女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ

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36. 人生とは、困難との戦いの連続である

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 年が明けて、私の忙しさは更に拍車がかかった。
 婚礼で着るドレスの仮縫い、招待客の確認、式の進行の打ち合わせ。しかも同時に、私の王宮での新住まいの改装が大急ぎで始まっていた。殿下の部屋の隣に3つ、私の私室と衣装室、あとは書斎だ。
 公爵邸から持参する嫁入り道具と新しく設置する家具の選抜、部屋のレイアウトと壁紙などの内装をどうするか。
 とにかく挙式と輿入れに向けて、やることは山積みだった。

 以前のような自分が向上できる忙しさは達成感もあって心地良いが、今のこの多忙さは、ただただ心が消耗していくだけだ。単にマリッジブルーかとも思うが、それだけ貴族ーー特に王家との結婚は大変だった。

 そんな日々の中で私は気が付いた。レオナルド殿下の側近であるジョセフ様が、殿下のお遣いと称して公爵邸を訪れ、ついでにカトレアに会っていくことに。
 あの婚約発表の夜会以来、大層機嫌を損ねた私に、レオナルド殿下がたびたび小さなプレゼントを送ってくるようになったのだが。

「殿下からです」

 今日もレオナルド殿下からの手紙ーー愛の言葉だったり、ついでに伝達事項だったりーーと共に、綺麗にリボンの掛けられたチョコレートの箱を私に手渡したジョセフ様は、だがしきりに私の背後を気にしていた。

「まだ何か?」

「いえ、ただレオナルド殿下から、くれぐれもアメリア嬢によろしくとーー」

 いつまでも居座ろうとするジョセフ様に、私の目が据わる。
「用が終わったのならさっさと帰れ」とばかりに邪険に扱う私は、彼を応接室にも通さなかった。玄関先でしばし睨み合い、やがて、卒のない笑みを浮かべていた彼の表情が一変した。

「カトレア嬢!」

「ジョセフ様! ご機嫌麗しゅう」

 彼の来訪を聞きつけて階上から姿を現した妹に、その表情が一気に明るくなる。
 カトレアは私達を見るなり、その可愛らしい頬をぷくっと膨らませて私を咎めた。

「まあ、お姉様! お客様と玄関先で立ち話なんて!」

「……」

「ジョセフ様、お時間がまだあるなら、午後のお茶をご一緒しませんこと?」

「喜んで」

 カトレアに嗜められ、私は押し黙る。逆にジョセフ様は、イキイキと応接室に向かうカトレアの後について行った。こうなると仕方がないので、私も同席して様子を窺う。

 どうもここ最近、この2人はとても仲が良いのだ。
 以前、皆で行った城下町のガラス工芸店で、ジョセフ様は『ピンクの子犬』の置物を妹にプレゼントした。その子犬を、カトレアがとても大切にしているのは知っていたけれど。

 私が命じるまでもなく、既にやり手の執事がメイドに命じてお茶の準備を始めていた。
 すぐに香り立つ爽やかなベルガモットの芳香に、ジョセフ様がうっとりと呟く。

「相変わらず、こちらの紅茶は美味しいですね」

「うふふ、ありがとうございます。お母様のお気に入りですのよ。ダブルベルガモットなので、香りが素晴らしいでしょ」

「はい、本当に。茶葉にもコクと甘味がありますね」

「でね、こちらのクッキーは私のお気に入りなの。ぜひジョセフ様に召し上がって頂きたくて、コック長に何回もお願いして作って貰ったのです。今日、お会いできて良かったわ。どうぞ、召し上がって?」

「わざわざ私の為に? ありがとうございます。いやー、カトレア嬢は優しいなぁ」

「……」

 何、この2人の世界……
 まるで2人の周りを、ピンクのハートマークがくるくると踊っているようだわ。

 最近、忙しさの余り心がやさぐれている私は、この状況が非常に気に喰わない。このまま2人の仲が上手くいけば、ジョセフ様が次期フェルマー家の当主になるだろうから、その立場を諦めた私としては嫉妬もあるのだろう。

