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第20話 変化の兆し
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数週間に及んだ領地視察の旅も、終わりに近づいていた。首都ヴァルテンシュタットへと向かう帰りの馬車の中、私は心地よい疲労感と共に、大きな充実感に包まれていた。窓の外を流れるガルディアの豊かな風景は、旅に出る前よりもずっと身近で、愛おしいものに感じられる。
(本当に……色々なことがあったわね……)
鉱山地帯の厳しい現実、村人たちの温かい笑顔、そして何よりも、ライオネル公爵の統治者としての一途な姿。そのすべてが、私の心に深く刻み込まれていた。
ふと隣を見ると、公爵は目を閉じて、静かに休息しているようだった。普段の執務室で見せる厳しい表情は和らぎ、その整った顔立ちは、どこか穏やかにさえ見える。この数週間、彼はほとんど休むことなく、各地で精力的に政務をこなし、民の声に耳を傾けていた。その疲労は、相当なものだろう。
そっと彼の寝顔を盗み見ていると、不意に公爵が目を開けた。ばっちりと視線が合ってしまい、私は慌てて顔を赤らめて俯いた。
「……何か、私の顔についていたか?」
公爵は、少しだけ揶揄するような口調で言った。その声には、以前には感じられなかった、ほんのりとした親しみが込められているような気がする。
「い、いえ!滅相もございません!ただ……公爵様もお疲れなのでは、と……」
しどろもどろに答える私に、公爵は小さく息をついた。
「確かに、少し疲れたかもしれんな。だが、それ以上に、実りの多い視察だった。……それも、君がいてくれたおかげだ、アリアナ」
「え……?」
思いがけない言葉に、私は顔を上げた。公爵は、まっすぐに私を見つめている。その黒い瞳は、どこまでも深く、そして……温かい。
「君の観察眼と、物事の本質を見抜く力は、今回の視察でも大いに役立った。特に、あの水路の一件は見事だったな。技術者たちも感心していたぞ」
「そ、そんな……私など、大したことは……」
「謙遜はもういいと言ったはずだ」と、公爵は穏やかに私の言葉を遮った。「君は、自分が思っている以上に、多くのものを持っている。それを、もっと自信を持って良いのだ」
その言葉は、まるで優しい陽だまりのように、私の心をじんわりと温めてくれた。レオンハルト殿下に「地味で華がない」と切り捨てられ、自分に自信を失いかけていた私にとって、これ以上ない励ましの言葉だった。
(この人は……本当に、私のことを見てくれているんだわ……)
ただの駒としてではなく、一人の人間として、私の価値を認めてくれている。その事実が、何よりも嬉しかった。
それから、首都に戻るまでの間、私たちは以前よりもずっと打ち解けた雰囲気で、様々なことを語り合った。ガルディアの未来について、エスタードの思い出について、そして、時にはお互いの好きな書物や音楽についてまで。
私は、公爵が意外にも甘いものが好きだということや、幼い頃に森で迷子になった経験があることなど、彼の人間的な一面を垣間見ることができた。
一方、公爵も、私がエスタードでどんな風に過ごしてきたのか、どんなことに興味を持っているのか、熱心に耳を傾けてくれた。彼が私の話を聞く時の真剣な眼差しは、私に安心感と、そしてもっと自分のことを話したいという気持ちを抱かせた。
気づけば、私はライオネル公爵に対して、以前抱いていたような恐怖心や緊張感を、ほとんど感じなくなっていた。代わりに芽生えていたのは、深い尊敬と信頼、そして……もしかしたら、それ以上の、何か特別な感情なのかもしれない。
首都ヴァルテンシュタットの壮麗な城門が見えてきた時、私は少しだけ名残惜しいような気持ちになっている自分に気づいた。この旅が、もう少し続けばいいのに、と。
公爵邸に戻り、それぞれの部屋へ戻る前、ライオネル公爵は私に向かって静かに言った。
「アリアナ。……今回の旅、本当にご苦労だった。ゆっくり休むといい」
そして、ほんの一瞬だけ、彼の手に自分の手が触れそうになり、私はどきりとして身を引いた。公爵も、少しだけ驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの無表情に戻り、軽く頷いて自室へと去っていった。
