後宮の死体は語りかける

炭田おと

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24_仲弓の苦労

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「あ、殿下」

 部屋に戻ろうとしたところで、仲弓ちゅうきゅう殿とすれ違った。

仲弓ちゅうきゅう殿も眠れないのですか?」

「いいえ、眠っていたのですが、嶺依りょういがいないことに気づいて捜しに来ました」

嶺依りょうい殿なら、さきほどまで私と中庭で話をしていましたが、部屋に戻られました。入れ違いになったようですね」

「そ、そうですか」

 仲弓ちゅうきゅう殿は、なぜか戸惑っているような表情を見せた。

「それでは、私はこれで」

「お待ちください、殿下」


 仲弓ちゅうきゅう殿の横を通り抜けようとすると、呼び止められた。

「何でしょう?」

嶺依りょういはあまり都に来たことがなく、礼儀を知らぬ女子です。殿下に、失礼なことをしていないでしょうか?」

「失礼なこと? いいえ、まさか」

 どうして仲弓ちゅうきゅう殿がそう思ったのか、わからない。

「どうしてそう思ったんですか?」

嶺依りょういはいつもにこにこと笑っていて、優しそうに見えますが、腹黒い女子です。あ、いえ、悪口じゃありませんよ。世の中、それぐらい強かでなければ、生き残れません。嶺依りょういは見た目は兎ですが、中身は狼です」

「狼?」

 その例えを聞いて、おかしくなった。


 だけど確かに、狼というのは、嶺依りょうい殿を言い表すのに、もっともふさわしい表現のように思う。小柄で静謐せいひつだけれど、常に目を光らせ、誰かに悪意を持って攻撃されれば、即座に噛み返す強さも持っている。


仲弓ちゅうきゅう殿は、嶺依りょうい殿とはどんな関係なんですか?」

嶺依りょういの父親とは友人で、成長を見守ってきたので、今では実の娘のように思っています。気が置けない間柄です」

 確かに二人の距離は、失礼なことを言っても許せるほど、近く見えた。

「だからこそ、案じておりました。殿下に無礼を働けば、命はありません」

「そのような心配は無用です。嶺依りょうい殿は礼儀正しく、素敵な方です」

 俺がそう答えると、仲弓ちゅうきゅう殿はなぜか、狐につままれたような顔をする。

「・・・・おかしなことを言いましたか?」

「い、いいえ・・・・一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「殿下は、嶺依りょういのことをどう思っていますか?」

 その質問に虚を突かれて、俺は少し迷う。

「・・・・勇敢な女性だと思います。体格のいい男を前にして、一歩も引かなかった。熊と戦ったこともあるんだとか」

 余拓よたくという男のせいで、騒ぎに巻き込まれたときも、毅然とふるまっていた。すぐに割って入らなければならなかったのに、束の間、横顔に見とれてしまっていた。

「それに、聡明です。王自斉おうじさいの時も、そして妃嬪ひひん宮女きゅうじょから話を聞いたときも、嶺依りょうい殿は驚くべき慧眼けいがんを発揮しました。私だけでは、見落としてしまっていたでしょう」

「た、確かに嶺依りょういは強く、鋭い女子です。昔からそうでした。ですが、強く鋭すぎる女子は、扱いにくいものです。――――故郷の男達は、嶺依りょういだけは嫁にしたくないと、口を揃えて言っていました。自分では決して勝てない女を嫁に迎えれば、尻に敷かれることが目に見えていますからね」

「確かにそうかもしれませんが・・・・修行をして、嶺依りょうい殿よりも強くなればいいだけでは?」

「・・・・・・・・」

「それに、妻のほうが強くとも、それで夫婦仲が良いならば、問題はないと思います」

「そ、そうかもしれませんね」

 仲弓ちゅうきゅう殿はますます困ったような顔をして、肩を縮めると、しばらくの間、思索していた。

 まだ仲弓ちゅうきゅう殿から何か言いたそうな気配を感じたので、俺はその場に留まり、次の言葉を待つ。

「・・・・そろそろ、眠ることにしましょうか。それでは、失礼します、殿下」

「は、はい」

 項垂れたまま、仲弓ちゅうきゅう殿は俺の横をすり抜けていった。


「・・・・あの方も、天然の殿下相手では苦労しそうですね」


 いつからそこにいたのか、仲弓ちゅうきゅう殿と入れ違いで、浩成こうせいが現れていた。


浩成こうせい。いつからそこにいたんだ?」

嶺依りょういという女子の話になったあたりからです」

 俺は腕を組み、浩成こうせいを睨みつける。

「・・・・まさか、今の話を聞いていたのか?」

「はい。・・・・盗み聞きをするつもりはありませんでしたが、偶然、そうなったんです」

 立ち聞きなど無作法だと注意されることを避けたかったのか、浩成こうせいは予防線を張って、そう言った。

「それにしても・・・・」

 くくく、と浩成こうせいは低く笑う。

「殿下、あの答えはないでしょう」

「あの答え?」

「修行をして、もっと強くなればいいという答えです。・・・・本当に、頭の中まで筋肉なんですね」

「・・・・悪かったな」

 ムッとして、顔を背けると、浩成こうせいはまた笑う。

「いえ、でも、年相応に女子にも興味があったようで、その点は私も安心しています」

「・・・・・・・・」

「しかし、女子の趣味が少し変わっているようで――――」

「もういい、この話はここまでだ」

 俺は浩成こうせいの声を遮って、歩き出した。

 浩成こうせいが追いかけてくる。

「・・・・して、殿下。今の仲弓ちゅうきゅう殿の話の真意は、読みとれていますか?」

「真意?」

 何の話かわからず、問い返すと、浩成こうせいは溜息を吐き出した。

「なんだ、はっきり言ってくれ」


「では、申し上げます。――――仲弓ちゅうきゅう殿は、殿下が嶺依りょういというジェマ族の女子に興味を持たないよう、仕向けたかったのでしょう」


 その言葉に驚いて、浩成こうせいの目を見つめた。


「なぜそのようなことを?」

「世の中、貴人から目をかけられることを喜ぶ女子ばかりではありません。殿下の目に留まったところで、あの女子の身分では側室になることすら難しいでしょう。それどころか、いらぬ嫉妬を買い、面倒ごとに巻き込まれることになるはず。あの者達は、自分達の領分がわかっています。出過ぎることを恐れ、控えめにしていたのに、殿下に目をかけられ、戸惑っているように見受けられました」

「・・・・・・・・」

 嶺依りょうい殿や、仲弓ちゅうきゅう殿の控えめな態度を思い出す。

 どの女性とも反応が違うと思っていたが、俺の態度は嶺依りょうい殿達にとっては、迷惑だったのだろう。

「・・・・殿下、あの者にこれ以上、近づかないほうがいいでしょう。お互い、いいことにはならない」

「父上の命をまっとうするために、力を借りているだけで、他意はない。それに、身分など関係ない」

「殿下――――」

「この話は終わりだ。・・・・明日のために、もう休む」

 強く遮ると、浩成こうせいはようやく、口を閉じてくれた。


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