 念の為お父様に引き継いだとはいえ、私が推し進めてきた公爵領の改革成長案は頓挫してしまった。せめてあの計画が実行出来る人でないと、カトレアの相手としては認められない。

 過去、一度は彼を自分の婿候補に考慮しておきながら、今のジョセフ様は私にとって憎き敵だった。

 何より。『好機逸すべからず』というが、流石にジョセフ様、がっつき過ぎだと思うの。

 カトレアが来年成人して社交界に出れば、それこそ様々な殿方との出会いがあるだろう。公爵令嬢という地位はもちろんのこと、王太子妃になる私が姉なのだから、野心ある殿方にしたら垂涎の的だ。
 だからそうなる前にどうしても2人の仲を確固たるものにしたいのか、彼はレオナルド殿下のを利用しまくっていた。

 だがそうは簡単に問屋が卸さない。私の中に再び、『悪役令嬢』の魂が宿った。

「紅茶といえば、アルタム地方の茶葉が最高級ですわね。去年、レオナルド殿下と視察に伺ったとお聞きましたが、如何でした?」

 おもむろに質問を始めた私に、ジョセフ様が目を瞬かせた。

「? ……いつもの視察で、特に変わったことは……」

「でも去年、その前と、茶葉は上出来だったようで、これを機に輸出に力を入れたいから視察されたんですよね? 国外に向けての拡大計画はどのように進んでいますか?」

「……製造所の拡張が議題に挙がっていました」

「では、茶葉の安定した生産率はどのように確保するのですか?」

「……」

 矢継ぎ早に攻め立てる私に、ジョセフ様はしどろもどろだ。ただ殿下にくっ付いて呑気に視察しているから答えられないのよと、鼻じらむ。
 更に追い立てようとした私に、だが横からカトレアがちょんちょんと私の袖を引っ張って見上げてきた。

「ねえ、お姉様」

「? どうしたの、カトレア?」

「その話、カトレアつまらないわ。今日はもっと楽しいお話をしましょう」

「……」

「そうだ、お兄様からのチョコレート、エレメの店のよね。開けていい?」

 可愛い妹に上目使いでお願いされて、言葉に詰まる。
 天使の愛らしい助け舟に、向かいでジョセフ様もうんうんと頷いていた。

「カトレア……」

 お姉様は貴女を思って悪役令嬢を演じているのに。ジョセフ様が政治的に疎い人だったら、到底お父様のお眼鏡に叶わない。貴女達の結婚は認めて貰えないのよと、つくづく思う。

 私が公爵家を抜ける以上、カトレアの夫になる人には『頭脳』がいる。ただ『人が良い』では駄目なのだ。

 ……本音を言えば、困惑しているジョセフ様を追い詰めていくのが存外に楽しかった。その姿は、まるで耳を伏せて尻尾を巻いた大型犬のようだ。悪戯をしたわけではないが、くうぅんと鼻で鳴いて、許して欲しそうに見上げてくる。そして学習能力が低いのも可愛い馬鹿犬と一緒だった。
 私の意地悪にもめげず、来る日もくる日もカトレアに会いに来ては、尻尾をぶんぶん振って好意を曝け出している。

 その根性だけは認めてあげる。カトレアを愛しているのも心からなのでしょう。でも。

 公爵家を継ぎたければ「私を打ち負かしてからにしなさい」と、私はそれからも意地の悪い質問をちょくちょくと繰り返すのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 天性の甘え上手、カトレア最強説

「お姉様がいてくれるから、私の未来の旦那様が少しぐらい頼りなくても大丈夫だと思うの。だって、フェルマーの家のために色々考えるの、お姉様大好きでしょう? たとえ王族になっても、お姉様はカトレアの大切なお姉様ですわ」

 にっこり。
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