いつか優しく終わらせてあげるために。

イチイ アキラ

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 「ロベリア」は。
 帝国産れの、孤児だった。
 どんな両親か、どんな家族か、どんな家に産まれたのかなんてこともわからない。
 気がつけば路地裏にいて、同じ様な境遇の子どもといた。いや、ロベリアは小さかったから、同じ様な境遇の子どもたちが面倒をみてくれていた、が……正しいところか。

 帝国はその数十年前に起きたごたごたで、未だに「ロベリア」みたいな孤児はあちらこちらにいた。
 光が強いと影も濃くなるように、復興している傍ら、そうした嫌な部分も増えていく。

 ある日、路地裏にいる孤児たちは。王弟殿下の慈悲のもと、孤児院に集められることになった。

 それは、良かったと思う。
 「ロベリア」を探すついでに、孤児たちがちょっとの間でも、雨や雪に濡れないベットと少しでも腹にいれる黴びたり腐ってない食べ物をもらえたのだから。世話をしてくれていたいくらか年上の子らに、その身をもって恩返しできていたら嬉しい。

 毒の娘となったことにより、自分こそが孤児院を作る目的・・であったのだろうと、察し良き育てのベラドンナに教えてもらった。

 この紫がかった青い瞳は珍しい色だったそうで。

 「ロベリア」が見つかったあと、その孤児院がどうなったか、「ロベリア」は知らないから。どうか「ロベリア」が見つかったことで、そこで支援を打ち切られていなければ良いのだけれど。

 「ロベリア」は――そうして、ロベリアと名前をもらった。
 これから育ててくれる・・・・・・という、ベラドンナに手を引かれて、帝国から離れてこの国にきて。
 ロベリアは、本当にこのヒューリック家にいたお嬢さまのお名前だったという。

 「良いのかな?」て何度も思った。

 自分なんかがそんな大事なお名前を頂戴して。

「本当の名前はなんていうんだい?」
 素朴で優しい顔の「父」となるひとに名前をきかれて。それまで路地裏で年上の子らに呼ばれていた名前を告げたら、キュッと「父」は顔のパーツを中心に集めるような……。
 それは「チビ」という、その名前に哀しみだったり、吃驚だったりと、色々な気持ちがごちゃ混ぜになってしまったからだったようだ。

 彼は泣きながら「チビ」に――「ロベリア」と、名前をくれた。

 そればかりか。
 あたたかなベットを。
 あたたかなご飯を。
 服を、本を、ぬいぐるみを。

 ――姉を。

 家族をくれた。

 毒とともに。

 その日から自分はロベリアという――人間になった。

 同時に「毒」を身体の中に蓄積させて、生きて動ける毒の塊と成るように。「毒の娘」と。

 まったくと言ってもいいほど、ロベリアはその「毒の娘」が嫌じゃなかった。

 だってそうじゃなかったら、早々に路地裏で冷たくなっていたか、年上の姉さんたちのように身体をわずかな金で売るか――もう少し年上の姉さんたちのように病でまた、路地裏で冷たくなっていたから。

 だったら、このあたたかさの方が、はるかにいい。

 毒のせいで髪は白くなったけど、身体に肉はついた。
 肋の浮いた身体に、ベラドンナが「まずは肉つけないと毒に負けるわ、これ」と。帝国で引き合わせられた時の第一声だったから。
 ベラドンナはわざと手を抜いてくれたから。
 帝国の望む本当の毒娘は、その場にいるだけでも「やばい」代物であるとか。
 そんなのは優しい父や姉の近くにいられなくなるから、ベラドンナには感謝した。
「いや、毒を飲ませてる人間に感謝てどうなんだろ?」
 と、互いに吹き出して。

