強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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七本槍

意外な示唆

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 一万の増援部隊を率いることになった山内伊右衛門の許しを得て、安治は一足先に蒲生忠三郎の本陣に向かった。本陣の伝令に来意を告げると、すぐさま忠三郎の陣幕に通された。
 「脇坂殿、いきなりで申し訳ないが、筑前守様は何と?」
 忠三郎は、安治の顔を見るなり尋ねてきた。
 「はっ。山内様に一万騎を授けられ、目下、亀山城に向かって、進軍中でございます。」
 「増援に応じてくれたか…忝い。」
 戦巧者の忠三郎も、亀山城は攻めあぐねているようで、一万騎の増援を聞いて、安堵した様子がうかがわれた。
 蒲生忠三郎と安治の間には、ちょっとした因縁がある。
 蒲生忠三郎は、六角家家臣、蒲生左兵衛大夫の嫡男であり、観音寺城落城に際し、織田家に臣従を誓うために、人質として差し出された。浅井方として戦った安治からしてみれば、敵将の嫡男と言うわけだ。観音寺城において直接刃を交えたわけではないが、敵味方であったことに変わりはない。
 そんな敵方の人質だった忠三郎をいたく贔屓にした男がいる。織田右府である。織田右府は、忠三郎を一目見るなり、忠三郎の器の大きさを感じ取り、己の娘を嫁がせ、婿とした。忠三郎の出世は、このときから始まった。
 伊勢長島の一向一揆との戦い、長篠での武田軍との戦い、有岡城での荒木討伐など、数々の戦場で名を馳せた。惟任謀叛に際しては、早々に羽柴方につくことを宣言し、いまままた羽柴方の柱石として活躍している。
 これが、引き立てられた男との差か…。安治は、心の中でため息を漏らした。安治も筑前守に目をかけられているとはいえ、禄高でいえば、未だ千石にも満たない。羽柴家の中の有象無象に過ぎない。忠三郎とは比較にならない。織田右府の婿と言う立場から数々の戦にも参陣できたわけだが、そこで戦果を上げたのは、紛れもなく忠三郎の力量に他ならない。忠三郎は、今の立場に立つべくして立った男なのだ。しかも、忠三郎は、安治の二つ下である。もはや忠三郎に嫉妬する気も起きないが、それでも筑前守の下で一旗揚げるつもりで賭けた以上、もっと活躍しなければならない。安治は腹に力を込めた。
 「蒲生様。どうか拙者を先陣に加えていただきとう存じます。この一万騎の加勢を使って是が非でも亀山城を落とせというのが、殿の思し召しでございます。ここで戦果を上げねば殿に顔向けが出来ませぬ。」
 「いや、貴殿には別に頼みたいことがある。」
 忠三郎は意外なことを口にした。
 「頼みたいこと、でございますか?」
 「うむ。貴殿も存じておろう、山岡暹慶の名を。」
 山岡暹慶。安治にとって忘れえぬ名である。蒲生家と山岡家はともに六角家の配下ゆえ、忠三郎が知っていても不思議ではない。だが、何故今この場でその名が出てくるのか見当がつかなかった。
 「畏れながら、拙者、山岡暹慶とは浅からぬ因縁があります。さりながら、蒲生様からその名を聞くとは思いもしませんでした。」
 忠三郎はいたわるような眼差しを安治に向けた。
 「それがしも、父から聞いている。心中お察しいたす。その山岡暹慶が、どうやら此度の戦に噛んでいるようなのだ。」
 山岡暹慶が滝川将監の蜂起に関わっている。安治にとっては、初耳だった。
 「貴殿は、筑前守様の配下として畿内におらなんだ故、知らぬのも無理はない。山岡暹慶は、六角家が滅んだあと、足利将軍家に身を寄せていた。しかし、足利将軍家が鞆の浦に動座した後は、佐久間右衛門殿の与力となっていたのだ。そしてその誼で今は、柴田修理の配下となっている。」
 忠三郎は、安治が山岡暹慶の動向を全く知らないと感じ取り、これまで経緯を安治に聞かせた。安治も、山岡暹慶が佐久間右衛門の与力となっていることは風の便りで耳にしたことがあった。味方となった以上、私怨は胸にしまっておくよう、己に言い聞かせたものだった。ところが、今度は敵方についているというのだ。
 「もしや山岡暹慶は、柴田修理の間諜として滝川将監の蜂起を進めたと。」
 「確証はない。じゃが、将監が我らを引き付け、越前の雪解けを待つなど、新発田と滝川の間で連携が取れていなければできる話ではない。それに、亀山には山岡の手の者も紛れているようで、変わった武器を使ってくる。数は少ないが、我らの足軽では手も足も出ぬ。」
 安治は、観音寺城で山岡暹慶と対峙したときのことを思い出していた。あの時も、配下の忍びが数多いた。あの時は、山岡暹慶と対峙していたからこそ、命拾いしたといえる。あの者どもを複数相手にしたら、命は無かったであろう。並みの足軽で勝てる相手ではない。忠三郎は、その相手を安治に任せたいのだ。安治は腹を決めた。
 「ご存念しかと承りました。して、そやつらの人数は。」
 「百ばかりじゃ。我らの本陣に最も近い出丸に陣取っておる」
 忠三郎は、苦境であることをはっきり認めた。ここで、中途半端に見栄を張らないところが、この男が大将たる所以なのであろう。
 「畏れながら、手前に三百の兵をお預けいただけませんでしょうか?きっと、奴らを追い払ってご覧にいれます。」
 忠三郎は目を見張った。これまで千、二千の兵で仕掛けても歯が立たないところ、わずか三百の兵で落とすと豪語し安治に驚いているようであった。忠三郎の表情を見て取った安治は付け加えた。
 「ご懸念は無用に存じます。僭越ながら、拙者、策をもっております。奴らが出丸に屯しているなら、好都合でございます。どうか拙者にお任せを。」
 「何か秘策があると申されるか。相分かった。選りすぐりの三百騎を遣わそう。貴殿の働きに期待している。」
 「畏まりました。」
 安治は力強く答え、その場に平伏した。
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