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第16話 遠慮と進言
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ライオネル公爵の執務室に招かれ、鉱山開発に関する意見を求められたあの日から、私の日常は少しずつ変化し始めていた。公爵は、その後も頻繁に私を執務室へ呼び、様々な案件について私の考えを尋ねるようになったのだ。それは、国内の食糧需給バランスに関する統計分析であったり、新設される予定の学術機関の運営方針であったり、時には隣国との微妙な外交問題に関する資料であったりもした。
(本当に……私などの意見が、お役に立っているのだろうか……)
最初のうちは、その度に緊張と不安でいっぱいだった。エスタードでの経験が、心のどこかでまだ私を縛り付けているのだ。『地味で華がない』と切り捨てられた私が、この国の重要事に関わる意見を述べるなんて、おこがましいのではないか。私の言葉が、この国の政策に何かしらの影響を与えてしまうかもしれないという重圧は、想像以上に大きかった。
「アリアナ。何か気づいた点があれば、遠慮なく言ってほしい。君の視点は、我々が見落としがちな部分を補ってくれることが多い」
私が言い淀んでいると、公爵はいつもそう言って、私の言葉を促してくれた。その黒い瞳は真摯で、私の意見を軽んじるような素振りは一切見せない。彼が私を信頼してくれていることは、痛いほど伝わってくる。その信頼に応えたい、という気持ちと、失敗して失望されたくない、という気持ちが、私の心の中でせめぎ合っていた。
ある日、公爵から見せられたのは、国内の貧困地域における識字率向上のための施策案だった。いくつかの案が提示されていたが、どれも財政的な負担が大きく、即効性も期待できそうにないものばかりに見えた。
「……どう思う?」
公爵の問いかけに、私はしばらく資料とにらめっこしたまま、言葉を返せずにいた。エスタードでも、似たような問題はあった。けれど、結局は予算不足を理由に、抜本的な対策は何も行われなかった。あの時の無力感が、ふと胸をよぎる。
(私なんかが、何を言っても……)
そう思いかけた瞬間、公爵の真剣な眼差しと目が合う。
私は、小さく深呼吸をし、意を決して口を開いた。
「公爵様……この案ですと、確かに理想的ではございますが、実現には多くの困難が伴うかと存じます。特に、教師の確保と、子供たちが日中の労働から解放され、学びに専念できる環境の整備が……」
最初は、言葉を選ぶように慎重に話していた。けれど、話しているうちに、私の頭の中ではエスタードで考えていた様々なアイデアが繋がり始め、思考がクリアになっていくのを感じた。
「もし……もし許されるのであれば、もっと小規模で、地域の実情に合わせた、柔軟な学習支援の形を模索してみてはいかがでしょうか。例えば、日中は働かなければならない子供たちのために、夜間に開かれる寺子屋のような小さな学びの場を、地域の有志の方々の協力を得て設けるとか……。あるいは、読み書きができる者を『巡回教師』として派遣し、短時間でも定期的に指導を行うとか……」
一度言葉にし始めると、堰を切ったように、次から次へと言葉が溢れ出てくる。それは、決して突飛なアイデアではなかったかもしれない。けれど、私がこれまでの人生で見てきた現実と、本で得た知識、そして何よりも「どうすれば本当に困っている人々の助けになれるのか」という真摯な思いから生まれた、私なりの答えだった。
気づけば、私は身振り手振りを交えながら、熱心に自分の考えを公爵に訴えていた。エスタードでは、こんな風に自分の意見をはっきりと主張することなど、一度もできなかったのに。
一通り話し終えると、私ははっと我に返り、顔を赤らめた。でしゃばりすぎただろうか。公爵は、黙って私の話に耳を傾けていたが、その表情からは何を考えているのか読み取れない。
「……面白い視点だな」
しばらくの沈黙の後、公爵は静かにそう言った。
「特に、既存の制度に固執せず、柔軟な支援体制を地域ごとに構築するという発想は、我々にはなかったものだ。……具体的に、その『巡回教師』の選定基準や、運営費用については、何か腹案があるのか?」
彼は、私の提案を頭ごなしに否定するのではなく、さらに具体的な質問を投げかけてきた。その真剣な態度に、私は再び勇気づけられ、さらに詳細なアイデアを彼に伝えることができた。
