後宮の死体は語りかける

炭田おと

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23_旅館の庭から見上げる空_後編

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「・・・・一つ、聞いておきたいことがあるんですが」

 なぜか不意に、殿下が緊張した面持ちになる。何を聞かれるのだろうと、私まで緊張した。


「あなたにはすでに伴侶がいるのですか?」


「えっ」

 思いがけない質問に、面食らってしまう。


 この国の常識で言えば、私はとっくに嫁いでいてもおかしくない年齢だ。だから殿下は、私が結婚していると思ったのだろう。


「いえ、私は結婚していません」

「そ、そうですか」

 なぜか俊煕しゅんき殿下は、ほっとしているように見えた。

「珍獣扱いされているうちに、すっかり行き遅れてしまいました」

 狩猟を生業とするジェマ族の中でも、私は特別枠のようで、まわりからは女扱いされたことがない。そのうちに、私自身もすっかり、珍獣と呼ばれることに慣れてしまっていた。

「珍獣、ですか」

 殿下は一瞬不思議そうな顔をしたものの、またすぐに笑顔に戻った。


「だとしたら、とても可愛らしい珍獣ですね」


「・・・・・・・・」

 顔が赤くなるのを感じて、私は俯く。

 故郷の男達のように、ガサツだからだ、狂暴だからだ、と茶化してくれれば、私も冗談を返すことができただろう。

 同じ話題でも、殿下の答えは、村の男達とはまったく違う。口先だけのお世辞ではないことが伝わってくるから、何を言えばいいのかわからない。


「あの、これを」

 殿下が、何かを差し出す。

「何でしょう?」

「本当は旅館に入る前に渡すつもりだったんですが、あの騒ぎで渡しそびれていました」


 ――――それは腕輪だった。淡い青や桃色の玉が、絹糸で連ねられ、犬の尻尾のような、可愛いふさも付いている。


「これは――――」

王自斉おうじさいの一件で、あなたにはご迷惑をおかけしました。あの腕輪と同じものは用意できなかったので、できるだけ似た品を見つけてきたんです」

 殿下は、私達を旅館の前に待たせている間に、これを買ってきてくれたらしい。

(・・・・こんな高価なものは、受け取れない)

 その贈り物に、深い意味はないのだろう。多分殿下は、王自斉おうじさい様の一件で、私の腕輪が壊れてしまったことを心苦しく思い、代わりを捜してくれただけなのだ。

 だけどその腕輪は、代わりにするにはあまりに高価すぎるし、まして殿下から、贈り物をもらうわけにはいかなかった。

 でも、私は今まで男性から贈り物をもらったことがないから、無難な断り方がわからない。

「あ、あの、殿下・・・・これは私には、高価すぎて・・・・」

 なんて断ればいいのかと迷っている間に、私の態度から、殿下は答えを読みとってくれたようだ。

「・・・・すみません。俺は今まで、女性に贈り物をしたことがないので・・・・ご迷惑でしたか?」

「い、いえ、そういうことではありません」

 そこでようやく、一つ言い訳を思いついた。

「狩猟を生業にしている身ですから、普段、野山を駆けずり回っています。こんな綺麗な腕輪をもらっても、傷をつけるのが恐ろしくて、身に付けられません。私には、過ぎた代物です」

 その答えが正解だったのかどうかはわからないけれど、殿下は贈り物を懐に戻してくれた。

「腕輪のことは、気になさらないでください。玉に傷はついていなかったので、紐を通し直せば、また使えます」

 私がそう言うと、俊煕しゅんき殿下は小さく笑ってくれた。


 ふっと会話が途切れて、殿下は空を見上げる。


「明日は、朝早くに出発しなければなりません。あまりあなたを引き止めるわけにはいきませんね」

 殿下が立ち上がり、手を差し伸べてくれた。

「・・・・ありがとうございます」

 その手を借りて、私も立ち上がる。

「殿下、今後こそ上着を――――」

 帯をほどいて、今度こそ上着を殿下に返そうとした。

「いえ、上着は着ていてください。お貸しします」

 殿下はそう言ってくれたものの、上着を返さないまま、部屋に戻るわけにはいかないと思った。

「殿下、目を閉じてもらえますか?」

「?」

 殿下は不思議そうにしながら、素直に目を閉じてくれた。

 殿下の子供のような素直さが可愛くて、思わず頬が緩んでしまう。だけど同時に、私が刺客だったらどうするつもりだろうと、心配にもなった。

「そのまま、目を瞑っていてくださいね」

 私は音を立てないよう、気をつけながら帯をほどき、上着を脱いだ。


 そして上着を、勢いよく跳ね上げる。


「・・・・!」


 上着が頭に被さってきたことに驚いたのか、殿下の肩が小さく揺れた。


「無礼をお許しください。でも少しの間だけ、そのままでいてくださいね」

 殿下が上着を頭に被っている間は、私の姿は見えない。その間に、部屋に戻ってしまえばいい。

「それでは、おやすみなさい、殿下」

 囁くように言って、私は急いで旅館の中に駆け込んだ。


 二階の部屋に戻ってから、窓の外を見下ろす。

 殿下はまだ、私と話をした場所に立っていた。ぼんやりしていて、まだ頭に上着を被ったままだ。

 目が合うと、俊煕しゅんき殿下ははにかんで、小さく手を振ってくれた。頬が少し赤いように見える。


 私も手を振り返した。


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