「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ

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「こりゃあきまへんわ。現実みよ」

02

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 さて、スピカが「自分、何か……生まれ変わってない? これ、前世の記憶じゃないの?」と薄っすら思っていたのが「生まれ変わってますやーん!?」と確信したのは、貴族の子供が一堂に集められるイベントがあったからだ。

 王太子のお披露目である。

 王太子が八歳の誕生日に。
 その目出度い催しものに、国中の主だった貴族が祝いに登城した。
 年の近い子供たちも、だ。
 将来的に、王太子と同じ世代で生きていく彼ら彼女らが、王太子の顔を知らぬでは……と。王家側からのありがたいご招待だ。

 この国では八歳を過ぎたらお披露目があると、兄とともに父親に手を引かれ登城し、その祝辞を述べるお偉方のお話を聞いていたスピカは「七五三みたいなものかしら?」と思い――「いや、七五三てなんだろ……あ!?」と、そんなきっかけで、自分が生まれ変わっていると自覚した。
 スピカは王太子と同い年。
 マーロウ男爵家にはこの一年前に入っていた。


 そしてこれは、ゲームのプロローグであると思い出した。


 この日、スピカは王太子と出会った。
 このあと予定されている、子供たちだけ集められる庭園会で。
 兄とはぐれ、迷子になったスピカを王太子が助けてくれる。なんて幼心にまぶしいイベントだろうか。
 後に学園で再会し、「あの時の!?」と、思い出すイベントが――……。


「いや、無理ですわ……」
 スピカはいやいや、と肩をすくめてため息をついた。両手も軽くあげてなんとも子供らしくなく。
 案の定、スピカをあまり良く思ってない兄はスピカをあっさりと放置し、同世代の男の子たちと駆けて行った。
 原作では、まだ庶民感覚で貴族のなかに放置され、心細くなったスピカは兄を探して……迷子に。

 なのだが。

 王太子には現時点で婚約者が、すでに。
 三年程前にアスター公爵家のご令嬢と婚約を結ばれている。
 有名な話だ。王太子の一目惚れとして。
 先ほど庭園で改めて現れ、挨拶なさった王太子は、そのご令嬢を完璧にエスコートなさっていた。
 王太子の方が、ベタ惚れなのは誰からも丸わかり。

 だけども……。
「女って、何歳でも怖がぁ……」
 王太子は婚約者のご令嬢とばかりいることはできない。互いに幼いながらに社交があるのだろう。二人が別れてそれぞれの挨拶周りをしはじめて。

 そして王太子の気を引くために、ご令嬢たちの群がることよ。

「婚約者さんいてはるのになぁ」
 スピカはご用意されているケーキやクッキーといったお菓子コーナーからそれらを眺めていた。
 兄を探すこともなく。
 ぶっちゃけ、大人びている――社会人経験のあるスピカの方が、そのおこちゃまたちよりも、すでに礼儀正しく。
 兄がいなくて不安がることなく、同じように王太子や地位に興味ない子らと仲良く「これ美味しー」「こっち、中にちょっと苦いの入ってる」「チョコレートていうんだよ。苦いのも美味しいよ?」「ぼく、ナッツ苦手で……食べると具合悪くなるの……」「あ、これナッツはいってたから気を付けて」と。
 和気あいあい。美味しいものは正義。
 庶民あがりと弾かれることもなく。
 クッキーはお持ち帰りもご用意されていると仲良くなった子に教えてもらったので、専らクリームの乗ったケーキを攻略中。
 もぐもぐしながら、彼ら彼女らと、もはや戦場な王太子を眺めていた。
「横取り、良い世界なんですやろか?」
 そんなん、常識ある人間には無理です。日本人の奥ゆかしさには無理です。っていうか、ふつうに無理です。
 そりゃあ、一瞬は好きだったゲームの世界に生まれ変わって、主人公だとテンションが上がったけれども。
 この王太子殿下だけならずあの公爵子息や、騎士団の……と。一瞬、は。

 婚約者がいる相手に粉かけるん、ふつうにあかんやろ。

 ――スン……と。
 一瞬でテンションは戻った。
 現実にそういう立場になり、スピカは改めて大好きだったゲームの世界に疑問をもった。
 いや、以前も解ってはいたのだが、いわゆる「萌」を優先してしまっていた。
「うん、そもそも。婚約者いる相手と恋愛て、どうなんだろ?」
 当て馬?
 障害がある方が燃える的な?

 けれども今、見たばかり。
 拝んだばかり。
 王太子の婚約者さまを見る目を。
 あの、子供でもわかる。しっかりと愛溢れる――幸せそうな瞳を。

「こりゃあきまへんわ。現実みよ」
 林檎のジュースをずずっと吸い込み。果汁百。美味い。さすが王宮のご用意。
「馬に蹴られるのはあきまへん」
 スピカはそうまとめた。
 ゲームの知識はあり、自分は主人公かもしれないが――人の恋路を邪魔してまで、ゲームをやりたいとは思わない。

 と、いうわけで。スピカはイベントを――無視するはずが。



「……おトイレ、どちらでしょうか?」
「あ、僕も行くところだから案内するね。女子トイレもこっち。壁の向かい側だよー」
 食べ過ぎ飲み過ぎた。
 まさか、迷子になり。
 まさかまさか、通りかかったのも同じくトイレ休憩に向かう王太子さまであるとは。
 そんな恥ずかしい――まさか、イベントクリアしてしまったスピカだった。




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