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七本槍
囮の将監
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「何と、峯城まで落とされていたと…。」
安治の注進を受けた関安芸守の顔から血の気が失せていた。
「畏れながら、もはや我々先鋒だけでどうにかなるものではないかと愚考いたします。無駄に兵を損なうよりも、ここは素直に殿のご判断を仰ぐことが肝要かと心得ます。僭越ながら、急ぎ山崎に戻りまして、殿にご注進いたします。」
「貴殿の申すとおりではあるが、亀山城に続き峯城まで落とされたとあっては、腹切ってお詫び申さねばなるまいて…。」
「何を仰せ遊ばします!?此度のことは、関様の落ち度ではまったくございませぬ。それだけ、滝川勢が本気と言うことです。むしろ、奴らを一網打尽にする好機となりましょう。」
動揺を隠しきれなかった関も、落ち着いた安治の口ぶりから、徐々に平静を取り戻していった。
「うむ、そうじゃな…。では甚内殿、貴殿が山崎に向かっている間、我らは滝川将監の居場所を突き止める。追って筑前守様に伝える故、筑前守様には、将監の首を狙っていただきたいとお伝え願いたい。」
「承知仕りました。差し支えなければ、我が家の郎党、脇坂覚兵衛を置いていきます。斥候として存分にお使いください。」
「甚内殿、お気遣い痛み入る。では、ありがたく拝借いたす。このあたりは、まだ滝川の手も伸びていないとは思うが、道中、油断なきよう。」
「ありがたいお言葉、恐悦に存じます。さすれば、これにて。」
関のもとを退出した後、安治は覚兵衛に関の下で斥候を務めるよう申し渡した。
覚兵衛は快諾し、安治を送り出した。
山崎に戻った安治は、筑前守に対面を乞うた。
広間に通されて間もなく、筑前守がやってきた。
「随分早い帰りではないか。もう、亀山城を取り返してきたか?」
「畏れながら、亀山城を取り返すどころか、既に滝川勢は峯城も手中に入れた由にございます。急ぎ戻ってまいりましたのは、速やかなる殿のご出馬を仰ぐためでございます。」
「何!?将監の奴、峯城まで落としたというのか。流石、武田、北条とやり合っていただけのことはある。」
筑前守は驚いたような顔をした。滝川将監の手際の良さが、筑前守の想定を超えていたのかもしれない。
「関様のご伝言も併せて申し上げます。滝川将監の居場所を突き止め次第、殿にご注進遊ばすとのことでございます。」
「わしが将監を討てとな?」
「御意。拙者の郎党、脇坂覚兵衛を関様に託し、関様の手足のごとく働くよう命を下した次第でございます。」
「準備万端と言うわけか。」
筑前守は、虚空の一点を見つめていた。滝川勢が出てきた以上、修理も呼応して進軍してくるのは目に見えている。反羽柴方を一気に駆逐できる好機である一方で、滝川討伐が長引くと、柴田勢に後背を突かれてしまう。そうなれば、こちらに勝ち目はない。雪解け前までに将監を討てるか、それが勝敗の分かれ目になる。筑前守は、どうやって将監を討つかに考え巡らせているのだ。
「関安芸守様より使者到着!」
広間に伝令が飛び込んできた。その後を追うように入ってきたのが覚兵衛であった。
「申し上げます。滝川将監様、長島城に入城。兵数一万!」
広間に響き渡った覚兵衛の言葉に、安治は耳を疑った。滝川方のほぼすべての兵数で羽柴方を引き付け、持ちこたえている間に修理との挟み撃ちで筑前守を討つ算段だ。
「甚内、だそうだ。どう思う?」
筑前守が物見遊山にでいくように尋ねてきた。筑前守がこう聞いてくるとき、既に筑前守の腹は固まっている。筑前守は、安治に尋ねることで、諸将の反応を見極めようとしているのだ。
「畏れながら、動員できる全ての兵力で長島に向かうべきかと愚考いたします。さすれば、柴田様も雪解けが待ちどおしくなりましょう。」
筑前守は、どうすれば修理と将監を一気に討伐できるかに知恵を巡らせているはずだ。むしろ、将監が筑前守をいかに葬るかを考えたとき、将監こそ修理との挟撃で筑前守を討とうするだろう。しからば、どうやって筑前守をおびき寄せるか。自身を囮として筑前守を長島城に釘付けにして、修理に筑前守の背を突かせる。将監と修理には、この手しかない。ならば、筑前守もこの誘いに乗らない手はない。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。もっともじゃ。甚内、全軍に触れ回れ。長島城に総攻撃を仕掛ける。織田家に楯突いた将監に鉄槌を下すのじゃ!お主は、わしとともに長島城に向かうぞ。」
