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七本槍
頑強な抵抗
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筑前守は、総勢七万騎もの大編成で伊勢路を目指した。筑前守は五万騎を率い長島城に向かい、別働隊として蒲生忠三郎、細川与一郎らに二万騎を率いさせ、亀山城に向かわせた。安治は、筑前守に近侍してともに長島城に向かった。
「長期戦は、必至じゃな…。」
長島城に着くなり、筑前守はぽつりと漏らした。
長島城は、木曾川と長良川の中州にあり、二つの川が天然の堀となっており、容易には攻め落とせない。事実、この地で一向一揆と対峙した織田軍は、大損害を被った。その織田軍の中に、滝川将監はいたのだ。そして、今度は滝川将監自身が、長島城に立て籠り、羽柴軍を退けようというのだ。
「甚内、見てのとおり、長島城は簡単には落とせん。まずは、長島城を厳重に包囲するよう、全軍に下知せよ。」
「畏まりました。」
「それと、忠三郎には、亀山城と峯城には圧をかけ続けよと申し渡せ。」
「承知仕りました。」
安治は、羽柴軍本隊に筑前守の下知を触れ回ると同時に、筑前守の意向を蒲生忠三郎に注進すべく、覚兵衛を亀山城に向かわせた。
筑前守といえど、一万の兵が守る長島城には攻めあぐねていた。得意の兵糧攻めを仕掛けようにも、水軍の運用が巧みな将監は川から兵糧を運び入れてしまう。また、長良川、木曾川が行く手を阻み、思うような攻撃も仕掛けられない。時だけが過ぎ去っていく始末である。
亀山城に向かわせた覚兵衛が戻ってきた。豪胆な覚兵衛も、この時ばかりは意気消沈していた。覚兵衛によると、別動隊の成果も芳しくないようであった。
先遣隊として亀山城に向かっていた関安芸守が、既に亀山城の包囲をしながら蒲生忠三郎達別動隊を待っていた。蒲生達も筑前守に言われるまでもなく、関の包囲をさらに強化し、早々に亀山城を落とす算段でいた。ところが、亀山城を守っている滝川新助が、見事なまでに持ち堪えたのだ。さらには、峯城に入った滝川儀太夫が亀山城の包囲を崩すべく、小競り合いを仕掛けていた。
「誠に恐れ入るばかりでございますが、蒲生様より、大殿に増援を乞うよう申し渡された次第でございます。」
覚兵衛は消え入りそうな声で言上し、そのまま額づいた。覚兵衛の話を聞いた筑前守は、腕を組んでしばらく黙っていた。
「注進、ご苦労であった。戻って早々で悪いが、再度、忠三郎の言付けを頼む。山内伊右衛門に一万騎を授けて亀山城に向かわす。何としても、亀山城をおとせ、とな。」
一万!?筑前守の決断に、安治は驚愕した。五万の兵でも長島城を攻めあぐねている中、そこから一万を割くというのだ。安治は筑前守の心中を計りかねていた。
「甚内。お主も山内とともに、亀山城に向かえ。いよいよ、お主の槍働きを披露するときぞ!」
「畏れながら、殿のご下命とあらば、この甚内、火の中までも飛び込む所存ではございますが、長島城はいかが遊ばすのでございます?」
安治に問いかけられた筑前守は、満足げに頷いた。
「気になるか。案ずるな、長島城は落とせん。」
筑前守は、きっぱりと言い切った。それにしても、長島城を落とす見込みがないのに案ずるなとは、一体どういう了見なのだろうか…?安治は、腑に落ちないものを感じていた。
「よいか、あの将監が一万騎を率いて立て籠もっておるのじゃ。ひと月やふた月で落とせるものではない。であれば、せめて我らが戦う相手は一つにまとまっておる方がよい。亀山と峯がいかに強固とはいえ、総勢三万騎で攻め続ければ、持ち堪えられるはずはない。その二つが落城間近となれば、自然、長島に落延びて行くであろう。さすれば、滝川勢は長島に勢揃いすることになる。そうなればしめたものよ。」
筑前守は、諭すように安治に話しかけた。なるほど、狙いはわかる。しかし、そうなれば尚のこと、柴田勢と滝川勢に挟まれる危険が高まる。それは、避けなければならないはず。
「殿のご賢察に及ぶべくもございませぬが、長島城に滝川勢が集結した後、首尾よく落とせればよいでしょうが、落とす前に柴田勢が背後から忍び寄ってきたときは、どうなりましょう。」
安治は、思い切って尋ねてみた。
「その時こそ、お主の槍が活きる時じゃ。まあ、まずは亀山でひと暴れしてこい。」
筑前守は、安治の問いを予想していたようだが、それには直接応えずに、安治の肩をぽんと叩いた。確かに、筑前守の言うとおり、安治は戦の趨勢を案ずる立場ではない。ただ目の前の敵を殲滅すればよいのだ。筑前守の構想がどうあれ、安治は目の前の敵を討ち果たす他に道はないのだ。
