後宮の死体は語りかける

炭田おと

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54_突然の任命

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「だからそなたには、ここに留まってもらわねばならぬ」


 また私は、首を傾げることになった。


「・・・・陛下。申し訳ありませんが、不見識な私にはその話が、側仕えに登用とうようしてくださるという話と、どう繋がるのかが、まったく解せません」


 時に汚い手段を選ばなければ、権謀術数けんぼうじゅっすうのこの皇宮で生き残れない、というのはわかる。陛下が息子の身を案じ、それを教え込もうとしているのも、理解できた。


 ――――だけどそのことが、私の処遇とどう繋がるのだろうか。


「解せぬであろうな」

 陛下は薄く笑う。

「・・・・俊煕しゅんきは今までまったくと言っていいほど、女人にょにんに関心を示さなかった。皇宮には、これだけ多くの美女が揃っているのだぞ? なのに俊煕しゅんきが話すことといえば、兵法や剣術、法の問題点ばかり。少しは私的なことを話せと申せば、遠乗りに行って見た、美しい景色のことをとうとうと語りはじめた。・・・・まことに、面白みがない奴なのだ」

 殿下らしいと思い、私はくすりと笑ってしまった。

「殿下らしい話ですね。可愛らしいと思います」

「可愛らしいとは。俊煕しゅんきが聞いたら落ち込みそうだな」

「?」


「そんな俊煕しゅんきだったが、そなたが現れてからは、まことに楽しそうだ。他の女性には見せぬ顔を、そなたにだけは見せる。おそらく好意を持っているのだろう。そなたはそれを感じ取っているはず」


 呼吸が止まって、答えが遅れてしまった。


「・・・・それは、違うと思います。私は獣のように狂暴だと言われることがあるので、皇宮のしとやかな女性達に慣れた殿下には、物珍しいのではないでしょうか?」

「物珍しいと思っているだけならば、私がそなたに目をかけただけで不機嫌になったり、そなたに会おうとするのを妨害したりせぬはずだ」

「妨害とは、どういうことですか?」

「ああ、その部分は聞き流してくれ」

 陛下は、くわしく説明してくれるつもりはないようだ。

「好きな人間ができれば、どんなに清廉潔白な人間でも、欲が出てくる。欲に気づけば、自分の違う一面にも気づく。殻さえ破れば、先ほども申した通り、俊煕しゅんきには腹黒さもあるから、政治的な動きにも対処できるだろう。己の強欲さに気づくこともまた、施政者しせいしゃには必要なことなのだ」

「・・・・・・・・」

「だからそなたには、俊煕しゅんきの側にいてもらう」

 私は何も言えなかった。

 一応、陛下の話は理解できたものの、突飛な内容に気持ちが追いつかない。とにかく、面倒なことに巻き込まれているということだけは理解できた。


「・・・・では、私に殿下の夜伽を命じるのですか?」


 私を俊煕しゅんき殿下の側に置いていく理由が、殿下の好意を利用するということなら、そういうことになる。


「いいや、そうはしない」

 だけど陛下は、すぐに否定した。

「さっき申した通り、私が俊煕しゅんきに教えたいのは、欲しいものは自分で手に入れるしかないということなのだ。それにそなたの身分では、正室になることは難しい。正室もおらぬ段階では、側室を娶ることは許されぬ」

「・・・・・・・・」


俊煕しゅんきがそなたを手に入れられず、諦めるか、縁が切れたと判断できれば、そなたの帰郷を許そう。だが、それまでは――――」


 陛下はぽんと、膝を打った。


「そなたには、西京せいきょうに留まってもらう」

「・・・・・・・・」

「そなたを側仕えに任じることは、すでに俊煕しゅんきに話してあるが、そなたの観察眼を気に入ったとだけ、伝えてある。まことの目的については、今後も言うつもりはない。俊煕しゅんきは賢しいから、いずれ気づくだろうが、それまではそなたも黙っているように」

 陛下が、私を側仕えにした本当の目的を知れば、俊煕しゅんき殿下は怒るだろう。それを見越して、陛下はそう言った。


「・・・・心得ました」

 私は俯くことで顔を隠し、陛下には聞こえないよう、小さく溜息を零す。


(――――面倒なことに巻き込まれたみたい)


 側仕えに登用とうようしてもらえるなんて、普通なら、誰もが喜ぶことなのだろう。高価な衣を与えられ、高い俸禄ほうろくをもらうことができる。


 でも私の場合は喜びよりも、不安が先に立つ。


 側仕えになれば、好きな時に故郷に帰ることはできなくなるだろう。


 それだけならばまだいいけれど、もっと気掛かりなのは、俊煕しゅんき殿下の側にいることで、否応なしに政治的な問題に巻き込まれてしまうのでは、という点だった。


 陛下はお優しい方だ。

 だけどそれは歴代の皇帝に比べれば、ということであって、やはり施政者しせいしゃである陛下にとっては、政治の前では大勢の人間は駒でしかない。


 私が皇子の性格を変えるための駒になるならば、駒として扱う。私の意思は関係ない。――――元康帝げんこうていは、そういうお方なのだ。


「・・・・誠心誠意、俊煕しゅんき殿下にお仕えしたいと思います」


 叩頭こうとうし、床の冷たさを感じながら、私は自分の行く末について、思いを巡らせた。



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