筑前守は、安治に下知した。どうやら、筑前守は、安治と同じ考えだったようだ。この戦、熾烈を極めることになろう…。安治はそう思いながら、全軍に触れ回った。
安治の注進を受けた関安芸守の顔から血の気が失せていた。
「畏れながら、もはや我々先鋒だけでどうにかなるものではないかと愚考いたします。無駄に兵を損なうよりも、ここは素直に殿のご判断を仰ぐことが肝要かと心得ます。僭越ながら、急ぎ山崎に戻りまして、殿にご注進いたします。」
「貴殿の申すとおりではあるが、亀山城に続き峯城まで落とされたとあっては、腹切ってお詫び申さねばなるまいて…。」
「何を仰せ遊ばします!?此度のことは、関様の落ち度ではまったくございませぬ。それだけ、滝川勢が本気と言うことです。むしろ、奴らを一網打尽にする好機となりましょう。」
動揺を隠しきれなかった関も、落ち着いた安治の口ぶりから、徐々に平静を取り戻していった。
「うむ、そうじゃな…。では甚内殿、貴殿が山崎に向かっている間、我らは滝川将監の居場所を突き止める。追って筑前守様に伝える故、筑前守様には、将監の首を狙っていただきたいとお伝え願いたい。」
「承知仕りました。差し支えなければ、我が家の郎党、脇坂覚兵衛を置いていきます。斥候として存分にお使いください。」
「甚内殿、お気遣い痛み入る。では、ありがたく拝借いたす。このあたりは、まだ滝川の手も伸びていないとは思うが、道中、油断なきよう。」
「ありがたいお言葉、恐悦に存じます。さすれば、これにて。」
関のもとを退出した後、安治は覚兵衛に関の下で斥候を務めるよう申し渡した。
覚兵衛は快諾し、安治を送り出した。
山崎に戻った安治は、筑前守に対面を乞うた。
広間に通されて間もなく、筑前守がやってきた。
「随分早い帰りではないか。もう、亀山城を取り返してきたか?」
「畏れながら、亀山城を取り返すどころか、既に滝川勢は峯城も手中に入れた由にございます。急ぎ戻ってまいりましたのは、速やかなる殿のご出馬を仰ぐためでございます。」
「何!?将監の奴、峯城まで落としたというのか。流石、武田、北条とやり合っていただけのことはある。」
筑前守は驚いたような顔をした。滝川将監の手際の良さが、筑前守の想定を超えていたのかもしれない。
「関様のご伝言も併せて申し上げます。滝川将監の居場所を突き止め次第、殿にご注進遊ばすとのことでございます。」
「わしが将監を討てとな?」
「御意。拙者の郎党、脇坂覚兵衛を関様に託し、関様の手足のごとく働くよう命を下した次第でございます。」
「準備万端と言うわけか。」
筑前守は、虚空の一点を見つめていた。滝川勢が出てきた以上、修理も呼応して進軍してくるのは目に見えている。反羽柴方を一気に駆逐できる好機である一方で、滝川討伐が長引くと、柴田勢に後背を突かれてしまう。そうなれば、こちらに勝ち目はない。雪解け前までに将監を討てるか、それが勝敗の分かれ目になる。筑前守は、どうやって将監を討つかに考え巡らせているのだ。
「関安芸守様より使者到着!」
広間に伝令が飛び込んできた。その後を追うように入ってきたのが覚兵衛であった。
「申し上げます。滝川将監様、長島城に入城。兵数一万!」
広間に響き渡った覚兵衛の言葉に、安治は耳を疑った。滝川方のほぼすべての兵数で羽柴方を引き付け、持ちこたえている間に修理との挟み撃ちで筑前守を討つ算段だ。
「甚内、だそうだ。どう思う?」
筑前守が物見遊山にでいくように尋ねてきた。筑前守がこう聞いてくるとき、既に筑前守の腹は固まっている。筑前守は、安治に尋ねることで、諸将の反応を見極めようとしているのだ。
「畏れながら、動員できる全ての兵力で長島に向かうべきかと愚考いたします。さすれば、柴田様も雪解けが待ちどおしくなりましょう。」
筑前守は、どうすれば修理と将監を一気に討伐できるかに知恵を巡らせているはずだ。むしろ、将監が筑前守をいかに葬るかを考えたとき、将監こそ修理との挟撃で筑前守を討とうするだろう。しからば、どうやって筑前守をおびき寄せるか。自身を囮として筑前守を長島城に釘付けにして、修理に筑前守の背を突かせる。将監と修理には、この手しかない。ならば、筑前守もこの誘いに乗らない手はない。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。もっともじゃ。甚内、全軍に触れ回れ。長島城に総攻撃を仕掛ける。織田家に楯突いた将監に鉄槌を下すのじゃ!お主は、わしとともに長島城に向かうぞ。」
筑前守は、安治に下知した。どうやら、筑前守は、安治と同じ考えだったようだ。この戦、熾烈を極めることになろう…。安治はそう思いながら、全軍に触れ回った。
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