 実のところ、この「毒の娘」の計画を持ちかけられたときにミヒャエルが了承しなければ――ヒューリック家は、もしかしたらそこで終わっていたかもしれなくて。口封じに。
 そしてベラドンナがちゃんと「毒の娘」を作らないと、また……。
 ロベリアが「毒の娘」にならなければ、この優しいヒューリック家が皆、それぞれに人質になってもいたのだ。
 ベラドンナには里に歳の離れた弟がいたことも、また。

 だから「出来損ない」であろうとも、ロベリアはちゃんと「毒の娘」になった。

「本当に毒の娘になったらさ、毎日、逆に、少し毒を取らないと生きれなくなるらしいわ。それに血液とか汗とか、触れただけで相手を……そんなの、同じ部屋にいるだけで危険よ」
 それは怖い。
 ベラドンナの里でかつて作られた「完成品」は、だからか使用期限・・・・が短かったとあるらしい。

 ベラドンナは里に、帝国に、ロベリアは「出来損ない」と報告してくれた。これ以上強い毒にしたら「素体」が持ちませんよ、と。
 もともと、幾つもある「毒」のルートの一つでしかなかった「毒娘」の計画だ。
 帝国も「そういえば薬師の里に作り方が……?」と、かつての政争の最中のを思い出したからで。
 一つの家族とベラドンナとロベリアの運命を捻じ曲げながら、なんとも。

 本当に、ロベリアがヨアヒムの目に留まるのも、なんとも。

 ――けれども。

 ヨアヒムは、本気でロベリアを好きになってくれた。
 ロベリアも、いつかこの人を殺すために「毒の娘」になったのだと――漠然としていたのが、はっきりとした。

 本気で、好きになってくれたから。
 出来損ないとはいえ、そのうち蓄積した毒でロベリアは死ぬ。そればかりはどうしようもないことだった。
「もしかしたら時間差の心中かも?」
 深い深い、海の底みたいな瞳をしながら、彼はあくまでもきれいに言った。
 そしてその色の宝石がついた指輪をロベリアに嵌めてくれた。

「先に逝って、待っててあげるから」

 ロベリアの指輪に気がついた姉が、ロベリアの瞳の宝石がついたブローチを作ってくれた。それは「母」の形見を男物に作り直したのだとか。
 毒の娘の計画を彼女に知らせないのがミヒャエルの条件であったが、賢いマーガレットは「ロベリア」が毒を飲まされていることから……徐々に、すべてを知っていった。
「いや、薬全部燃やすぞて、カンテラ片手に脅されたから」
 飄々と、誰かがバラしたのもあるけど。
 マーガレットもヨアヒムと同じく、敏かった。
 自分自身が人質でもあると気がついてしまうほど。

 それでも彼女は、ロベリアを「妹」と。

 大事な、妹だと。

 だから母の形見を、希少な色の宝石を。
 それをヨアヒムに。
 内心では「王子がいなかったらロベリアが毒を飲まされることもなかったけれども、王子がいなかったら私は妹を二人も持てなかった」と、葛藤したらしい。
 一人は幼くして喪い、一人はまたすぐ直に……。
 だったら、そんなロベリアにしてあげられることを優先する。マーガレットはまた、心底から――ロベリアを愛したから。

 妹の大事なひとだから。
 妹を愛して――一緒に死んでくれるひとだから。

 互いの色は――暗い黄泉の国で迷子にならないように。目印に。

 父にも、姉にも、育ての親にも。
 ヨアヒムにも。
 こんなにも愛されたら、もう何も、怖くなくなった。


 だから、私が――殺したい。


 誰にも譲らない。

「貴方の毒は、相手を苦しめないわ……」

 ベラドンナは、あえてそうしたふうに作って・・・くれていたから。

 ――せめて、優しく。苦しめない。
 
 他の誰かの「毒」は苦いかもしれない。辛いかも、不味いかも。死ぬまで苦しむかもしれない。

「いつか優しくあなたを終わらせてあげます」

 ずっと、そのために――毒を飲んできたのだから。
 いつか優しく終わらせて殺してあげるために。

 
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