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七本槍
伊賀守内応
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「殿、腹を切ってお詫びしたいことがございます。」
安治は筑前守に会うなり、いきなり切り出した。
「何じゃ、藪から棒に。長浜で何かあったのか?」
筑前守は怪訝そうに問い返してきた。
「畏れながら、殿に手土産を持って帰ってまいりますと大見得を切った割に、手ぶらで帰参することになってしまいました。」
安治は神妙に答えた。
「ほう、伊賀守のやつ、案外義理堅いの。」
筑前守は、安治を咎めるわけでもなく、むしろ己の立場を弁えた伊賀守の姿勢に感心したようだった。
「実を申せば、伊賀守様に対して、殿の許しも得ないまま“我が主筑前守とともに織田家を支えていけるならば、筑前守は越前の領有をお任せしたいと申しております”と言上いたしました。腹を切って詫びるとはこのことでございます。せめて伊賀守様をお連れできれば言い訳もできましょうが、この体たらくでございます。拙者の腹を切ったところで何にもなりませぬが、拙者が今できる精一杯の償いが、腹を切ることでございます。」
言い終えた安治は平伏した。
黙って聞いていた筑前守が静かに口を開いた。
「面を上げよ。事の顛末はようわかった。ところで甚内、お主、その話、伊賀守だけにしたのか?」
「畏れながら、伊賀守様のご重臣列席の中、申し上げた次第でございます。さらに付け加えるならば、ご重臣の方々に対しても“筑前守は、伊賀守様を支える皆様方にも相応の知行を宛がうと申しております”と言上仕った次第でございます。」
筑前守は、じっと安治の目を見据えていた。
「餌だけ撒いて、狙った魚を釣れなんだ故、詫びると申すか。わしの許しなくそこまで話を進めるのは言語道断じゃ。が、お主のことじゃ、破れかぶれで話したわけではあるまい。何故、そこまでしたのじゃ?」
「されば申し上げます。もし、伊賀守様との対面の場に重臣の方々がいなければ、殿のご意向だけを伝えて帰参するつもりでおりました。さりながら、伊賀守様の意向を探るかのごとく重臣の方々も対面の場に列席されました。となれば、あからさまに内応を仕掛ければ、むしろ重臣の方々が食いつくのではないかと愚考した次第でございます。」
筑前守相手に、下手な小細工は通用しない。安治は、己の存念を隠すことなく伝えた。安治は筑前守に下駄を預けた。
「ふむ。で、重臣どもは食いついたのか?」
「実は、山路将監様が自ら伊賀守様の前に進み出て、我が方への内応を進言した次第でございます。」
「ほう、あの山路がか。」
筑前守は前のめりに安治の話を聞いていた。
「はい。実は、重臣の方々にも知行宛がう旨言上した際、伊賀守様は、はっきりと“それは織田家に対する謀叛になる”とまで仰せられました。正直、拙者はこれに対してすぐに反論できませんでした。するとそこに割って入るかのよう、山路様が伊賀守様に対して進言されたのでございます。ついでに申し上げれば、他の重臣の方々も、山路様の進言に対して伊賀守様が何とお答えになるか固唾をのんで見守っておりました。」
もっとも、今の安治は伊賀守の重臣たち同じ心持ちであった。こうして話を聞くという以上、切腹は免れそうだが、とはいえ咎はないとは言い切れない。筑前守が何かを言いかけたその時、どたどたと広間に向かってくる音が聞こえてきた。
「何事じゃ!?」
筑前守は大声で尋ねた。
広間後方のふすまが開き、伝令が平伏していた。
「申し上げます。柴田伊賀守様のご使者がお越しになりました。内密の儀、これありとのことでございます。」
「相分かった。すぐに参る。」
筑前守はすくっと立ち上がり、広間を出ていった。
「甚内、暫しここで待っておれ。腹を切らんでよくなるかもしれんぞ。」
去り際、筑前守は安治に声をかけ、にやっと笑ってみせた。
半刻ばかり経った頃、筑前守が戻ってきた。
「甚内、吉報じゃ。伊賀守のやつ、わしの意向に従うと言ってきおったぞ!伊賀守の重臣、徳永、大金、山路の三名 が日を改めて山崎に挨拶にくると言うておるわ。」
「祝着至極に存じます。」
安治は、咄嗟に平伏した。滅多なことをするものではないな。安治は、安堵すると同時に、山路将監たちのような男どもが羽柴家に害をなすのではないかと不安を感じ始めていた。羽柴家と柴田家を秤にかけ、有利な方に靡く。殿も、伊賀守様のように煮え湯を飲ませられなければよいが…。
「甚内、お手柄じゃ。槍働きの方は存じておったが、なかなかどうしてこのような手も使いおるとは、全く隅におけない奴じゃて。」
