手放したのは、貴方の方です

番外編

第57話 抵抗勢力との戦い

エスタード王国で改革の狼煙が上がってから数ヶ月。アリアナの遠隔指導と、ガルディアから派遣された専門家チームの尽力、そして何よりもレオンハルト王子自身の変化によって、少しずつではあるが、良い方向への兆しが見え始めていた。

しかし、その道のりは決して平坦なものではなかった。特に大きな障害となったのが、国内に根強く残る、腐敗した貴族たちの抵抗だった。

彼らにとって、今回の改革は、自らの既得権益を脅かし、不正に蓄えた富を奪い去る、許しがたい暴挙に他ならなかった。彼らは、あの手この手で、改革の進行を妨害しようと画策したのだ。

例えば、ガルディアから送られた貴重な種籾や農具が、輸送の途中で「盗賊に襲われた」という名目で横流しされたり、専門家チームが指導する新しい農法に対して「伝統を無視するものだ」と農民たちを扇動し、サボタージュをさせたり。あるいは、改革を推進する良識派の官僚たちに対し、脅迫や買収を試みたり、彼らに関する根も葉もない噂を流して失脚させようとしたり。

その妨害工作は、巧妙かつ陰湿で、改革の現場は混乱と停滞を繰り返した。

「くそっ……！ またか……！ あの者たち、どこまで国を食い物にすれば気が済むのだ……！」

レオンハルト王子は、側近からの報告に、何度も歯噛みし、怒りを露わにした。かつての彼ならば、ここで癇癪を起こし、無能な部下を怒鳴りつけて終わりだったかもしれない。だが、今の彼は違った。

彼は、アリアナから遠隔で送られてくる助言を食い入るように読み込み、それを元に、自ら解決策を模索し始めたのだ。アリアナの助言は、決して甘いものではなかった。「抵抗勢力に対しては、断固たる態度で臨むべきです。しかし、力だけで押さえつけようとすれば、さらなる反発を招くでしょう。彼らの不正の証拠を掴み、法に基づいて厳正に処罰すること。そして何よりも、民衆の支持を改革の側に引き寄せることが肝要です」と。

その言葉を受け、レオンハルトは、国内で彼に協力し始めた数少ない良識派の貴族や、若手の官僚たちを集め、極秘裏に不正貴族たちの調査を開始した。それは、危険を伴う困難な作業だったが、彼らは「国を救いたい」という一心で、必死に証拠を集めていった。

時には、抵抗勢力からの脅しに怯え、挫けそうになることもあった。だが、そんな時、彼の脳裏をよぎるのは、アリアナの凛とした姿と、彼女がガルディアで成し遂げた数々の功績だった。

（アリアナなら……彼女なら、こんな時、どうするだろうか……？ 諦めずに、最後まで戦い抜くに違いない……！）

そう思うと、不思議と勇気が湧いてくるのだった。彼は、もはやアリアナ個人への執着ではなく、彼女が示した「為政者としてのあるべき姿」を追い求めるようになっていたのかもしれない。

そして、数ヶ月に及ぶ困難な調査と、抵抗勢力との水面下での激しい攻防の末、ついにレオンハルトたちは、腐敗貴族たちの不正の決定的な証拠を掴むことに成功した。

彼は、王宮の広場で、民衆と、そして全ての貴族たちの前で、その証拠を突きつけ、不正を働いた貴族たちを一人残らず断罪したのだ。その姿は、かつての無気力な王子ではなく、まさに国を憂い、正義を貫こうとする、若き指導者の姿そのものだった。

この出来事は、エスタードの改革における大きな転換点となった。抵抗勢力は力を失い、民衆はレオンハルト王子の勇気ある行動を称賛し、改革への期待はかつてないほど高まった。

アリアナは、ガルディアの地でその知らせを聞き、静かに安堵の息をついた。彼が、自らの力で、大きな壁を乗り越えたのだ、と。それは、彼にとって、そしてエスタードにとって、かけがえのない一歩となるだろう。