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37. また会う日まで
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ふわりと体が浮いて、降り立った先。ここに来るのは久しぶりだった。
ここ最近、私は約1ヶ月後に控えた結婚式のため多忙を極めていた。婚約者になる前の、女公爵を目指していた頃とは違う気疲れに、それこそ夢を見る間も無く夜は倒れ込むように眠った。
だから、久しぶりに訪れた先がーー
「これは一体……」
幾つものダンボールが部屋の隅に積まれている。
いつもとは違う加奈子の部屋の様子に、私は困惑した。
大きな家具以外のものはあらかた片づけられ、いつもは散らかし気味だった部屋がガランとしている。
「加奈子ー、あんたまだ終わらないの? 客間に布団、用意したからねぇ、今夜はそこで寝なさいよー」
「ありがとー」
「あんたねぇ、いい加減にしときなさいよー。もし忘れ物があるなら、後で送ってあげるから。引越し業者、明日の朝8時には来るんでしょう?」
階下から、『お母さん』の声が飛んでくる。加奈子は「もうちょっとだからぁ」と叫び返して黙々と荷造りを続けた。
訳がわからずオロオロと彼女の周りをうろつく私を尻目に、加奈子は立ったり座ったり、必死に目についたものをダンボールに放り込んでいく。過去、長々と彼女がプレイしていた大量のゲームも納め、
「うおー、これは忘れちゃいかんでしょー」
いきなりベッドに飛び乗って、背伸びして天井に飾っていたお気に入りのゲームの旗を外した。それを丁重に畳んで同じように箱に入れ、ガムテームで蓋をする。上部に『お気に入り』とペンで書き、加奈子は大きく伸びをして深く息を吐き出した。
「引越しって、かなり面倒だなぁ……あとはー、院の研究所の案内書と、東京のアパートの契約書と鍵は、ちゃんと手持ちのバッグに入れたし……」
「嘘でしょ、加奈子……」
既に私にも、加奈子が何をしているのかは察しがついていた。この春に、結婚を機に私が王宮に住まいを移すように、加奈子も何処か違うところに引っ越しをするのだ。
東京の大学院に行く……と以前、友達と『すまほ』で話していたから、そこに行くのかもしれない。
もう会えないーー
その事実に、私は恐慌状態に陥った。
王都にある公爵邸の私のベッドと、加奈子のこの部屋は、私が異世界に訪問するための必須条件だった。なぜなら私が旅先や、公爵領の屋敷に泊まった時には、異世界の夢を見たことがないからだ。そして私がここを訪れる時は、必ず加奈子がこの部屋にいる時だった。
加奈子にくっ付いてこの部屋から出ることは出来ても、はなから部屋の外にいる加奈子のもとに来れたことは一度もなかった。だからこの世界での私の行動範囲はとても狭かったのだ。
春はお別れの時とは、この世界でよく目にした『こまーしゃる』で言っていた。
私は女公爵になって、公爵邸を離れるつもりはなかったから忘れていた。いや、考えもしなかった。いつか、彼女と会えなくなる日が来るなんてこと。
ようやく気が済んだのか、加奈子が大きめのバックを持ってドアノブに手をかける。
「ま、待ってーー」
まだ心の準備が出来ていない。久しぶりに会えたと思ったら、いきなりお別れなんて酷すぎる。
その私の必死の想いが届いたのか、加奈子が振り返って部屋を見渡した。
「今日で最後だな……今までありがと」
「加奈子?」
「沢山の思い出、ここで一緒に作ったね。絶対忘れないから。また会う日まで、私のことも忘れないでね」
泣き笑いのような、スッキリとした笑顔で呟く。その言葉は、恐らく、彼女がこれから巣立っていくこの部屋に対して言ったのだろうけど。
加奈子の黒目がちな目が真っ直ぐ私に向けられていた。決して、彼女に私の姿は見えないはずなのに。
まるで私に言われたようで、目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「こちらこそありがとう。貴女が居たから、今の私がある。私も絶対に忘れない。だから、また会う日まで、どうか元気で……」
感謝してもしきれない、『ありがとう』を。どうか、私の言葉が貴女の耳に届きますようにーー
パチンと明かりが消されて、扉の向こう、光の中に加奈子の姿が消えた。
