手放したのは、貴方の方です

空月そらら

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番外編

第55話 アリアナの条件と、温かい眼差し

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エスタードからの使節団、そしてレオンハルト殿下からの親書。それらは、私とライオネル様に、重い決断を迫るものだった。私たちは、数日間にわたり、側近たちも交えて慎重に議論を重ねた。

そして、ついに、エスタードの使節団と再び正式に会談する日がやってきた。場所は、前回と同じ公爵邸の応接室。ライオネル様と私が上座に座り、向かいには、緊張した面持ちのゼーブルック伯爵たちが座っている。

部屋の空気は、張り詰めていた。彼らは、私たちの返答を、固唾を飲んで待っている。

最初に口を開いたのは、ライオネル様だった。

「ゼーブルック伯爵。貴殿が持参された、レオンハルト王太子殿下からの親書、確かに拝見した。……その内容からは、殿下の、そしてエスタード王国の置かれた苦境と、助けを求める切実な思いが伝わってきた」

その言葉に、ゼーブルック伯爵たちの顔に、ほんの少しだけ安堵の色が浮かんだ。しかし、ライオネル様の次の言葉は、彼らを再び緊張させた。

「だが、我々ガルディアとしても、無条件で援助を行うわけにはいかない。それは、エスタードのためにもならず、また、我が国の民に対しても説明がつかないからだ。援助を行うにあたっては、いくつかの厳格な条件を受け入れていただく必要がある」

そして、ライオネル様は私に視線を送り、目で「あとは君が」と促した。私は、静かに頷くと、まっすぐにゼーブルック伯爵たちを見据え、ゆっくりと、しかしはっきりとした口調で話し始めた。

「ゼーブルック伯爵、並びにエスタード使節団の皆様。本日は、ヴァルテンベルク公爵夫人として、そしてかつてエスタードに生きた一人の人間として、私の考えをお伝えさせていただきます」

私のその言葉に、使節団の顔ぶれが息を呑むのが分かった。私は、もう以前の、ただ従順なだけの侯爵令嬢ではないのだ。

「まず、第一の条件として、エスタード王室及び政府が、これまでの失政の責任を公式に認め、国民に対して深甚なる謝罪を行うこと。そして、二度とこのような事態を繰り返さないと、固く誓っていただく必要がございます」

その言葉は、彼らにとって非常に厳しいものだっただろう。だが、これが全ての始まりなのだ。

「第二に、国内に蔓延る不正と腐敗の根を断ち切ること。具体的には、私腹を肥やし、国を傾けた貴族や官僚を厳しく処罰し、その不正に得た財産を没収し、民に還元すること。そして、二度と不正が起こらないような、公正な監視体制を確立することです」

使節団の中には、顔色を失い、小さく呻き声を上げる者もいた。彼ら自身、あるいはその縁者が、この条件に抵触する可能性が高いのだろう。

「第三に、ガルディア王国から派遣する、経済、農業、医療、そして行政改革の専門家からなる調査・助言チームを全面的に受け入れ、彼らの提言に基づいた具体的な改革を、迅速かつ誠実に実行すること。これには、公正な税制の導入や、効率的な食糧配給システムの確立、そして何よりも、民衆の生活を第一に考えた政策への転換が含まれます」

「そして、第四の条件。……レオンハルト王太子殿下ご自身が、今後一切の贅沢を排し、質素な生活を送り、国民と苦楽を共にし、国の再建に身を捧げるという姿勢を、明確に示していただくこと。それは、言葉だけでなく、行動で証明していただかなければなりません」

私の提示した条件は、どれもエスタードにとって、そしてレオンハルト殿下にとって、非常に厳しいものばかりだった。だが、これくらいの覚悟がなければ、あの国が再生することなどあり得ない。

ゼーブルック伯爵は、額に汗を滲ませながら、私の言葉を最後まで聞いていた。そして、深いため息と共にかぶりを振った。

「……公爵夫人様。それは……あまりにも……」

「厳しい、と仰りたいのでしょう。ですが、ゼーブルック伯爵、これがエスタードが生き残るための、唯一の道だと、私は信じております。この条件を受け入れ、本気で国を変える覚悟があるのなら、ガルディアは、隣国として、可能な限りの支援を惜しみません。ですが、もし、それができないというのなら……残念ながら、私たちにできることは何もございません」

私の言葉は、冷たく響いたかもしれない。けれど、その瞳の奥には、故郷の民を救いたいという強い意志と、そして、苦渋の決断をして助けを求めてきたであろうレオンハルト殿下に対する、ほんの僅かな……これは期待とでも言うのだろうか……複雑な眼差しが宿っていた。

ライオネル様は、終始黙って私の言葉を聞いていたが、最後に力強く頷き、私の意見を全面的に支持する姿勢を示した。

エスタードの使節団は、重い沈黙の中で、私たちの言葉を噛みしめているようだった。彼らが、この厳しい条件を受け入れ、本当の意味での再生の道を歩み始めることができるのか。それは、彼ら自身の、そしてレオンハルト殿下の、最後の覚悟にかかっていた。
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