「若輩者がご無礼仕りました。不肖甚内、滝川勢に目に物見せてやる所存でございます。」
安治は、筑前守に一礼し、覚兵衛とともに筑前守のもとを辞した。
「長期戦は、必至じゃな…。」
長島城に着くなり、筑前守はぽつりと漏らした。
長島城は、木曾川と長良川の中州にあり、二つの川が天然の堀となっており、容易には攻め落とせない。事実、この地で一向一揆と対峙した織田軍は、大損害を被った。その織田軍の中に、滝川将監はいたのだ。そして、今度は滝川将監自身が、長島城に立て籠り、羽柴軍を退けようというのだ。
「甚内、見てのとおり、長島城は簡単には落とせん。まずは、長島城を厳重に包囲するよう、全軍に下知せよ。」
「畏まりました。」
「それと、忠三郎には、亀山城と峯城には圧をかけ続けよと申し渡せ。」
「承知仕りました。」
安治は、羽柴軍本隊に筑前守の下知を触れ回ると同時に、筑前守の意向を蒲生忠三郎に注進すべく、覚兵衛を亀山城に向かわせた。
筑前守といえど、一万の兵が守る長島城には攻めあぐねていた。得意の兵糧攻めを仕掛けようにも、水軍の運用が巧みな将監は川から兵糧を運び入れてしまう。また、長良川、木曾川が行く手を阻み、思うような攻撃も仕掛けられない。時だけが過ぎ去っていく始末である。
亀山城に向かわせた覚兵衛が戻ってきた。豪胆な覚兵衛も、この時ばかりは意気消沈していた。覚兵衛によると、別動隊の成果も芳しくないようであった。
先遣隊として亀山城に向かっていた関安芸守が、既に亀山城の包囲をしながら蒲生忠三郎達別動隊を待っていた。蒲生達も筑前守に言われるまでもなく、関の包囲をさらに強化し、早々に亀山城を落とす算段でいた。ところが、亀山城を守っている滝川新助が、見事なまでに持ち堪えたのだ。さらには、峯城に入った滝川儀太夫が亀山城の包囲を崩すべく、小競り合いを仕掛けていた。
「誠に恐れ入るばかりでございますが、蒲生様より、大殿に増援を乞うよう申し渡された次第でございます。」
覚兵衛は消え入りそうな声で言上し、そのまま額づいた。覚兵衛の話を聞いた筑前守は、腕を組んでしばらく黙っていた。
「注進、ご苦労であった。戻って早々で悪いが、再度、忠三郎の言付けを頼む。山内伊右衛門に一万騎を授けて亀山城に向かわす。何としても、亀山城をおとせ、とな。」
一万!?筑前守の決断に、安治は驚愕した。五万の兵でも長島城を攻めあぐねている中、そこから一万を割くというのだ。安治は筑前守の心中を計りかねていた。
「甚内。お主も山内とともに、亀山城に向かえ。いよいよ、お主の槍働きを披露するときぞ!」
「畏れながら、殿のご下命とあらば、この甚内、火の中までも飛び込む所存ではございますが、長島城はいかが遊ばすのでございます?」
安治に問いかけられた筑前守は、満足げに頷いた。
「気になるか。案ずるな、長島城は落とせん。」
筑前守は、きっぱりと言い切った。それにしても、長島城を落とす見込みがないのに案ずるなとは、一体どういう了見なのだろうか…?安治は、腑に落ちないものを感じていた。
「よいか、あの将監が一万騎を率いて立て籠もっておるのじゃ。ひと月やふた月で落とせるものではない。であれば、せめて我らが戦う相手は一つにまとまっておる方がよい。亀山と峯がいかに強固とはいえ、総勢三万騎で攻め続ければ、持ち堪えられるはずはない。その二つが落城間近となれば、自然、長島に落延びて行くであろう。さすれば、滝川勢は長島に勢揃いすることになる。そうなればしめたものよ。」
筑前守は、諭すように安治に話しかけた。なるほど、狙いはわかる。しかし、そうなれば尚のこと、柴田勢と滝川勢に挟まれる危険が高まる。それは、避けなければならないはず。
「殿のご賢察に及ぶべくもございませぬが、長島城に滝川勢が集結した後、首尾よく落とせればよいでしょうが、落とす前に柴田勢が背後から忍び寄ってきたときは、どうなりましょう。」
安治は、思い切って尋ねてみた。
「その時こそ、お主の槍が活きる時じゃ。まあ、まずは亀山でひと暴れしてこい。」
筑前守は、安治の問いを予想していたようだが、それには直接応えずに、安治の肩をぽんと叩いた。確かに、筑前守の言うとおり、安治は戦の趨勢を案ずる立場ではない。ただ目の前の敵を殲滅すればよいのだ。筑前守の構想がどうあれ、安治は目の前の敵を討ち果たす他に道はないのだ。
「若輩者がご無礼仕りました。不肖甚内、滝川勢に目に物見せてやる所存でございます。」
安治は、筑前守に一礼し、覚兵衛とともに筑前守のもとを辞した。
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