婚約破棄されたら、多方面から溺愛されていたことを知りました

灯倉日鈴(合歓鈴)

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66、その頃、セドリックは……

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「ところで。私は納得させても、もっと強敵が残っているぞ」

 チョコレートサンデーを頬張りながら言うヴィンセントに、フルールはオレンジゼリーをつつく手を止めた。

「誰ですの?」

「セドリック殿下だよ」

 兄は口直しにコーヒーで喉を潤し、

「あの方もフルールにご執心だからな。お前の使節団入りを阻止しようと手を打ってくるぞ」

「まあ」

「殿下はお若いが行動力のあるかなりの切れ者。お前を国内に留めるためなら、使節団派遣の話さえ潰しかねない」

「あらまあ」

 真剣な表情のヴィンセントに、フルールはのほほんと頬に手を当ててため息をつく。

「でも、心配ないと思いますわよ」

「何故?」

 楽天的な妹に兄が聞き返すと、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

「王宮のパワーバランスは、こちらに傾いてますもの」

◆ ◇ ◆ ◇

「なんでですか、父上!」

 国王の執務室に乗り込んだ第二王子セドリックは、一枚板の上等な樫の机に両拳をドンッと叩きつけた。

「どうしてフルールの使節団入りを許可したんですか!? 彼女はこの国に欠かせない人材です。国外流出なんて以ての外! 直ちに名簿から削除してください!」

 あまりの息子の剣幕に、国王は椅子ごと後退る。

「そうは言われても、団員の選出は全権大使であるエリカに委ねてあるから……」

「じゃあ、エリカおば様に頼んでください!」

「しかし……」

「もういいです。僕が自分で行きます!」

 怒鳴るだけ怒鳴って、セドリックが踵を返すと……、

「あらあら、騒々しいこと。廊下まで聞こえていたわよ」

 ドアの前には王従妹エリカが立っていた。

「エリカおば様……」

 狼のように少年が唸る。

「丁度いいところに。フルールを使節団から除名してください」

 尊大にお願いという名の命令をするが、

「いやよ」

 従叔母はあっさり拒否した。

「な! なんでですか!」

 真っ赤に沸騰するセドリックにエリカは飄々と、

「フルールは有能だし、多国語に長けているし、わたくしとも気が合うし、連れて行くと有益だわ。ブランジェ公爵からも承諾のサインを頂いているの。セドリックに阻む権利はないわ」

 ブランジェ公爵まで許可したのか。ヴィンセントの無能めと、セドリックは内心舌打ちする。

「おば様、これは最後通牒です」

 従甥は父の従妹に宣言する。

「フルールを除名してください。さもないと、僕の全権力と人脈を行使して、使節団の派遣を中止させます」

 セドリックは最強の切り札を出した。……つもりだったが。

「やってご覧なさい」

 エリカは悠然と従甥を見下ろした。

「わたくしを誰だと思っているの? セディ坊や」

 余裕の笑みで挑発する。

「わたくしは嫁ぎ先を内戦で失ってから二十年、クワントに戦火が及ばぬよう、辺境伯と共に南側諸国の外交の矢面に立ってきたの。すべてとは言わないけど、わたくしのお陰で他国の侵攻を免れた地域や、独裁政権を退け民主的な政府を作った国もあるわ。あなたみたいな狭い中央社交界の中でしか威張れない子供とは年季と人脈の幅が違うの。身の程を知りなさい!」

 国王ダリム二世はエリカと同い年。親世代の女性に一喝されて、セドリックは涙目だ。

「ち……父上ぇ」

 ぷるぷると震える視線を向けられ、王は沈痛な面持ちで首を振った。

「諦めなさい、セドリック」

 エリカは国内外から絶大な支持を受ける王家のカリスマだ。国王だって迂闊に手を出せない、まさに『不可侵』な存在なのだ。
 圧倒的な経験値不足を目の当たりにしたセドリックだったが……それでも簡単には引き下がれない。

「マティアス! マティアス!」

 第二王子は便利アイテムを召喚した。

「なんでしょう? セドリック殿下」

 ひょっこり顔を出した秘書官に、セドリックはビシッとエリカを指差した。

「おば様を反逆罪で拘束して!」

「お断りします」

 秒で拒絶した。

「なんでええぇぇ!?」

 セドリックは天使の巻毛を掻き毟って絶叫する。

「君は僕の秘書官でしょ? 命令をきいてよ!」

 キャンキャン吠える王子に、マティアスはしれっと、

「秘書官は個人の奴隷ではなく王国の官吏ですから。それに、私には郷里に年老いた母と幼い妹がいるのです。なので、長いものには積極的に巻かれに行こうかと……」

「もういいよ!」

 淡々と状況を述べるマティアスを、セドリックの怒鳴り声が遮る。

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるんだからね! みんな、一生恨んでやるからー!」

 支離滅裂な呪いの言葉を吐いて、第二王子は執務室から駆け出していく。マティアスもその後を追おうとして……、

「ねえ」

 エリカに呼び止められた。

「あなた、見込みあるわね。わたくしの秘書にならない?」

 マティアスは微かに口角を上げると、恭しく頭を下げた。

「私が忠誠を誓っているのは、セドリック様の将来性ですので」

 若い王子を探しに部屋を辞する秘書官に、王と王従妹は目を見合わせて首を竦めた。
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