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第19話 領地視察
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「りょ、領地視察……でございますか? 私が、ご一緒してもよろしいので?」
ライオネル公爵からの突然の提案に、私は驚きのあまり言葉を詰まらせてしまった。これまでは、公爵邸の執務室で資料とにらめっこする日々だった。それが、いきなり公爵と共に領地を巡るなんて。
「うむ。君には、我が国の現状を、その目で直接見てほしいと思っている。書物や報告書だけでは分からないことも多いからな。それに、君の現場を見る目は、きっと役に立つはずだ」
公爵は、いつものように淡々とした口調で言ったが、その瞳には、私に対する確かな信頼の色が浮かんでいた。断る理由など、どこにもない。
「……はい! ぜひ、ご一緒させてください!」
私は、少し上擦った声で答えた。公爵と二人きりで長時間を過ごすというのは緊張するけれど、それ以上に、ガルディアの様々な場所を自分の目で見られるということに、大きな興味と期待を感じていた。
数日後、私たちは簡素な、しかし頑丈そうな馬車に乗り込み、首都ヴァルテンシュタットを出発した。供は、クラウス執事と数名の護衛騎士、そして私の世話をしてくれる侍女が一人だけという、比較的小規模なものだった。
最初の目的地は、以前私が意見を述べた、北部の鉱山地帯だった。道中、馬車の中で、公爵は私にガルディアの歴史や、彼が目指す国の姿について、時折語ってくれた。それは、普段の執務室での彼とは少し違う、どこか熱のこもった口調だった。
「この国は、豊かな資源に恵まれているが、それを有効に活用し、国民全体の生活を向上させるには、まだまだ多くの課題がある。私は、ガルディアを、ただ強いだけの国ではなく、公正で、豊かな、民が誇りを持って暮らせる国にしたいのだ」
その言葉からは、彼の統治者としての強い責任感と、国への深い愛情が伝わってきた。レオンハルト殿下が、自分の権力や享楽のことばかり考えていたのとは、あまりにも対照的だ。
私も、エスタードの現状や、そこで感じていた問題点などを、ぽつりぽつりと話した。公爵は、私の話を黙って聞いていたが、時折、鋭い質問を投げかけてくることもあった。それは、まるで心の中を見透かされているようで、少し怖くもあったけれど、同時に、私の考えを真剣に受け止めてくれているのだという実感もあった。
鉱山地帯に到着すると、そこは想像以上に厳しい環境だった。切り立った岩肌、舞い上がる砂塵、そして過酷な労働に従事する鉱夫たちの姿。けれど、彼らの顔には、不思議と絶望の色はなかった。むしろ、自分たちの仕事に対する誇りのようなものが感じられる。公爵が彼らに声をかけると、皆、畏敬の念を込めて頭を下げ、しかし臆することなく現状を報告していた。
私は、公爵の許可を得て、鉱夫の妻たちが運営する小さな診療所や、子供たちのための簡素な学び舎などを訪れた。そこで見たのは、厳しい生活の中でも、助け合い、懸命に生きる人々の姿だった。私は、気づいた問題点や、自分なりに考えた改善案を、小さな手帳に細かく書き留めていった。食事の栄養バランス、衛生環境の改善、子供たちの教育機会の確保……。
ある村では、古い水路が詰まり、生活用水の確保に困っているという話を聞いた。公爵はすぐに技術者を呼び、対応を指示したが、私はふと、エスタードの私の領地で、似たような水路の問題を解決した時のことを思い出した。
「公爵様……もしよろしければ、少し拝見してもよろしいでしょうか。もしかしたら、簡単な方法で改善できるかもしれません」
私の言葉に、公爵は少し驚いたような顔をしたが、すぐに「頼む」と頷いた。私は、村の男たちに手伝ってもらいながら、水路の構造を調べ、詰まりの原因となっている箇所を特定した。そして、私が考案した簡単な道具と、いくつかの工夫で、見事に水の流れを復活させることができたのだ。
「おお! 水が流れたぞ!」
「ベルンシュタイン様、ありがとうございます!」
村人たちの歓声と感謝の言葉に包まれ、私は少し照れくさいような、でも心から嬉しい気持ちになった。ちらりと公爵の方を見ると、彼は何も言わなかったけれど、その黒い瞳には、ほんのわずかだが、温かい光が宿っているように見えた。
その後も、いくつかの地方都市や農村を巡った。どこへ行っても、公爵は領民たちの声に真摯に耳を傾け、時には厳しく、時には温かく、彼らを導こうとしていた。その姿は、私が想像していた「冷徹公爵」のイメージとは、少しずつかけ離れていくものだった。
この視察旅行は、私にとって、ガルディアという国と、そこに住む人々のことを深く知る貴重な機会となった。そして何よりも、ライオネル公爵という人物の、知られざる一面に触れることができた、かけがえのない時間となったのだ。
