手放したのは、貴方の方です

空月そらら

文字の大きさ
45 / 60

第45話 最後の言葉

しおりを挟む
レオンハルト殿下のガルディア滞在も、いよいよ最終日を迎えた。この数日間、彼は何度も私に接触しようと試みたが、その度にライオネル様に阻まれ、そして私の変わらぬ姿と、私たち二人の揺るぎない絆を目の当たりにし、彼の心は完全に折れてしまっているように見えた。

彼がガルディアを発つ日の朝。ライオネル様の計らいで、私は彼と二人きりで話す機会を与えられた。公爵邸の、静かな一室で。

レオンハルト殿下は、憔悴しきった様子でソファに座っていた。かつての傲慢な光を失ったその瞳は、どこか虚ろで、力がない。

「アリアナ……」

彼が、か細い声で私の名前を呼んだ。

「最後に……最後に、もう一度だけ、君に聞きたい。……本当に、私とエスタードへ戻る気はないのか? 私が……私が間違っていた。君の価値を、私は全く理解していなかった。今なら分かる。君こそが、私にとって、そしてエスタードにとって、必要な人間なのだ。どうか……もう一度だけ、チャンスをくれないか?」

その言葉は、以前のような独りよがりな響きではなく、どこか切実な、懇願するような響きを帯びていた。彼が、心から後悔していることは伝わってきた。けれど……。

「殿下」

私は、静かに、しかしきっぱりとした口調で言った。

「お言葉ですが、もう遅すぎるのです」

私の言葉に、彼の肩が小さく震えた。

「私は、ここで、このガルディアで、新しい人生を見つけました。私を心から愛し、私の才能を信じ、そして私を必要としてくれる人がいます。ここで、私は自分の力で立ち、自分の意思で生きていく喜びを知りました。それは、殿下が私に与えてくださったものではありません」

私は、まっすぐに彼の目を見つめて続けた。

「殿下は、私が『地味で華がない』とおっしゃいました。そして、私を捨てました。そのおかげで、私はライオネル様と出会い、本当の自分を見つけることができたのです。皮肉なことですが、ある意味では、殿下に感謝しているのかもしれませんわ」

「……アリアナ……」

「ですから、もう、私の人生に関わらないでください。私は、ライオネル様と共に、このガルディアで生きていきます。それが、私の選んだ道であり、私の幸せなのです」

そして、私は、この物語の始まりとなった、あの言葉を、今度は私自身の口から、彼に告げた。

「――手放したのは、貴方の方です、レオンハルト殿下」

その言葉は、彼にとって、決定的な最後通牒となっただろう。彼の顔から、最後の血の気が引いていくのが分かった。その瞳には、深い絶望と、そしてほんの少しの……諦観のような色が浮かんでいる。

彼は、もう何も言わなかった。ただ、力なく頷くと、ふらつく足取りで部屋を出て行った。その背中は、あまりにも小さく、哀れに見えた。

彼がガルディアを去った後、私は一人、部屋に残された。胸の中に、様々な感情が渦巻いていた。かつての婚約者への、ほんの僅かな憐憫の情。そして何よりも、過去と完全に決別し、新しい未来へと歩み出すことのできた、晴れやかな解放感。

(これで、本当に終わったのね……)

もう、エスタードの影に怯える必要はない。私は、自由なのだ。

窓の外には、どこまでも広がる青空が見えた。それは、まるで私の未来を祝福してくれているかのようだった。

私は、深呼吸を一つすると、愛する人の待つ場所へと、確かな足取りで歩き始めた。私の本当の幸せは、ここにあるのだから。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は折られたフラグに気が付かない〜王子たちは悪役令嬢の平穏を守れるのか!?〜【全23話+おまけ2話】

早奈恵
恋愛
エドウィン王子から婚約破棄されて、修道院でいじめ抜かれて死んでしまう予知夢を見た公爵令嬢アデリアーナは、男爵令嬢のパナピーアに誘惑されてしまうはずの攻略対象者との出会いを邪魔して、予知夢を回避できるのか試そうとする。 婚約破棄への道を自分で潰すつもりなのに、現実は何だか予知夢の内容とどんどんかけ離れて、知らないうちに話が進んでいき……。 宰相インテリ子息、騎士団長の脳筋子息、実家を継ぐために養子になったわんこ系義弟、そして婚約者の王太子エドウィンが頑張る話。 *リハビリに短編を書く予定が中編くらいになってしまいましたが、すでにラストまで書き終えている完結確約作品です。全23話+おまけ2話、よろしくお願いします。 *短い期間ですがHOTランキング1位に到達した作品です。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

「醜い」と婚約破棄された銀鱗の令嬢、氷の悪竜辺境伯に嫁いだら、呪いを癒やす聖女として溺愛されました

黒崎隼人
恋愛
「醜い銀の鱗を持つ呪われた女など、王妃にはふさわしくない!」 衆人環視の夜会で、婚約者の王太子にそう罵られ、アナベルは捨てられた。 実家である公爵家からも疎まれ、孤独に生きてきた彼女に下されたのは、「氷の悪竜」と恐れられる辺境伯・レオニールのもとへ嫁げという非情な王命だった。 彼の体に触れた者は黒い呪いに蝕まれ、死に至るという。それは事実上の死刑宣告。 全てを諦め、死に場所を求めて辺境の地へと赴いたアナベルだったが、そこで待っていたのは冷徹な魔王――ではなく、不器用で誠実な、ひとりの青年だった。 さらに、アナベルが忌み嫌っていた「銀の鱗」には、レオニールの呪いを癒やす聖なる力が秘められていて……?

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で一人の騎士と運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう 婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ 婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話 *更新は不定期です *加筆修正中です

義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!

もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。 ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。 王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。 ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。 それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。 誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから! アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。

処理中です...