強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

文字の大きさ
38 / 40
七本槍

囮の将監

しおりを挟む
 「何と、峯城まで落とされていたと…。」
 安治の注進を受けた関安芸守の顔から血の気が失せていた。
 「畏れながら、もはや我々先鋒だけでどうにかなるものではないかと愚考いたします。無駄に兵を損なうよりも、ここは素直に殿のご判断を仰ぐことが肝要かと心得ます。僭越ながら、急ぎ山崎に戻りまして、殿にご注進いたします。」
 「貴殿の申すとおりではあるが、亀山城に続き峯城まで落とされたとあっては、腹切ってお詫び申さねばなるまいて…。」
 「何を仰せ遊ばします!?此度のことは、関様の落ち度ではまったくございませぬ。それだけ、滝川勢が本気と言うことです。むしろ、奴らを一網打尽にする好機となりましょう。」
 動揺を隠しきれなかった関も、落ち着いた安治の口ぶりから、徐々に平静を取り戻していった。
 「うむ、そうじゃな…。では甚内殿、貴殿が山崎に向かっている間、我らは滝川将監の居場所を突き止める。追って筑前守様に伝える故、筑前守様には、将監の首を狙っていただきたいとお伝え願いたい。」
 「承知仕りました。差し支えなければ、我が家の郎党、脇坂覚兵衛を置いていきます。斥候として存分にお使いください。」
 「甚内殿、お気遣い痛み入る。では、ありがたく拝借いたす。このあたりは、まだ滝川の手も伸びていないとは思うが、道中、油断なきよう。」
 「ありがたいお言葉、恐悦に存じます。さすれば、これにて。」
 関のもとを退出した後、安治は覚兵衛に関の下で斥候を務めるよう申し渡した。
 覚兵衛は快諾し、安治を送り出した。
 山崎に戻った安治は、筑前守に対面を乞うた。
 広間に通されて間もなく、筑前守がやってきた。
 「随分早い帰りではないか。もう、亀山城を取り返してきたか?」
 「畏れながら、亀山城を取り返すどころか、既に滝川勢は峯城も手中に入れた由にございます。急ぎ戻ってまいりましたのは、速やかなる殿のご出馬を仰ぐためでございます。」
 「何!?将監の奴、峯城まで落としたというのか。流石、武田、北条とやり合っていただけのことはある。」
 筑前守は驚いたような顔をした。滝川将監の手際の良さが、筑前守の想定を超えていたのかもしれない。
 「関様のご伝言も併せて申し上げます。滝川将監の居場所を突き止め次第、殿にご注進遊ばすとのことでございます。」
 「わしが将監を討てとな?」
 「御意。拙者の郎党、脇坂覚兵衛を関様に託し、関様の手足のごとく働くよう命を下した次第でございます。」
 「準備万端と言うわけか。」
 筑前守は、虚空の一点を見つめていた。滝川勢が出てきた以上、修理も呼応して進軍してくるのは目に見えている。反羽柴方を一気に駆逐できる好機である一方で、滝川討伐が長引くと、柴田勢に後背を突かれてしまう。そうなれば、こちらに勝ち目はない。雪解け前までに将監を討てるか、それが勝敗の分かれ目になる。筑前守は、どうやって将監を討つかに考え巡らせているのだ。
 「関安芸守様より使者到着!」
 広間に伝令が飛び込んできた。その後を追うように入ってきたのが覚兵衛であった。
 「申し上げます。滝川将監様、長島城に入城。兵数一万!」
 広間に響き渡った覚兵衛の言葉に、安治は耳を疑った。滝川方のほぼすべての兵数で羽柴方を引き付け、持ちこたえている間に修理との挟み撃ちで筑前守を討つ算段だ。
 「甚内、だそうだ。どう思う?」
 筑前守が物見遊山にでいくように尋ねてきた。筑前守がこう聞いてくるとき、既に筑前守の腹は固まっている。筑前守は、安治に尋ねることで、諸将の反応を見極めようとしているのだ。
 「畏れながら、動員できる全ての兵力で長島に向かうべきかと愚考いたします。さすれば、柴田様も雪解けが待ちどおしくなりましょう。」
 筑前守は、どうすれば修理と将監を一気に討伐できるかに知恵を巡らせているはずだ。むしろ、将監が筑前守をいかに葬るかを考えたとき、将監こそ修理との挟撃で筑前守を討とうするだろう。しからば、どうやって筑前守をおびき寄せるか。自身を囮として筑前守を長島城に釘付けにして、修理に筑前守の背を突かせる。将監と修理には、この手しかない。ならば、筑前守もこの誘いに乗らない手はない。
 「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。もっともじゃ。甚内、全軍に触れ回れ。長島城に総攻撃を仕掛ける。織田家に楯突いた将監に鉄槌を下すのじゃ!お主は、わしとともに長島城に向かうぞ。」
 筑前守は、安治に下知した。どうやら、筑前守は、安治と同じ考えだったようだ。この戦、熾烈を極めることになろう…。安治はそう思いながら、全軍に触れ回った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏
歴史・時代
気が付くと遠江二俣の松井家の明星丸に転生していた。 戦国時代初期、今川家の家臣として、宗太は何とか生き延びる方法を模索していく。 桶狭間のバッドエンドに向かって…… ※この物語はフィクションです。 氏名等も架空のものを多分に含んでいます。 それなりに歴史を参考にはしていますが、一つの物語としてお楽しみいただければと思います。 ※2024年に一年かけてカクヨムにて公開したお話です。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

米国戦艦大和        太平洋の天使となれ

みにみ
歴史・時代
1945年4月 天一号作戦は作戦の成功見込みが零に等しいとして中止 大和はそのまま柱島沖に係留され8月の終戦を迎える 米国は大和を研究対象として本土に移動 そこで大和の性能に感心するもスクラップ処分することとなる しかし、朝鮮戦争が勃発 大和は合衆国海軍戦艦大和として運用されることとなる

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

幻影の艦隊

竹本田重朗
歴史・時代
「ワレ幻影艦隊ナリ。コレヨリ貴軍ヒイテハ大日本帝国ヲタスケン」 ミッドウェー海戦より史実の道を踏み外す。第一機動艦隊が空襲を受けるところで謎の艦隊が出現した。彼らは発光信号を送ってくると直ちに行動を開始する。それは日本が歩むだろう破滅と没落の道を栄光へ修正する神の見えざる手だ。必要な時に現れては助けてくれるが戦いが終わるとフッと消えていく。幻たちは陸軍から内地まで至る所に浸透して修正を開始した。 ※何度おなじ話を書くんだと思われますがご容赦ください ※案の定、色々とツッコミどころ多いですが御愛嬌

処理中です...