手放したのは、貴方の方です

空月そらら

文字の大きさ
44 / 60

第44話 完全なる敗北

しおりを挟む
レオンハルト殿下のガルディア滞在中、私は常にライオネル様の傍を離れなかった。それは、彼が私を守ろうとしてくれていると同時に、私自身も、レオンハルト殿下と二人きりになることを避けたかったからだ。彼のあの、粘つくような視線と、独りよがりな言葉を聞いているだけで、気分が悪くなりそうだった。

公式な会談の場や、歓迎の宴席。そういった場所で、レオンハルト殿下は何度も私に接触しようと試みてきた。時には甘い言葉で、時には脅迫めいた口調で、私をエスタードへ連れ戻そうとする。けれど、その度に、ライオネル様が間に立ち、彼の試みを冷静に、しかし断固としてはねつけてくれた。

「レオンハルト王子。アリアナは、私の婚約者であり、間もなくヴァルテンベルク公爵夫人となる女性だ。彼女の意思を無視した言動は、慎んでいただきたい」

ライオネル様のその言葉は、常に有無を言わせぬ迫力があった。レオンハルト殿下も、さすがにガルディアの最高権力者の一人であるライオネル様を前にしては、あからさまな強硬手段に出ることはできないようだった。

そして、レオンハルト殿下は、このガルディアで、嫌というほど思い知らされることになるのだ。自分が手放したものが、どれほど大きな価値を持っていたのかを。

ある夜、公爵邸で盛大な夜会が開かれた。それは、レオンハルト殿下を歓迎するという名目ではあったが、同時に、間近に迫った私とライオネル様の結婚を、内外に披露するという意味合いも込められていた。

その夜の私は、ライオネル様が特別に誂えてくれた、月光のように輝くシルクのドレスを身にまとっていた。髪には、彼から贈られたダイヤモンドのティアラが輝いている。エスタードにいた頃の、地味で自信なさげな私とは、まるで別人のようだ、と自分でも思う。

私は、ライオネル様のエスコートで、会場の注目を一身に浴びながら、堂々と歩を進めた。そして、集まった貴族たちや各国の使節たちと、笑顔で言葉を交わした。ガルディアの現状について、近隣諸国との関係について、時には専門的な知識を交えながら、自分の意見をはっきりと述べる。その姿は、多くの人々から称賛と敬意の目で見られているのが分かった。

レオンハルト殿下は、そんな私の姿を、会場の隅から、まるで信じられないものでも見るかのように、呆然と見つめていた。

彼は見たのだろう。私が、ただ美しいドレスを着飾っているだけではないことを。私が、ライオネル様に深く愛され、心からの信頼を寄せられていることを。そして何よりも、私が、自分の意思でこの場所に立ち、自分の言葉で語り、自分の力で輝いていることを。

かつて彼が「地味で華がない」と蔑んだ令嬢は、今や、誰よりも眩い光を放つ存在へと変わっていたのだ。そして、その変化をもたらしたのは、他の誰でもない、彼が最も見下していた「才能」と、そしてライオネル様という、真に彼女の価値を理解する人の愛だった。

夜会の途中、レオンハルト殿下は、ふらふらとした足取りで私の元へ近づいてきた。その顔は青ざめ、瞳には深い絶望の色が浮かんでいる。

「アリアナ……君は……本当に、変わってしまったのだな……」

その声は、か細く、力なく震えていた。

「はい、殿下。私は変わりました。……いいえ、あるいは、これが本来の私だったのかもしれません。それを、見出す機会を与えてくださったのが、ライオネル様なのです」

私は、穏やかに、しかしはっきりとそう答えた。彼の目を見つめ返す私の瞳には、もう一片の迷いもなかった。

レオンハルト殿下は、私のその言葉に、そして私の隣で誇らしげに微笑むライオネル様の姿に、完全に打ちのめされたようだった。彼がどれだけ足掻こうとも、もう、私を取り戻すことなど不可能だと、ようやく悟ったのだろう。

それは、彼の完全なる敗北の瞬間だった。彼が自ら手放した幸せが、今、彼の目の前で、手の届かない場所で、美しく花開いている。その現実に、彼はただ立ち尽くすしかなかったのだ。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

【完結】悪役令嬢は折られたフラグに気が付かない〜王子たちは悪役令嬢の平穏を守れるのか!?〜【全23話+おまけ2話】

早奈恵
恋愛
エドウィン王子から婚約破棄されて、修道院でいじめ抜かれて死んでしまう予知夢を見た公爵令嬢アデリアーナは、男爵令嬢のパナピーアに誘惑されてしまうはずの攻略対象者との出会いを邪魔して、予知夢を回避できるのか試そうとする。 婚約破棄への道を自分で潰すつもりなのに、現実は何だか予知夢の内容とどんどんかけ離れて、知らないうちに話が進んでいき……。 宰相インテリ子息、騎士団長の脳筋子息、実家を継ぐために養子になったわんこ系義弟、そして婚約者の王太子エドウィンが頑張る話。 *リハビリに短編を書く予定が中編くらいになってしまいましたが、すでにラストまで書き終えている完結確約作品です。全23話+おまけ2話、よろしくお願いします。 *短い期間ですがHOTランキング1位に到達した作品です。

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

「醜い」と婚約破棄された銀鱗の令嬢、氷の悪竜辺境伯に嫁いだら、呪いを癒やす聖女として溺愛されました

黒崎隼人
恋愛
「醜い銀の鱗を持つ呪われた女など、王妃にはふさわしくない!」 衆人環視の夜会で、婚約者の王太子にそう罵られ、アナベルは捨てられた。 実家である公爵家からも疎まれ、孤独に生きてきた彼女に下されたのは、「氷の悪竜」と恐れられる辺境伯・レオニールのもとへ嫁げという非情な王命だった。 彼の体に触れた者は黒い呪いに蝕まれ、死に至るという。それは事実上の死刑宣告。 全てを諦め、死に場所を求めて辺境の地へと赴いたアナベルだったが、そこで待っていたのは冷徹な魔王――ではなく、不器用で誠実な、ひとりの青年だった。 さらに、アナベルが忌み嫌っていた「銀の鱗」には、レオニールの呪いを癒やす聖なる力が秘められていて……?

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾
恋愛
魔法が存在しないと信じられていた世界に、 突如として現れた「本物の聖女」。 空中浮遊、瞬間移動、念動力―― 奇跡を披露した平民の少女は、たちまち市民の熱狂を集め、 王太子はその力に目を奪われる。 その結果、 王太子の婚約者だった公爵令嬢アストリアは、 一方的に婚約を破棄されてしまった。 だが、聖女の力は―― ・空中浮遊は、地上三十センチ ・瞬間移動は、秒速一メートル ・念動力は、手で持てる重さまで 派手ではあるが、実用性は乏しい。 聖女の力は、見世物レベル。 少なくとも、誰もがそう判断していた。 それでも人々は喝采し、 権威は少女を縛り、 「聖女」という立場だけが一人歩きしていく。 そんな中、婚約破棄された公爵令嬢アストリアは、 ある違和感に気づき始める。 ――奇跡よりも、奪われているものがあることに。 派手な復讐はない。 怒鳴り返しもしない。 けれど静かに、確実に、 “正しさ”は明らかになっていく。 見世物にされた奇跡と、 尊厳を取り戻す少女たちの物語。 ---

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で一人の騎士と運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう 婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ 婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話 *更新は不定期です *加筆修正中です

処理中です...