ライオネル公爵からの突然の提案に、私は驚きのあまり言葉を詰まらせてしまった。これまでは、公爵邸の執務室で資料とにらめっこする日々だった。それが、いきなり公爵と共に領地を巡るなんて。
「うむ。君には、我が国の現状を、その目で直接見てほしいと思っている。書物や報告書だけでは分からないことも多いからな。それに、君の現場を見る目は、きっと役に立つはずだ」
公爵は、いつものように淡々とした口調で言ったが、その瞳には、私に対する確かな信頼の色が浮かんでいた。断る理由など、どこにもない。
「……はい! ぜひ、ご一緒させてください!」
私は、少し上擦った声で答えた。公爵と二人きりで長時間を過ごすというのは緊張するけれど、それ以上に、ガルディアの様々な場所を自分の目で見られるということに、大きな興味と期待を感じていた。
数日後、私たちは簡素な、しかし頑丈そうな馬車に乗り込み、首都ヴァルテンシュタットを出発した。供は、クラウス執事と数名の護衛騎士、そして私の世話をしてくれる侍女が一人だけという、比較的小規模なものだった。
最初の目的地は、以前私が意見を述べた、北部の鉱山地帯だった。道中、馬車の中で、公爵は私にガルディアの歴史や、彼が目指す国の姿について、時折語ってくれた。それは、普段の執務室での彼とは少し違う、どこか熱のこもった口調だった。
「この国は、豊かな資源に恵まれているが、それを有効に活用し、国民全体の生活を向上させるには、まだまだ多くの課題がある。私は、ガルディアを、ただ強いだけの国ではなく、公正で、豊かな、民が誇りを持って暮らせる国にしたいのだ」
その言葉からは、彼の統治者としての強い責任感と、国への深い愛情が伝わってきた。レオンハルト殿下が、自分の権力や享楽のことばかり考えていたのとは、あまりにも対照的だ。
私も、エスタードの現状や、そこで感じていた問題点などを、ぽつりぽつりと話した。公爵は、私の話を黙って聞いていたが、時折、鋭い質問を投げかけてくることもあった。それは、まるで心の中を見透かされているようで、少し怖くもあったけれど、同時に、私の考えを真剣に受け止めてくれているのだという実感もあった。
鉱山地帯に到着すると、そこは想像以上に厳しい環境だった。切り立った岩肌、舞い上がる砂塵、そして過酷な労働に従事する鉱夫たちの姿。けれど、彼らの顔には、不思議と絶望の色はなかった。むしろ、自分たちの仕事に対する誇りのようなものが感じられる。公爵が彼らに声をかけると、皆、畏敬の念を込めて頭を下げ、しかし臆することなく現状を報告していた。
私は、公爵の許可を得て、鉱夫の妻たちが運営する小さな診療所や、子供たちのための簡素な学び舎などを訪れた。そこで見たのは、厳しい生活の中でも、助け合い、懸命に生きる人々の姿だった。私は、気づいた問題点や、自分なりに考えた改善案を、小さな手帳に細かく書き留めていった。食事の栄養バランス、衛生環境の改善、子供たちの教育機会の確保……。
ある村では、古い水路が詰まり、生活用水の確保に困っているという話を聞いた。公爵はすぐに技術者を呼び、対応を指示したが、私はふと、エスタードの私の領地で、似たような水路の問題を解決した時のことを思い出した。
「公爵様……もしよろしければ、少し拝見してもよろしいでしょうか。もしかしたら、簡単な方法で改善できるかもしれません」
私の言葉に、公爵は少し驚いたような顔をしたが、すぐに「頼む」と頷いた。私は、村の男たちに手伝ってもらいながら、水路の構造を調べ、詰まりの原因となっている箇所を特定した。そして、私が考案した簡単な道具と、いくつかの工夫で、見事に水の流れを復活させることができたのだ。
「おお! 水が流れたぞ!」
「ベルンシュタイン様、ありがとうございます!」
村人たちの歓声と感謝の言葉に包まれ、私は少し照れくさいような、でも心から嬉しい気持ちになった。ちらりと公爵の方を見ると、彼は何も言わなかったけれど、その黒い瞳には、ほんのわずかだが、温かい光が宿っているように見えた。
その後も、いくつかの地方都市や農村を巡った。どこへ行っても、公爵は領民たちの声に真摯に耳を傾け、時には厳しく、時には温かく、彼らを導こうとしていた。その姿は、私が想像していた「冷徹公爵」のイメージとは、少しずつかけ離れていくものだった。
この視察旅行は、私にとって、ガルディアという国と、そこに住む人々のことを深く知る貴重な機会となった。そして何よりも、ライオネル公爵という人物の、知られざる一面に触れることができた、かけがえのない時間となったのだ。
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