵戦車部隊の洮爾川渡河は阻止出来ただろう。
西住がそう判断しようとした刹那のことであった。橋を封鎖され、川向こうからあまりの効果のない射撃を繰り返していた敵戦車部隊の一部が、増水した川へと突っ込んだのである。
「何!?」
西住は、思わず叫んでしまった。
渡河に適した場所であるのかも十分に判断せず、戦車を濁流の中に突入させたソ連軍指揮官の判断は彼の理解を超えていた。
増水した川の水により、まず戦車に跨乗していた歩兵たちが耐えきれずに流されていく。そして、水に浸かった排気管から発動機に水が入り込んでしまったのか、あるいは川底の泥濘にはまり込んでしまったのか、渡河の最中で停止する敵戦車が続出する。
もちろん、停止した戦車など西住たちにとってはただの的でしかない。
長砲身七十五ミリ砲が、川の中で立ち往生する敵戦車を次々と撃破していく。しかし、ソ連軍は川の中で擱座し、撃破された友軍戦車の下流側を通るようにして、なおも渡河を強行してきた。そこには、絶対に後退はしないという狂気的な執念すら感じさせるものがあった。
自軍の戦車が川の中で多数、屍を晒しているからだろう。その下流側を進む戦車は、擱座した味方戦車が水流をある程度緩和しているのか、その一部が西住率いる戦車隊が展開する洮爾川の対岸へと辿り着こうとしていた。
「第三中隊、すまんがこちら側に辿り着いた敵戦車を優先して叩いてくれ」
『承知した』
先任中隊長である西住は、第三中隊長に向かってそう要請した。自らの率いる第一中隊は渡河中の敵戦車を集中して叩き、仕留めきれなかった分を第三中隊に任せようとしたのである。一式中戦車が編成に混じる第三中隊は、どうしても遠距離での砲撃でT-34を撃破することには限界があったからだ。
半自動装填装置が砲弾を薬室に装填し、砲手が照準を行い、そして発砲するという動作を繰り返す。
ソ連軍戦車は洮爾川の両岸と川中で無数の屍を築き上げながら、蟻の行進のごとくしぶとく強行渡河を続けようとしていた。
ようやく彼らに限界が訪れたのは、白城子からの航空部隊がタ弾をその頭上へと投下し初めてからであった。
独混第三旅団からの支援要請を受けて、タ弾を搭載した無数の疾風が援護に駆け付けたのである。
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