筑前守は、安治の不安を知ってか知らずか、上機嫌に安治の肩を叩いた。
安治は筑前守に会うなり、いきなり切り出した。
「何じゃ、藪から棒に。長浜で何かあったのか?」
筑前守は怪訝そうに問い返してきた。
「畏れながら、殿に手土産を持って帰ってまいりますと大見得を切った割に、手ぶらで帰参することになってしまいました。」
安治は神妙に答えた。
「ほう、伊賀守のやつ、案外義理堅いの。」
筑前守は、安治を咎めるわけでもなく、むしろ己の立場を弁えた伊賀守の姿勢に感心したようだった。
「実を申せば、伊賀守様に対して、殿の許しも得ないまま“我が主筑前守とともに織田家を支えていけるならば、筑前守は越前の領有をお任せしたいと申しております”と言上いたしました。腹を切って詫びるとはこのことでございます。せめて伊賀守様をお連れできれば言い訳もできましょうが、この体たらくでございます。拙者の腹を切ったところで何にもなりませぬが、拙者が今できる精一杯の償いが、腹を切ることでございます。」
言い終えた安治は平伏した。
黙って聞いていた筑前守が静かに口を開いた。
「面を上げよ。事の顛末はようわかった。ところで甚内、お主、その話、伊賀守だけにしたのか?」
「畏れながら、伊賀守様のご重臣列席の中、申し上げた次第でございます。さらに付け加えるならば、ご重臣の方々に対しても“筑前守は、伊賀守様を支える皆様方にも相応の知行を宛がうと申しております”と言上仕った次第でございます。」
筑前守は、じっと安治の目を見据えていた。
「餌だけ撒いて、狙った魚を釣れなんだ故、詫びると申すか。わしの許しなくそこまで話を進めるのは言語道断じゃ。が、お主のことじゃ、破れかぶれで話したわけではあるまい。何故、そこまでしたのじゃ?」
「されば申し上げます。もし、伊賀守様との対面の場に重臣の方々がいなければ、殿のご意向だけを伝えて帰参するつもりでおりました。さりながら、伊賀守様の意向を探るかのごとく重臣の方々も対面の場に列席されました。となれば、あからさまに内応を仕掛ければ、むしろ重臣の方々が食いつくのではないかと愚考した次第でございます。」
筑前守相手に、下手な小細工は通用しない。安治は、己の存念を隠すことなく伝えた。安治は筑前守に下駄を預けた。
「ふむ。で、重臣どもは食いついたのか?」
「実は、山路将監様が自ら伊賀守様の前に進み出て、我が方への内応を進言した次第でございます。」
「ほう、あの山路がか。」
筑前守は前のめりに安治の話を聞いていた。
「はい。実は、重臣の方々にも知行宛がう旨言上した際、伊賀守様は、はっきりと“それは織田家に対する謀叛になる”とまで仰せられました。正直、拙者はこれに対してすぐに反論できませんでした。するとそこに割って入るかのよう、山路様が伊賀守様に対して進言されたのでございます。ついでに申し上げれば、他の重臣の方々も、山路様の進言に対して伊賀守様が何とお答えになるか固唾をのんで見守っておりました。」
もっとも、今の安治は伊賀守の重臣たち同じ心持ちであった。こうして話を聞くという以上、切腹は免れそうだが、とはいえ咎はないとは言い切れない。筑前守が何かを言いかけたその時、どたどたと広間に向かってくる音が聞こえてきた。
「何事じゃ!?」
筑前守は大声で尋ねた。
広間後方のふすまが開き、伝令が平伏していた。
「申し上げます。柴田伊賀守様のご使者がお越しになりました。内密の儀、これありとのことでございます。」
「相分かった。すぐに参る。」
筑前守はすくっと立ち上がり、広間を出ていった。
「甚内、暫しここで待っておれ。腹を切らんでよくなるかもしれんぞ。」
去り際、筑前守は安治に声をかけ、にやっと笑ってみせた。
半刻ばかり経った頃、筑前守が戻ってきた。
「甚内、吉報じゃ。伊賀守のやつ、わしの意向に従うと言ってきおったぞ!伊賀守の重臣、徳永、大金、山路の三名 が日を改めて山崎に挨拶にくると言うておるわ。」
「祝着至極に存じます。」
安治は、咄嗟に平伏した。滅多なことをするものではないな。安治は、安堵すると同時に、山路将監たちのような男どもが羽柴家に害をなすのではないかと不安を感じ始めていた。羽柴家と柴田家を秤にかけ、有利な方に靡く。殿も、伊賀守様のように煮え湯を飲ませられなければよいが…。
「甚内、お手柄じゃ。槍働きの方は存じておったが、なかなかどうしてこのような手も使いおるとは、全く隅におけない奴じゃて。」
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