強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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七本槍

三七討伐

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 安治は、耳を疑った。伊賀守が羽柴方についた今こそ好機であるには違いないが、一方で修理との協定もある。書状こそ取り交わしていないとはいえ、それを反故にしては筑前守が謀叛の謗りを受ける。一体、殿の真意はどこに…。
 「甚内、何を驚いた顔をしておる?一体だれを攻めると思うておるのじゃ?我らが向かうは岐阜じゃ。急ぎ触れ回れ。」
 岐阜!?安治は、ますます訳が分からなくなった。確かに、三七は修理と結託している。隙あれば筑前守を追い落とそうとしているのは間違いない。とはいえ、筑前守から三七を討つ理由がない。岐阜に進軍しては、それこそ筑前守は織田家にとって逆賊となる。その危険を冒してでも岐阜に攻め入る理由があるというのだろうか?
 「甚内、まだ呑み込めていないようじゃな。まあ、お主が呑み込めていないのであれば、他の者は猶更じゃな。実はな、清州での会議の折り、若君は然るべき時がきたら、岐阜から安土にご動座いただく運びとなっておった。じゃからこそ、お主に安土の普請を頼んだわけじゃ。ところがじゃ。三七殿は、若君を岐阜に匿ったまま、一向にご動座の段取りをせぬ。これは、明らかに信義にもとる。三七殿が力づくで若君を擁立し、織田家の名代とならんとする意図が見え見えじゃ。まして、三七殿は修理や将監らばかりを贔屓にし、我らを蔑ろにしている。織田家中の結束を破る張本人といっても過言ではあるまい。此度の出陣は、若君を速やかに助け出すためのものじゃ。よいな、お主が伝令となり、此度の出陣の意義を説いて回るのじゃ!」
 「は、承知つかまつりました!」
 安治は、咄嗟に平伏し、筑前守のもとを後にした。
 全く、殿には驚かされてばかりじゃ。安治はつくづくそう感じた。修理と不戦協定を結んだとき、既にこのことを見越していたのだ。伊賀守調略も、もちろんこの一環だ。筑前守は、清州での会談のときから、己が進むべき道を見定めていたのだ。
 安治は、諸将に岐阜討伐の意義を滾々と説いて回った。そして、天正十年十二月二日、筑前守は岐阜に向け進軍を開始した。丹羽五郎左衛門、池田勝三郎も筑前守に加勢した。筑前守は長浜城に入り、伊賀守から歓待を受けた後、垂井に本陣を張った。筑前守は、ここを拠点として、三七方の諸将の切り崩しを行った。清州で決まったことを守らない三七の非をとことん糾弾し、此度の出陣は織田家の惣領である若君の救出に他ならないことを訴え回った。筑前守は、この作戦の効果を計るべく、手始めに大垣を守る氏家内膳に使者を遣わした。曰く、道理を弁えるのであれば、速やかに人質をだすように。さもなくば、織田家に反旗を翻す者として大垣を包囲する、と。
 内膳は嫡子を引き連れ、筑前守の本陣に飛んできた。筑前守は、内膳の所領を安堵するとともに、岐阜攻めの先鋒に加わるよう命じた。内膳の処遇を知った三七方の諸将は、こぞって筑前守のもとに馳せ参じた。筑前守は、労せずして西美濃地方を手中に収めた。
  総勢五万騎に膨れ上がった軍勢で、筑前守は岐阜城を包囲した。三七は、しきりに越前に救援を求めたが、雪に閉ざされた修理は動けない。もちろん、そんなことは三七も分かってはいたが、それでも何かせずにはいられなかった。とはいえ、雪解けまで籠城を続けることなど到底かなわない。十二月二十日、三七は抵抗らしい抵抗もしないまま、三法師を安土に送り出し、自身の母、乳母たちを人質とすることで、筑前守と和睦した。筑前守はほとんど兵を損耗することなく、目論見を果たすことができた。
 「甚内、しっかり英気を養っておけよ。槍の手入れも忘れずにな。」
 筑前守が、安治の目を見据えて諭すように話しかけてきた。
 「御意。」
 安治は恭しく平伏した。岐阜を落とした以上、修理との全面抗争は避けられない事態となった。おそらく修理に呼応する形で伊勢の滝川将監も動いてくるだろう。むしろ、将監が先に攻撃を仕掛けてきて、将監と筑前守が争っている最中、筑前守の後背を狙うように修理が進撃してくるかもしれない。筑前守にとっては、伸るか反るかの戦となるだろう。安治は、ふと三木城での戦いを思い出し、体の震えを感じていた。
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