徐々に薄くなる光の筋。
閉められた扉と共に訪れた暗闇に、私の意識はそこで途切れた……
ここ最近、私は約1ヶ月後に控えた結婚式のため多忙を極めていた。婚約者になる前の、女公爵を目指していた頃とは違う気疲れに、それこそ夢を見る間も無く夜は倒れ込むように眠った。
だから、久しぶりに訪れた先がーー
「これは一体……」
幾つものダンボールが部屋の隅に積まれている。
いつもとは違う加奈子の部屋の様子に、私は困惑した。
大きな家具以外のものはあらかた片づけられ、いつもは散らかし気味だった部屋がガランとしている。
「加奈子ー、あんたまだ終わらないの? 客間に布団、用意したからねぇ、今夜はそこで寝なさいよー」
「ありがとー」
「あんたねぇ、いい加減にしときなさいよー。もし忘れ物があるなら、後で送ってあげるから。引越し業者、明日の朝8時には来るんでしょう?」
階下から、『お母さん』の声が飛んでくる。加奈子は「もうちょっとだからぁ」と叫び返して黙々と荷造りを続けた。
訳がわからずオロオロと彼女の周りをうろつく私を尻目に、加奈子は立ったり座ったり、必死に目についたものをダンボールに放り込んでいく。過去、長々と彼女がプレイしていた大量のゲームも納め、
「うおー、これは忘れちゃいかんでしょー」
いきなりベッドに飛び乗って、背伸びして天井に飾っていたお気に入りのゲームの旗を外した。それを丁重に畳んで同じように箱に入れ、ガムテームで蓋をする。上部に『お気に入り』とペンで書き、加奈子は大きく伸びをして深く息を吐き出した。
「引越しって、かなり面倒だなぁ……あとはー、院の研究所の案内書と、東京のアパートの契約書と鍵は、ちゃんと手持ちのバッグに入れたし……」
「嘘でしょ、加奈子……」
既に私にも、加奈子が何をしているのかは察しがついていた。この春に、結婚を機に私が王宮に住まいを移すように、加奈子も何処か違うところに引っ越しをするのだ。
東京の大学院に行く……と以前、友達と『すまほ』で話していたから、そこに行くのかもしれない。
もう会えないーー
その事実に、私は恐慌状態に陥った。
王都にある公爵邸の私のベッドと、加奈子のこの部屋は、私が異世界に訪問するための必須条件だった。なぜなら私が旅先や、公爵領の屋敷に泊まった時には、異世界の夢を見たことがないからだ。そして私がここを訪れる時は、必ず加奈子がこの部屋にいる時だった。
加奈子にくっ付いてこの部屋から出ることは出来ても、はなから部屋の外にいる加奈子のもとに来れたことは一度もなかった。だからこの世界での私の行動範囲はとても狭かったのだ。
春はお別れの時とは、この世界でよく目にした『こまーしゃる』で言っていた。
私は女公爵になって、公爵邸を離れるつもりはなかったから忘れていた。いや、考えもしなかった。いつか、彼女と会えなくなる日が来るなんてこと。
ようやく気が済んだのか、加奈子が大きめのバックを持ってドアノブに手をかける。
「ま、待ってーー」
まだ心の準備が出来ていない。久しぶりに会えたと思ったら、いきなりお別れなんて酷すぎる。
その私の必死の想いが届いたのか、加奈子が振り返って部屋を見渡した。
「今日で最後だな……今までありがと」
「加奈子?」
「沢山の思い出、ここで一緒に作ったね。絶対忘れないから。また会う日まで、私のことも忘れないでね」
泣き笑いのような、スッキリとした笑顔で呟く。その言葉は、恐らく、彼女がこれから巣立っていくこの部屋に対して言ったのだろうけど。
加奈子の黒目がちな目が真っ直ぐ私に向けられていた。決して、彼女に私の姿は見えないはずなのに。
まるで私に言われたようで、目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「こちらこそありがとう。貴女が居たから、今の私がある。私も絶対に忘れない。だから、また会う日まで、どうか元気で……」
感謝してもしきれない、『ありがとう』を。どうか、私の言葉が貴女の耳に届きますようにーー
パチンと明かりが消されて、扉の向こう、光の中に加奈子の姿が消えた。
徐々に薄くなる光の筋。
閉められた扉と共に訪れた暗闇に、私の意識はそこで途切れた……
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