その日の議論は、夜遅くまで続いた。部屋を出る頃には、私は疲労困憊だったけれど、それと同時に、不思議な高揚感と充実感に包まれていた。
もしかしたら、私はここで、本当に何かを変えることができるのかもしれない。そんな、淡い希望が、私の心の中で確かな光となって輝き始めたのを感じていた。
(本当に……私などの意見が、お役に立っているのだろうか……)
最初のうちは、その度に緊張と不安でいっぱいだった。エスタードでの経験が、心のどこかでまだ私を縛り付けているのだ。『地味で華がない』と切り捨てられた私が、この国の重要事に関わる意見を述べるなんて、おこがましいのではないか。私の言葉が、この国の政策に何かしらの影響を与えてしまうかもしれないという重圧は、想像以上に大きかった。
「アリアナ。何か気づいた点があれば、遠慮なく言ってほしい。君の視点は、我々が見落としがちな部分を補ってくれることが多い」
私が言い淀んでいると、公爵はいつもそう言って、私の言葉を促してくれた。その黒い瞳は真摯で、私の意見を軽んじるような素振りは一切見せない。彼が私を信頼してくれていることは、痛いほど伝わってくる。その信頼に応えたい、という気持ちと、失敗して失望されたくない、という気持ちが、私の心の中でせめぎ合っていた。
ある日、公爵から見せられたのは、国内の貧困地域における識字率向上のための施策案だった。いくつかの案が提示されていたが、どれも財政的な負担が大きく、即効性も期待できそうにないものばかりに見えた。
「……どう思う?」
公爵の問いかけに、私はしばらく資料とにらめっこしたまま、言葉を返せずにいた。エスタードでも、似たような問題はあった。けれど、結局は予算不足を理由に、抜本的な対策は何も行われなかった。あの時の無力感が、ふと胸をよぎる。
(私なんかが、何を言っても……)
そう思いかけた瞬間、公爵の真剣な眼差しと目が合う。
私は、小さく深呼吸をし、意を決して口を開いた。
「公爵様……この案ですと、確かに理想的ではございますが、実現には多くの困難が伴うかと存じます。特に、教師の確保と、子供たちが日中の労働から解放され、学びに専念できる環境の整備が……」
最初は、言葉を選ぶように慎重に話していた。けれど、話しているうちに、私の頭の中ではエスタードで考えていた様々なアイデアが繋がり始め、思考がクリアになっていくのを感じた。
「もし……もし許されるのであれば、もっと小規模で、地域の実情に合わせた、柔軟な学習支援の形を模索してみてはいかがでしょうか。例えば、日中は働かなければならない子供たちのために、夜間に開かれる寺子屋のような小さな学びの場を、地域の有志の方々の協力を得て設けるとか……。あるいは、読み書きができる者を『巡回教師』として派遣し、短時間でも定期的に指導を行うとか……」
一度言葉にし始めると、堰を切ったように、次から次へと言葉が溢れ出てくる。それは、決して突飛なアイデアではなかったかもしれない。けれど、私がこれまでの人生で見てきた現実と、本で得た知識、そして何よりも「どうすれば本当に困っている人々の助けになれるのか」という真摯な思いから生まれた、私なりの答えだった。
気づけば、私は身振り手振りを交えながら、熱心に自分の考えを公爵に訴えていた。エスタードでは、こんな風に自分の意見をはっきりと主張することなど、一度もできなかったのに。
一通り話し終えると、私ははっと我に返り、顔を赤らめた。でしゃばりすぎただろうか。公爵は、黙って私の話に耳を傾けていたが、その表情からは何を考えているのか読み取れない。
「……面白い視点だな」
しばらくの沈黙の後、公爵は静かにそう言った。
「特に、既存の制度に固執せず、柔軟な支援体制を地域ごとに構築するという発想は、我々にはなかったものだ。……具体的に、その『巡回教師』の選定基準や、運営費用については、何か腹案があるのか?」
彼は、私の提案を頭ごなしに否定するのではなく、さらに具体的な質問を投げかけてきた。その真剣な態度に、私は再び勇気づけられ、さらに詳細なアイデアを彼に伝えることができた。
その日の議論は、夜遅くまで続いた。部屋を出る頃には、私は疲労困憊だったけれど、それと同時に、不思議な高揚感と充実感に包まれていた。
もしかしたら、私はここで、本当に何かを変えることができるのかもしれない。そんな、淡い希望が、私の心の中で確かな光となって輝き始めたのを感じていた。
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