その夜、私はなかなか寝付けなかった。胸の中に、新しい、温かくて、少しだけ甘酸っぱいような感情が芽生え始めているのを感じていたからだ。
それは、間違いなく、私とライオネル公爵との関係が、新たな段階へと進み始めていることの、確かな兆しだった。
(本当に……色々なことがあったわね……)
鉱山地帯の厳しい現実、村人たちの温かい笑顔、そして何よりも、ライオネル公爵の統治者としての一途な姿。そのすべてが、私の心に深く刻み込まれていた。
ふと隣を見ると、公爵は目を閉じて、静かに休息しているようだった。普段の執務室で見せる厳しい表情は和らぎ、その整った顔立ちは、どこか穏やかにさえ見える。この数週間、彼はほとんど休むことなく、各地で精力的に政務をこなし、民の声に耳を傾けていた。その疲労は、相当なものだろう。
そっと彼の寝顔を盗み見ていると、不意に公爵が目を開けた。ばっちりと視線が合ってしまい、私は慌てて顔を赤らめて俯いた。
「……何か、私の顔についていたか?」
公爵は、少しだけ揶揄するような口調で言った。その声には、以前には感じられなかった、ほんのりとした親しみが込められているような気がする。
「い、いえ!滅相もございません!ただ……公爵様もお疲れなのでは、と……」
しどろもどろに答える私に、公爵は小さく息をついた。
「確かに、少し疲れたかもしれんな。だが、それ以上に、実りの多い視察だった。……それも、君がいてくれたおかげだ、アリアナ」
「え……?」
思いがけない言葉に、私は顔を上げた。公爵は、まっすぐに私を見つめている。その黒い瞳は、どこまでも深く、そして……温かい。
「君の観察眼と、物事の本質を見抜く力は、今回の視察でも大いに役立った。特に、あの水路の一件は見事だったな。技術者たちも感心していたぞ」
「そ、そんな……私など、大したことは……」
「謙遜はもういいと言ったはずだ」と、公爵は穏やかに私の言葉を遮った。「君は、自分が思っている以上に、多くのものを持っている。それを、もっと自信を持って良いのだ」
その言葉は、まるで優しい陽だまりのように、私の心をじんわりと温めてくれた。レオンハルト殿下に「地味で華がない」と切り捨てられ、自分に自信を失いかけていた私にとって、これ以上ない励ましの言葉だった。
(この人は……本当に、私のことを見てくれているんだわ……)
ただの駒としてではなく、一人の人間として、私の価値を認めてくれている。その事実が、何よりも嬉しかった。
それから、首都に戻るまでの間、私たちは以前よりもずっと打ち解けた雰囲気で、様々なことを語り合った。ガルディアの未来について、エスタードの思い出について、そして、時にはお互いの好きな書物や音楽についてまで。
私は、公爵が意外にも甘いものが好きだということや、幼い頃に森で迷子になった経験があることなど、彼の人間的な一面を垣間見ることができた。
一方、公爵も、私がエスタードでどんな風に過ごしてきたのか、どんなことに興味を持っているのか、熱心に耳を傾けてくれた。彼が私の話を聞く時の真剣な眼差しは、私に安心感と、そしてもっと自分のことを話したいという気持ちを抱かせた。
気づけば、私はライオネル公爵に対して、以前抱いていたような恐怖心や緊張感を、ほとんど感じなくなっていた。代わりに芽生えていたのは、深い尊敬と信頼、そして……もしかしたら、それ以上の、何か特別な感情なのかもしれない。
首都ヴァルテンシュタットの壮麗な城門が見えてきた時、私は少しだけ名残惜しいような気持ちになっている自分に気づいた。この旅が、もう少し続けばいいのに、と。
公爵邸に戻り、それぞれの部屋へ戻る前、ライオネル公爵は私に向かって静かに言った。
「アリアナ。……今回の旅、本当にご苦労だった。ゆっくり休むといい」
そして、ほんの一瞬だけ、彼の手に自分の手が触れそうになり、私はどきりとして身を引いた。公爵も、少しだけ驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの無表情に戻り、軽く頷いて自室へと去っていった。
その夜、私はなかなか寝付けなかった。胸の中に、新しい、温かくて、少しだけ甘酸っぱいような感情が芽生え始めているのを感じていたからだ。
それは、間違いなく、私とライオネル公爵との関係が、新たな段階へと進み始めていることの、確かな兆しだった。
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